第6話 マッチョ令嬢、悪魔と断罪イベントを筋肉でねじ伏せる
『あともう少しだったものを……』
群衆の悲鳴がみだれ散るなか、人の世の怨嗟を凝集したような暗鬱な声で、直前までベネクトリックスであった怪物がしゃべる。
「やはりこれはCルート──いわゆるカオスルートに入っていたようね。あなたは先ほどアレクシス殿下に、そしていまは聖女に憑依している悪魔……その邪悪なる魔術で、まわりの人間を操作していたというわけね」
カオスルート、それはゲームのプレイヤーたちも「これ誰得なの?」「予想を裏切ろうとして期待を裏切っちゃった好例」「聖女もどして」と作中でもとりわけ悪評が集中したバッドエンドであった。
この悪魔がコマンゾネスを殺め、王国を瓦解させようと企んでいた、というわけである。
『まさか、そんなことまで知っていたとは……。しかし私は、王子の奥底にある本音を引き出したにすぎない。先ほどの罵倒は彼の本心から出たものであって……』
「むぅん!!」
話し途中の悪魔の顔面を、すさまじい腕力でコマンゾネスがぶん殴る。
『いや、ちょ、まだ話し中』
「ぬぅん!!」
次いで、悶絶必至のボディブローが悪魔をおそう。
『ま、待っ、このからだは聖女のものなんですけど』
「せいやぁ!!」
エンジンのかかってきたコマンゾネスは、右左右左右左右……とマシンガンのごとくに、悪魔の顔面を胴体をすさまじい回数殴打しまくった。
並のモンスターであれば一撃ごとに肉や骨が消し飛んでゆくほどの連打にあって、かろうじて原型をとどめ立ちつづけたのはさすが悪魔と賞賛すべきか。
しかしもはや、目も腫れあがって前が見えぬほどになっており、ふらふらとたたずむことしかできない悪魔のまえで、コマンゾネスが深く鋭く息を吐いた。
「あなたはわたくしのみならず、わたくしのたいせつな人たちまでも害そうとした……。わたくしは許しても、わたくしの筋肉は許さない」
『ゆ、許してる人間がここまで容赦なくぶん殴る? シンプルに「わたくしも筋肉も許さない」でいいんじゃないの……?』
「チェストぉぉ!!」
コマンゾネスの猿叫とともに発せられた最後のアッパーに、断末魔のうめきをあげ、もはや顔かコブかもわからなくなった悪魔が空を舞ったのちに地に伏した。
少しの静寂ののち、息を切らした第五王子マクシミリアンが駆けつける。
「コマンゾネスさまッ! 倉庫から国宝である『真実の鏡』をもってまいりました! これで悪魔を聖女さまから追い出して……死んでる」
大きな鏡を抱きながら、マクシミリアンが瞠目してつぶやいた。
コマンゾネスは菩薩のごときほほえみを見せ、その小さな頭をなでる。
「マクシミリアンさま、ありがとうございます。しかし、筋肉を鍛えさえすれば、肉体には影響を与えず精神だけをぶん殴ることも可能になるのです……ご覧なさい」
そううながすコマンゾネスのたくましい指の先を見ると、まるで浄化されたような光を発し、殴殺された悪魔が昇天していくところであった。
そのあとには、やはり小枝のような肉体の聖女ベネクトリックスのみがすやすやと眠っている。
コマンゾネスはそっと、第一王子が着ていた外套をひっぺがしてそのからだにかけてやった。
彼女の左頬が少しだけ腫れており、「やべちょっとだけ肉体のほうにもあたってたかも」というあせりがあったのかは、だれも知るものはない。
そのようすを見て、マクシミリアンがほっとひと息をついた。
しかし──
『これで終わったと思わないことだ。私を召喚した者の野望がついえぬかぎり、私は何度でも召喚され、よみがえる……。予言しよう。この王国に、まもなく、世にも悲惨な戦禍と滅亡とがもたらされるであろう……』
悪魔のおぞましい、怨念に満ちた捨てぜりふが、まるで天から降りそそぐように一帯に満ちる。
「ぬぅん!!」
どこにいるかは判然としないものの、コマンゾネスはとりあえず空中の怪しげに感じた方角へ拳圧を飛ばしてみた。
すると、
『痛ッたッ!! えっ、正気? こういうのはさぁ、なんか不穏な空気を漂わせつつひと区切りになるところじゃん。なんでいま殴るの? っていうか霊体になってるオレをなんで殴れるの? わけわかんないんだけどオマエ、ほんと、今度見てろよいまはちょっとアレだけどそのうちいつかアレするっていうか殺すっていうかウソウソウソです拳にぎるのやめてほんとやめてほんとに……』
という弱々しい泣き言もまた降りそそぎ、やがて空が晴れてゆく……。
コマンゾネスが容赦なくもうひと振りしてみると、今度は反応がない。
本当に消えていったようである。
「コマンゾネスさま、いまのは……」
「アレクシスさまとベネクトリックスさまにとり憑いていた悪魔です。あの悪魔を召喚し、王国滅亡をたくらむ人間が、どこかにいる……。その人物を探し出さないことには、根本的な解決にはいたらなそうですわね。しかし、いまはまず……」
コマンゾネスがそう言葉を区切ってあたりを見渡すと、広場は死屍累々といった様相であった。
しかし、観衆のほとんどが無事に逃げ、たおれている者は気絶しているだけで、どうにか死者を出さずにすんだ。
雲が去り、勿忘草の花のようなあざやかな青い月があたりを照らす。
前世ではありえなかったその色が、いまは見なれたはずのその青が、なんだかひどく遠く思えて、コマンゾネスの吐息はかぼそくふるえながら夜のやみに溶けていった。
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