第51話 マッチョ、増殖する
破壊された壁から砂埃が舞い、そこから姿をあらわしたのは──
コマンゾネスにも劣らぬ、山と見まがうほどのモリモリの筋肉を身にまとった、聖女ベネクトリックスであった!
「あんまり、この姿は人に見せたくないのですけどね」
顔だけは変わらぬまましとやかに言い、丸太のごとく太くなった腕をふりながら、旧校舎から出てくる。
「そ、その姿、は……」
「聖女の魔法を研究しておりましたらね、自分の肉体を自在に変化させる魔法を見つけたのですよ。卒業パーティーであなたと立ち会ったときはまだ不完全でしたけれど」
身体の麻痺もあり、不意の打撃に通常時よりはるかにダメージを負ってしまったコマンゾネスは、ガクガクとふるえる膝を土に押しつけてほんのわずかでも体力を回復しようとする。
「そういえば、たしかに悪魔に憑依されて肉体が変化していたのはあなただけでしたね……。あれは悪魔の術ではなく、あなた自身の魔法……」
「あれもね、不快だったんですけれど、自分が契約者だとバレにくくするよう憑依させていたんですよ。そしてこの魔法、おもしろいのが……」
話しながら、聖女がのどをつまんで調整する。
「このように、声を高くするのも低くするのも自在というわけです」
先ほどまでの鈴を転がすようなかわいらしい声からうって変わり、いかにも男性らしいくぐもった低い声がおだやかにコマンゾネスに語りかけてくる。
「変化させたカラダと声をフードで隠し、あなたが“フードをかぶった男”を演じていたというわけですか……」
「ふふ、なかなかおもしろい余興でしたでしょう? 多少ヒントを出してあげてたのに、気づきもしないあなたを見ているのは愉快でしたわ」
ベネクトリックスは言葉のとおりころころと笑ったあと、一転してキッと険しい目つきになって悪魔を呼びつける。
「悪魔ッ! コマンゾネスさまを丁重におもてなしして」
『はいただいまァッ!』
下働きのような声を出し、悪魔が飛行しながらシュンとコマンゾネスの中へと入る。
憑依するつもりかと全身の毛が逆立つように警戒するが、コマンゾネスの精神にはなんの変化も起こらない。
「いまのは……?」
「あせらないでくださいな、コマンゾネスさま。悪魔を憑依させるには事前に催眠状態にする必要がありますから、いまのあなたをのっとることはできません。……ですから」
立ちあがってベネクトリックスから距離をとろうとしたコマンゾネスの、足がピタリと地面に吸いついたように動かない。
それどころか腕も、肩も、胸も、全身にバネを仕込まれでもしたように自分の意思が肉体に通らなくなっている。
「悪魔にあなたの全身を拘束させ、かつ麻痺をかけつづけてもらいます。そこまですればさすがのあなたも自由には動けないでしょう」
「さあ……どうですかね……」
コマンゾネスはニヤリと笑うが、しかし、たしかに土につけた指をひきはがすことさえ満足にできない。
なにか打開策はないかとあたりを探ると、校舎のそばの暗がりにいくつかの人影を見つけ、愕然とする。
「ロマンジーナ、アンヌ……マクシミリアンさま!」
コマンゾネスがそうさけんだとおり、三人が木の柱へとはりつけにされているのがわかった。
全員ががくんとうなだれており、おそらく、眠らされているものと思われる。
そしてその近くには、魂の抜けたような顔でたたずむ三人のハンサム──オーランド、ルミエール、ヴィクトアがいた。
「ふふ、あなたを眠らせたあと、みなさま確保させてもらいました。本当に、あなたさえいなければあらゆることがこんなにもスムーズに進むんですけれどね……」
自分の旅路に立ちはだかる岩のごときクソデカ障害物──むろんコマンゾネスのことである──の存在を嘆く聖女に、旧校舎にできた巨大な穴から、アレクシスがふらふらと近づく。
手を、そっとベネクトリックスへとさし出した。
「そうそう、さっきの話のつづきです。過去の聖女の資料を見ていて、いい方法を見つけましてね。アレクシスさまに、お城からこの指輪をもってきてもらったんですよ」
アレクシスの腕をとり、コマンゾネスに見せつけるようにかかげてみせた。
「婚約指輪でも見せつけようということですか、ずいぶん意地のわるい──!?」
悪態をつこうとしたコマンゾネスが、その指輪についている宝石に気がつくと、雷に打たれたようにゲームの記憶がよみがえった。
「そのクリスタル……まさか、聖剣!?」




