第54話 「ぜんぶ、よこせ」
ベネクトリックスを天高く殴り飛ばし、ひと息をつくまえに、コマンゾネスはあらぬほうへ七発の拳圧を飛ばす。
ボボボボボッ、といういくつもの破裂音とともに射出された拳圧は、四人のハンサムたちの顔を順にしばいて正気をとりもどさせ、マクシミリアンたちを拘束する木の柱だけを器用に粉砕した。
そこでようやくふうと息を吐き出すと、ベネクトリックスのかたわらに落ちていた聖剣がさらさらと消失していく。
あいてて、と切れた縄をふりほどいて起きあがったマクシミリアンが、コマンゾネスのもとまで手首をさすりながらやってくる。
「コマンゾネスさま、ありがとうございます。どうやら聖女さまが……」
「はい、そのようですね。ご自身の魔法で少々姿が変わっておられますが、こちらに……」
「えっ、ベネクトリックスさま!? ほんとだ顔はそのままなのに、こ、これはなんという僧帽筋……」
ゴクリとつばをのむ音がきこえ、コマンゾネスはちょっとむっとする。
「あっ、いやでもアレですね、どこか不自然さがあるというか、なんていうんでしょう、こう筋肉のカーブがちょっとトレーニングだとつきにくいはずの角度になっているというか……」
その気配を察したのか、しどろもどろにとりつくろおうとするマクシミリアン。
そのやりとりを見て、ハンサムたちがコマンゾネスのもとへ歩いてくる。
「コマンゾネスくん、何度も恥ずかしいところを見せて申しわけない……」
代表してオーランドが詫びると、みなそろって頭をさげる。
ヴィクトアは所在なげにボリボリと頭をかいた。
「みなさま記憶はどうですか? やはりぼやけてしまっていますか」
「あいまいなところはあるが、ベネくんが悪魔を使役していたところや、キミと戦っていたところもおぼえている。前回のときより状況がわかる気がするが、なぜだろうか……」
「短期間に二度も催眠状態とされたわけですし、多少耐性がついたものと考えられます」
メガネをくいっと上げながらルミエールが推測をはさむ。
「まさか、ベネクトリックスが、王国を……」
ひとり、深く脱力しながら、第一王子のアレクシスが横たわるベネクトリックスを見つめて呆然とつぶやいた。
信じたくない気もちと、それでも目をそらしてはならない気もちが葛藤しているように見えた。
ここで、ベネクトリックスを糾弾するのはたやすい。
しかし、聖女自身が悪魔を召喚するなどというゲームのシナリオからはるかに離れたイベント──いや、できごとが起きたいま、この世界に今後なにが起きるのかはまったくはかれない。
いつか、魔王が復活することさえ、起こりうるかもしれない。
もしもそのような事態がおとずれるとすれば、彼女が万一にも処刑されていてはまずい……。
この国では、国家の転覆をはかった場合、ほぼ確実に死刑になってしまうからだ。
魔王を倒すのに必要な聖剣を顕現できるのは、聖女だけ──
コマンゾネスはどのような判断をすべきか頭を悩ましながら、
(人間がつねに正しい判断ができるなんて、驕りにすぎないわね)
ふっと息を吐くと、倒れたままのベネクトリックスへと語りかけた。
「聞こえていますか、ベネクトリックスさま」
反応はなかったが、つづける。
「あなた自身が王国の崩壊を望んでいなかったとはいえ、戦火をもたらそうと画策し、実際にその過程で多くの生徒を傷つけたことは、決して許されることではありません。寄宿舎や旧校舎など学園の設備を破壊し、わたくしの妹を誘拐して恐怖を与えたこともまた罪です」
「…………」
「しかし──」
そこまで話したところで、アレクシスが悲愴な表情を浮かべ、かばうようにベネクトリックスのまえへ出た。
「ま、待ってくれコマンゾネス! 彼女を罰するなら、ぼくもいっしょに罰してくれないか。ふたりにすることで罰を軽減してあげてくれとはいわない。ただぼくも彼女とまったく同じ罰を受けたいんだ。ぼくは、彼女を理解してあげることが、支えてあげることが、できなかった……。だから、せめて……」
その決死の懇願に、コマンゾネスは、
「……もし、死罪になるとしてもですか」
と問うた。アレクシスは、
「……ああ。たとえ、どんな罰だろうと……」
と、引けた腰でありながら、まっすぐに答えた。
コマンゾネスは目を伏せ、「そっちのほうが効きますわね……」とだれにも聞こえないようにつぶやいたあと、表情をやわらげた。
「アレクシスさま。あなたの覚悟が知りたくて意地悪をいいましたが、わたくしはおふたりを司法の場へ突き出そうとは考えていませんわ。ベネクトリックスさまの抱いた野心は実際許されるべきものではありませんが、一方で、その策謀はすべてわたくしがこの筋肉で阻止し、死人はひとりも出しませんでした。ケガ人は多く出ましたが、すべてベネクトリックスさまご自身で治療をされています。むろん、治療をしたからといって彼らに与えた痛みや、恐怖が消えてなくなるわけではありません」
「…………」
「そんな彼らの心の傷に報いるためにも、あなたは今後、あなたの聖女としての、ほかの人では替えのきかないその能力をもって、国につくしなさい。誠心誠意、人々の痛みを癒やしつづけなさい。あなたの抱いていた孤独が、この先もだれにも理解されず、人々から敬遠されつづけるとしても、あなたは粛然と、まさしくおとぎ話の聖女のように、慈愛をもって人々の痛みに寄り添いつづけるのです。……それができるのなら、わたくしは、あえてあなたを告発しようとは思いません」
これでいいのかと迷う気もちを、この場では一度ねじ伏せ、コマンゾネスはニカッと笑ってベネクトリックスへ手をさし出した。
「あなたが言った、わたくしがあなたを見ようとしなかったことは、事実です。わたくしの目は節穴で、おろかでした。あなただけでなく、わたくしもまた、まちがっていたのです。……だから、今度はおたがいにまちがわないために、わたくしたち、お友だちになりませんか? またまちがえてしまいそうなときに、おたがいに指摘しあって、正しい方向に向かえるように……」
いつのまにか目をひらいていたベネクトリックスは、腕で顔をおおい、しゃくりあげて泣いた。
「殺してよ、もう、いっそ殺してよ! 処刑でいいから、いや、あんたならこの場で私を殺すこともできるでしょ!? こんな恥をさらして、いまさら、ぬけぬけと、生きていけるわけないじゃない……」
ベネクトリックスの嗚咽が、苦悶が、夜の空気をかきみだす。
「もう、もう遅いんだ! なにもかも、とりかえしなんて、つかない……」
その返答を悲しみとともに見つめていたコマンゾネスは、反応が一瞬遅れた。
ベネクトリックスが、いつのまにか悪魔を握りしめていたことに気がつかなかったのだ。
「ぜんぶ、よこせ」
両のてのひらをあわせ、『ピギィ』と断末魔のうめきとともに悪魔をすりつぶすと、パァンとはじけるような高音が校舎に反響する。
魔力の光を全身にほとばしらせながら──聖女が魔法を放った。
「〈星の邂逅〉」




