第62話 マッチョ令嬢 vs 星の災い7
「お嬢さまァ!!」
アンヌが吠えたことで、一同が天空を見あげる。
そこではコマンゾネスが、竜巻に支えられながら右腕を隕石に突き入れ、左腕でその進攻をおさえようとしていた。
しかしその抵抗は、その超常的な圧力のまえにあまりにも無力であり、もはや隕石は肉眼で大きく確認できるほどの距離に近づいてきていた。
「時間が……」
そうつぶやいたアレクシスの背後で、ゆらりと幽鬼のようにベネクトリックスが立ちあがっていた。
こつんと、アレクシスの背なかにひたいをつける。
「私は、もう魔力を絞りつくしてのこっていません……。魔力のある方は、私のからだの一部にふれて、てのひらに魔力を集中させてください。私を通して、アレクシスさまに魔力を送ります」
ベネクトリックスの足がガクガクとふるえており、立っているのでさえやっとであることがはたからも見てとれた。
一同はたがいの顔を見あわせたあと、力強くうなずいてベネクトリックスの背後へと集まった。
オーランドとヴィクトアが両前腕にふれ、そしてアンヌとロマンジーナが、それぞれの二の腕にてのひらを添える。
「私の魔力は多くありませんが、少しでも……」
アンヌが言い、
「わたくしは魔法をほとんどおぼえてませんが、成長期なので魔力だけは万全です」
ロマンジーナがなぜか胸をはる。
ルミエールだけげっそりとした顔で「むりむりかたつむり」とぶつぶつ言っていたが、なんだかんだ這って近づいてベネクトリックスの足首をつかんだ。
「みなさまの魔力を、私に……」
血の気のひいた白い顔でベネクトリックスが告げると、ぼうとその全身があわい光につつまれる。
それに呼応するように、各人のてのひらがその属性の色の光彩を発する。
そうしてベネクトリックスの体表面をうねるように光が移動し、ベネクトリックスの右手へと集積されていった。
「アレクシスさま……行きます」
魔力のこもったエネルギーがさまざまな色をなし、右手の周囲でバヂヂと電流のごとく氾濫するのが目に見える。
ベネクトリックスは、そのエネルギーをそっと押しこむようにアレクシスの背なかへとあてた。
すると、光が彼の体内へととけていき、アレクシスの全身に尋常ならざる量の魔力がほとばしる。
「行くぞッッ!!」
アレクシスが、咆哮とともに受けとった魔力を竜巻へと変換していく。
至高の滋養を注入されたがごとき竜巻の厚みは、倍ほどにもふくらみ、疾風の速度でコマンゾネスのもとへと到達した──
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」
コマンゾネスには、むろん、この地上のできごとは見えていなかった。
しかし、熱い、背なかの竜巻を通して、土の鎧を通して伝わるかぎりない熱が、コマンゾネスの筋肉をかつてないほどに躍動させた。
その広背筋が、上腕二頭筋が、じまんの大胸筋が──いや、全身のあらゆる筋肉が爆発的にふくれあがる。
拳にまとった炎が、コマンゾネスの全身をもつつんで不死鳥のごとき威容へと変化し、宇宙にとどかんほどに高く燃えあがる。
あらゆる属性の魔力がまざりあい、コマンゾネスの筋肉宇宙誕生は、幻視ではなくこの瞬間をもって──この世に顕現した。
「ぬぅん!!」
コマンゾネスの拳は、全身は、ついに隕石をぶち破った。
その金属すらもまじった高硬度の物質を右拳で破壊し、ねじ伏せ、一本の線を通すがごとく隕石をつらぬいた。
竜巻はそこで上下に分裂し、コマンゾネスの一撃によって生み出された内部のヒビに、まるで虫が果実を喰い荒らすがごとく侵入し隕石の組織を弱体化させていく。
それらの衝撃によって隕石はふたつに割れ、パカリと二分された状態で地面へ落下しようとした。
「勢いはなくなりましたが、あれでは下に被害が……ッ!」
マクシミリアンが悲鳴をあげる。
その懸念のとおり、隕石の下には王都の建物が建ち並んでいるではないか!
「ぬんぬんぬぅぅぅん!!」
しかし、なんの心配もいりはしない。
空中でくるりとふりかえったコマンゾネスが、そのおたけびとともに、数えきれぬほど、いやそもそも常人には見て数えることができぬほど迅雷の拳圧を何発もくり出す。
コマンゾネスが中心を破壊し、みなの魔力の結晶たる竜巻によって蹂躙されつくした隕石は、もはやそこらにある岩と変わらぬ程度の脅威でしかない。
コマンゾネスの壮烈なる一撃ごとに隕石は割られ、砕け散り、やがて砂の霧ともいうべきサラサラの物質となってあたりに広く霧散していく。
このときの現象は後年「都の砂雨」と名づけられ都市伝説のひとつとして語りつがれることとなったが、あるモニュメントに粉糖のごとく砂がふりかけられるのを見たひとりの菓子職人が、まるくてもちもちしたアイスクリーム「砂雨だいふく」なる銘菓を電撃的にひらめき、末永く王都の名物として庶民の舌を楽しませつづけたとの伝である。
「あ、やべ、コマンゾネスさまァァン!」
マクシミリアンがふたたび大音声でさけぶ。
隕石を破壊したあとのことはまったく考えていなかったらしく、自由落下をしはじめたコマンゾネスを見てひどくあせったものと見える。
コントロールすることが役割であったため、唯一魔力に余力のあるマクシミリアンが走り、必死で出せるかぎりの突風を魔法でつむぐ。
ウォータースライダーのごとく、自分たちの近くまで斜めにずらし、多少勢いを減ずることに成功したものの、ズドォンとそれこそ小隕石が落下したような音と破壊力でコマンゾネスは地上へと墜落した。
「こ、こ、コマンゾネスさまぁぁぁッッ!!」
10メートルほどの巨大なクレーターが発生し、急いで駆けつけたマクシミリアンは、おそるおそる穴のなかを見おろした。
すると、身につけていた土の鎧がガラガラと崩落していきながらも悠然と歩いてコマンゾネスが出てくる。
「なんとか……なりましたわね」
そのまばゆいばかりの黄金の髪を、いさましくかきあげて、コマンゾネスが笑った。
が、魔力を限界まで絞りつくされた面々はもはや死屍累々といった様相であった。
立つことすらだれもできず、横たわって白目をむいていたオーランドのみが、
「キ、キミは、すごすぎて、なんだ、その、なんなの……?」
と驚嘆らしきものをようようもらした。
興奮するマクシミリアンから事情をきいたコマンゾネスは、ベネクトリックスのもとまで歩いていく。
「ベネクトリックスさま」
笑って、そのたくましい腕をそっとさし出す。
「あなたの、みなさまの魔力、たしかに受けとりましたわ。みんなの力で、わたくしたちは、また明日をむかえることができます。あなたがもしまたまちがえることがあったら、わたくしが被害をぜんぶ阻止して、あなたの心を全力でぶん殴ってあげる。だから、もしわたくしがまちがえたとき、あなたもそうして。わたくしたち、そういうお友だちになれると、思うんです」
ベネクトリックスは信じがたいものを見た驚きのためか、感情がコントロールできなくなったようすで、おなかをかかえて「ホッヒヒヒ」と奇怪な笑い声をあげたあと、「この人に勝てるわけがなかった!」と高く笑った。
そして涙をぬぐってコマンゾネスの手を強く握り、こう応えた。
「あなたに全力でぶん殴られたら、マジで死にますわ」




