第58話 マッチョ令嬢 vs 星の災い3
「氷の坂ってすべるんじゃ……?」
「足の裏に魔力を帯びた氷を薄く貼ることで……」
「炎は右腕だけで……?」
「念のため両腕に……」
ルミエールが氷の坂を急ピッチでつくり、ヴィクトアがコマンゾネスの全身に土の鎧をかためるあいだ、打ち合わせをしながら準備を進めていく。
そんななか、オーランドがぼそりとつぶやいた。
「じつは、悪魔に憑依されたことで魔力操作のコツがわかったのか、魔法の威力があがってるんだ……」
それを聞いたヴィクトアがおどろいたように眉をあげる。
「おまえもか? おれも、魔法が一段洗練されたような感覚がしている……」
「ふふ、ケガの巧妙というわけですわね。もしまた武術大会があったら、結果はわかりませんわね……」
「いやそれはもうムリだと思う……」
話しながらひととおりの準備を終えると、出るまえに、コマンゾネスは横になったままの聖女のほうを向いた。
「ベネクトリックスさま」
聖女は世界を拒絶するように腕を目のうえへと置き、ときおりひっ、ひっとひきつるように呼吸するだけで呼びかけには応えない。
「『もう生きていけない』と思うような恥をかいてもね、それでも、人生はつづいていくのですよ。その恥をまるごとかかえて、決してくさらず、曲がらず、しんぼう強く歩きつづけることができたなら、いつかきっと……笑える日がまた来ます。『もうおそい』とおっしゃっていましたけど、生きてさえいれば、おそいなんてことはないのです。そんな明日を、わたくしがつくりあげてみせます……」
コマンゾネスは一方的に告げ、ニカッと笑った。
「もどったら、一発しばきますわ。そして、いっしょに、もういちどやり直しましょう」
ベネクトリックスの目尻にきらりと光るものがあったが、コマンゾネスは背をむけ、隕石を見つめた。
「……まいります」
くちびるに生じた不安をねじ伏せ、ロマンジーナがキッと凛々しく顔をあげる。
「お姉さま……かならず、ご無事で」
目をあわせてうなずくと、コマンゾネスは走り出した──
まずは、助走として氷の急坂のまえにある地面を踏みしめてゆく。
一歩、二歩、土の鎧を身にまとうからだが重い。
が、つま先で地をとらえ、腓腹筋やヒラメ筋、大腿四頭筋など足のあらゆる筋肉へとエネルギーをめぐらせ、爆発的に増強させていく。
背すじをのばし、肩甲骨の回旋を制御しつつも腕をふり、「走るのに最適な状態」を筋肉が探るのにまかせる。
コマンゾネスの走りはじめにはビッグフットもかくやという大きな足跡がのこり、やがて足の先だけが地面を大きくえぐった跡が徐々にその距離をのばしていった。
コマンゾネスは、ひと足ごとに加速してゆく。
そうして氷の坂へと踏み入った。
氷の坂はまだ完成していないが、コマンゾネスをのせながらルミエールが生成しつづけ、隕石のほうへとすさまじい速度で伸長していく。
通常の氷であれば、コマンゾネスの岩をもくだく一歩の衝撃に耐えられるはずもないが、厚みをもたせた氷に適度な反発性をも宿らせ、まるで陸上競技場の舗装路のごとくコマンゾネスをはじきかえすことでむしろそのスピードを促進させた。
マクシミリアンに指示された厚みを寸分たがわずつくりつづけるルミエールの魔法の精密さに、一同は感嘆の吐息をもらす。
ヴィクトアはまた、のびてゆく氷の坂を支えるため、下から頑丈な土を生成してその足もとを固めていった。
「よし……行こう」
用意をととのえた第一王子アレクシスが、弟のマクシミリアンと視線をかわし、うなずく。
「おまえは、まだ魔力に不安があるだろう。ふたりで風を出すより、ぼくがめいっぱい風をつくり出すから、おまえが彼女のほうへコントロールしてくれ」
「なるほど……たしかにそのほうが合理的ですね。わかりました、お兄さま」
そして氷の坂へ向かうまえに、ちらと聖女のほうを見る。
「ベネクトリックス。なぜ、きみがこんなことをしたのか、なにを考えていたのか……いまも、ぼくは、わからない。だから──」
言葉を切ったあと、熱量を変えずに、語りかける。
「知りたいんだ。今度は、きみのことを、もっとちゃんと……。でもきみと向きあって話をするには、いまはあまりに時間がない。彼女の言うとおり、もし生きのびることができるなら、明日をむかえることができるなら、話をしてほしい。そして、ふたりで罰を受けて、やり直そう。恥ぐらいなら……愚鈍なぼくにだって引き受けられる」
言い終えると、腹部がへこんでゆくほどに肺から空気を出しきったアレクシスは、静かに、深く魔力を練りはじめる。
風が、どこからかやってくる。
それは彼の足もとから渦をまいて、さわやかな緑風であったものが、じょじょに暴風のけはいをまとって立ちのぼっていく──




