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その悪役令嬢はあまりにもマッチョすぎた  作者: 七谷ぐちた
最終章 マッチョ令嬢、星の災いに見舞われるもすべてのバッドエンドを筋肉でねじ伏せる
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第53話 「ぶっ殺してやる」


 聖女の聖剣が、コマンゾネスの胸部を刺し貫いた。


 よけることさえできなかったコマンゾネスの口もとから大量の血がもれ出て、ぼやけていく視界で聖女を見やる。

 はっ、はっ、という痛みをまぎらす呼吸は、まるで他人事(ひとごと)のように耳の内部で反響した。


「やった、やった、ついにコマンゾネスを殺した!」


 聖女は、まさに悪魔に()かれたとしか思えない甲高い声で哄笑(こうしょう)する。

 その一方で手はひどく震えており、ズズズとゆっくり聖剣を抜くと、尖端(せんたん)を地面に落とした。


 支えを失ったコマンゾネスは、ガクリと両膝をつく。


「これで、もう、私を邪魔できる者はいない……。300年に一度生まれる聖女にふさわしい、みんなに称賛される一生を、すごすんだ……」


 熱に浮かされたようにつぶやく聖女を、コマンゾネスは放心(ほうしん)しながらながめた。


(とめることが、できなかった……)


 戦禍(せんか)にあえぐ王国が、そこで平和に暮らしていた人々が、自分をさいなむように脳裏に浮かぶ。


(また、死んでしまうなんてね……。前世で、最期のほうはくるったように痛みにわめいていたけど、鍛えたからかしら、もはや、なんの痛みもない……)


 そう考えながら、目のまえに落ちている自分の影を、見つめる。

 意外にも清明(せいめい)さをたもつ視界のなかで、ひとつの違和感(ヽヽヽ)が生まれた。


(ん、紫……?)


 肉体がでかければ当然影もまたでかいため、あまり見えていなかったが、地面に濃い紫色のなぞの液体が散っていた。

 大量に吐血(とけつ)し、血がかかってしまったてのひらを月明かりにかざしてみると、やはり濃い紫色である。


『ギ、ギ、ギィヤァァァァ!』


 耳の裏から大音声(だいおんじょう)の悲鳴がとどろき、びっくりする。

 よく観察すれば肉体も、自由とは言いがたいが先ほどとは比較にならないほど動かすことができる。


 コマンゾネスは思わず自分の胸部をさわって安否を探る。

 ピクンと、コマンゾネスのじまんの大胸筋が応じるようにはねた。


「穴が……あいてない……?」


 まさぐるように手を這わせるが、胸部にも腹部にもどこにも損傷はなかった。

 どういうことかとうしろを見ると、成人サイズに薄くのびた悪魔が地面に横たわっている。

 さらには胸の中心に大きな穴をかかえ、紫の血の泡を吹いてビクンビクンとひとり死にかけているではないか。


「そうか! 聖剣は魔を(はら)い悪を滅するもの……邪悪ならざるものには、効かないのでは……」


 コマンゾネスが驚愕(きょうがく)しながら推測をこぼしていると、それ以上の動揺でもってベネクトリックスがおのれの聖剣を見つめている。


「きれいな心には、効かないって、こと……?」


 腕のふるえが聖剣に伝わり、カタカタと音を鳴らす。


「そんな……そんなことがあるわけないッ!」


 目のまえの現象を拒絶するように、涙を散らしてさけんだ。


「私が、私が、聖女の私がこんなにも醜いのに、そんな人間がいるわけないッ!! だれだってわるいところがあるものでしょ!? きれいな心なんてあるわけない。あんたが、そんなきれいな心をもっているわけがないッ! 私が私のことずっと大きらいなほど腹黒いのに、聖女と認められたあとでさえこんなにもずっと醜いままなのに、イヤだ、イヤだ、そんなの認めたくない。きらいだ……あんたなんてきらい、大きらいだッ!!」」


 半狂乱となり、聖剣をふりまわすが、その切っ先はことごとくコマンゾネスを透過(とうか)していく。

 自分には効かないことを理解しても、大剣が肉体を割らんとせまる状況には肝が冷えるが、コマンゾネスは平静を装った。


「ベネクトリックスさま……人間は、醜いものです。わたくしだって、むろん、醜いところばかり……。それがイヤになることだって、たくさんあります。でもね、醜いことと、邪悪であることは、同じではないんですよ……。醜さを認め、でもそれを言葉や行動には出さないようおのれを律し、他者に敬意を払う……。それが、少なくとも“悪”というものを遠ざけようとする人の心ではないですか? 聖女かどうかは関係なく、ひとりの人間として、あなたもそう生きることができるのではないですか?」


「うるさいッ! 上から目線のお説教なんていらない……。おまえを殺さないと、私は、明るい未来に……かがやかしい明日に、進むことができないんだッ!」


 剣を振り疲れてぜぇぜぇと肩で息をしながらこちらをにらむベネクトリックスの目には、憎悪がマグマのように煮えたぎっている。

 コマンゾネスはそれを正面から受けとめ、しずかに息を吐くと、


「……せっかく魔法でつくったその筋肉は、飾り? 私はまだ麻痺がのこっていて、全力にはほど遠い……。あなたでもやれますわよ。せっかくの一対一、そんなオモチャは捨てて、そのすばらしい肉体を活かしてみたらどう? それとも……わたくしが怖い?」


 と、笑みを浮かべて()いだ日の晴天のように煽った。

 ベネクトリックスは息を乱しながら、


「こんなものは……いらない。あんたなんか……怖くない」


 と手を放すと、聖剣がカランと音を立てて地面に転がる。

 コマンゾネスは腕をのばし、呼び寄せるように指をクイックイッと二度曲げた。


「かかってきなさい……ベネクトリックス」


 挑むようなコマンゾネスの視線と、ベネクトリックスの刺すような視線が交差する。

 ベネクトリックスが、地を揺らすような声量で、()えた。


「ぶっ殺してやるぁぁぁ!!」


 ふたりの距離がつまった瞬間、コマンゾネスの右フックが聖女の顔面を打ち、脳を揺らす。

 さらに肝臓をえぐるように打ち抜き、聖女の肉体はその衝撃でちょっと浮いた。


 エンジンのかかってきたコマンゾネスは、こめかみ、のど、心臓、みぞおち、眉間などまるで局所的に竜巻が発生したかのごとき勢いでベネクトリックスをタコ殴りにする。

 それは、生物を効率よく破壊する方法を極めたかと思うような、凄惨(せいさん)なる暴力であった。


「ぬぅん!!」


 コマンゾネスの咆哮(ほうこう)一閃(いっせん)、その強靭(きょうじん)な腕からはなたれるアッパーによって、ベネクトリックスが高く宙を舞った。

 ふくれあがった筋肉をもつカラダは重量もあり、ドズンと音を立てて大の字で倒れると、その下にはちょうど瀕死の悪魔がいて『ピギィィィ!』と世にもあわれな哀叫(あいきょう)をあげる。


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