第52話 世界最高の筋肉を貫く一本の剣
「そのクリスタル……まさか、聖剣!?」
コマンゾネスの発した単語に、逆に聖女が目を丸くして驚く。
「聖剣の存在はだいたいの人が知ってますが、この指輪を見て結びつけることができるなんて……博識ですね、コマンゾネスさま」
コマンゾネスの背なかに、じんわりとひや汗がにじんだ。
指輪を知っていたのは、コマンゾネスが博識というより、ゲームの知識を思い出したためであった。
転生前にプレイしていた乙女ゲーム『聖女の祝福と怪女の筋肉』には、「悪役令嬢が筋肉モリモリマッチョガール」という点以外にも一風変わったところがあった。
それは──「トゥルーエンドに入ったあとのストーリーが異常に長い」という点だ。
トゥルーエンドは、
・全キャラクターを登場させる
・キャラクター全員の好感度が一定以上
・聖女の能力をバランスよく高く鍛えあげる
・重要イベントをすべてこなす
といったいくつもの条件を満たしてはじめて到達できるため、ほとんどのプレイヤーは攻略情報なしにはトゥルーエンドを見ることができないほどだった。
そうしてトゥルーエンドを迎えてはじめて復活の条件を満たす魔王のもとへ、ハンサムたちといわゆる逆ハーレム状態で聖女が旅をし、冒険のすえに聖女のみが扱うことをゆるされる聖剣にて魔王を討つのだ。
その旅路だけで一本のゲームになるほど長く、「これほんとはRPGつくりたかっただけだろ」というユーザーのレビューさえ散見された。
そしてその聖剣とは、魔を祓い、悪を滅する伝説の剣であり──「ぶっ壊れ」と評されるほどの凶悪な攻撃力をもつ作中最強の武器だ。
とはいえ現在の世界では、トゥルーエンドといえる状況にはほど遠く、ゆえに魔王も復活していないのでとくに思い出すこともなかったのだが……
(道中の強い魔物たちが、聖剣を手にしたとたん紙キレみたいになるほどの武器だったはず……)
当時のゲーム画面がふと脳内にてリプレイされ、コマンゾネスの背すじを戦慄が走り抜けた。
「まあでも、実際にどう聖剣を顕現させるのかまではご存じないでしょう……来なさい」
聖女のひと声で、ハンサムたちがしずしずと聖女のもとへと集う。
風のハンサム、アレクシス。
火のハンサム、オーランド。
水のハンサム、ルミエール。
土のハンサム、ヴィクトア。
それぞれの王家・公爵家にて所有することとなっている指輪には、それぞれの属性を宿したクリスタルがはめこまれている。
四人が聖女のまえにひざまずき、求婚でもするように腕をさし出す。
その指の先で、それぞれのクリスタルが妖しくかがやいた。
恍惚とした表情でそれを見つめる聖女は──首にかけていた小さな長方形のネックレスをはずした。
すると指輪と相応じ、相輝き、神々しいほどの光があたりに満ちていく。
「聖剣は、魔力を鍛えて一定値に達さなければ顕現することはできないはず……」
「本当に、よくご存じですね……。でも、先ほど悪魔からしぼりとったんですよ。たしかに大言壮語を吐けるぐらいには、純度の高い魔力でした……」
答える聖女の髪が、風にまかれるようにたなびく。
それぞれの色を宿した光が渦を巻き、五人をつつみ、混じり合ってひとつの大きな白い光へと肥大していく。
少しの時間のあと、その光が聖女のもつネックレスへと収斂していき──
光はやがて、一本の大きな剣となった。
「これで、やっと……あなたを殺せますね」
うつろに笑う聖女は、たくましくなったその腕で軽々と剣をふるうと、まっすぐにコマンゾネスへと突き進む。
コマンゾネスはよけようとした。
よけなければと思った。
しかし、依然として全身は強力なバネにひっぱられたように動かない。
『おまえは、ここで死ぬんだ』
悪魔のささやきが、コマンゾネスの耳をおかす。
あらがうように、ズズズと足の裏で地面をこする。
しかし、それ以上には動かない。
地面についた指を、はじいて反動で逃げようとする。
しかし、指はいたずらに土をなでて終わる。
下半身の筋肉を爆発させ、地面を思いきり蹴った。
しかし、どうにか上体を起こすことがやっとで──
「さようなら……コマンゾネスさま」
聖女のもつ聖剣が、容赦なく、コマンゾネスの胸部を刺し貫く。
コマンゾネスは大量の血を吐き、ぼやけていく視界で聖女をとらえた。
しずかな夜に、生命がこぼれ落ちてゆく喘鳴が、苦くひびく。




