真夜中の男(2)
ジローの話
ふ~………
ジローは数分前よりもさらに深いため息をついた。自分がもたれ掛かってるドアの向こうには1K の自分の部屋がある。部屋の外は寒く、無情にもドアは開かない。
ただ数分前よりも、気分はいくらかよくなって来ており考えを巡らせてみた。
う~ん…お酒飲んで、誰かに送って貰ってその後、トイレに起きた事は覚えてる。確か…吐いた。でもなんかその間に大事なことが抜けてる気がする。
フ~~……
ジローは、さらに深いため息をついた。
飲み会でのたわいのない話題が浮かんでくる。
「B'zって発音ビーズ、何ですかね?それともビーズ?」
ジローはお酒の席で、後輩の女の子と話した話題を思い出していた。サークル内で少し浮いていた女の子、ユウコと話している時、そんな話題が上がった。
そのときジローは 出身は?とか趣味は?とか彼女自身のことについて質問のボールを彼女にぶつけていた。会話はキャッチボール。
確かいつか読んだ本にそんな事が書いていた。
何回かラリーが続いた時、不意にそんな質問が彼女から返ってきてジローは、 少し答えに詰まった。
「…やっぱり『ビ』の方にアクセントがあるんじゃない?だからビィーズだよ」
「びぃーず?」
「いやビーズ」
「ビ~ズですか?」
「違うよ~ビィーズ 」
「ビーズですね」
「それじゃあアクセサリーの方みたいじゃんか」
「アクセサリーですか?」
ユウコは首を傾げた。
「ははっ、いやもうわかんないよね~
B'zはB'zだよ」
「アハハハっそうですね。アハハハっ」
私、B'z好きなんです」
「そうなんだ。俺もだよ~ユウコちゃんはさ…」
それからしばらく話は続いた。
笑った彼女の表情から八重歯が少しだけ覗く。ジローはその笑顔とキリッとした目、 長い髪を結んだポニーテール、日本的な芯の通った女性を感じさせる雰囲気の彼女のことが前々から、気になっていた。もっとこの子と話していたい。
とりあえず何とかしよう、その時、ジローは、口が動くより先に自分の携帯を彼女の前に突きだしていた。我ながらテンパってたんだろうな~ジローは思う。
「……あ、あのさ、携帯のアドレス教えてよ。やっぱ、先輩として後輩の連絡先は知っておきたいし」
ジローは『先輩として』の部分を意図的に強調した。自分のチンケな言葉の伝え方に、ウンザリした。
赤外線通信、便利な時代になったものだな、とジローはつくづく思う。
「あっ!私先、送りますよ」
「いやいや!俺から俺から……届いた?」
携帯を向き合わせせながらジローは言う。
「了解です。登録しておきます~じゃあアタシも…」
「なにやってんの?今日は合コン違うよ。飲んで飲んで!!」
堤の声を聞いた瞬間、大勢の飲み会のざわついた雰囲気にジロー達は引き戻された。
「あとでメール、送ってよ」
「わかりました!」
彼女が笑った。堤が彼女とジローの顔を、脂ぎった顔で交互に眺めていた。
彼女の笑顔、堤の汗、そこまでは思い出せる。そこからここまでの間が思い出せない。
玄関の前、ジローは酔いが冷めてきた。ポケットにもう一度手を入れる。やはり携帯はない。
はぁ~あ
ガシャ
自分の右で扉の開く音がする。思わずジローは背筋が伸びた。ジローと同じ階に住んでいるのは同じ大学の先輩か、ジローと同期の学生だ。
コツコツコツ
ハイヒールの足音。どうやら後者らしい。
「あら?ジローくんなにしてるの?」
ショートヘアーに胸元を強調した服、たかが夜のコンビニにいくのに、その服はないだろうと言いたくなる。ジローと同じサークルの杏子 だ。さっきの飲み会の席で一度、会っている。
コツコツコツ
杏子が近づいてくる。
杏子は、扉を背に座り込んでいるジローを上から覗き込むよう話かけてきた。
彼女の顔を見るより先に、彼女の胸元に目が行く自分が、ジローにはなぜか許せなかった。