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その悪役令嬢はあまりにもマッチョすぎた  作者: 七谷ぐちた
最終章 マッチョ令嬢、星の災いに見舞われるもすべてのバッドエンドを筋肉でねじ伏せる
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第50話 マッチョ令嬢、顔面をぶん殴られる


 聖女がコマンゾネスの首に突き立てたナイフは、やはりその堅牢(けんろう)なる胸鎖乳突筋きょうさにゅうとつきんにはばまれ、ボロボロとこぼれ落ちていく。


「人質をとろうが眠らせようが麻痺させようが、並大抵(なみたいてい)のことではあなたを殺せないことはよくわかりました。じつは寝ているあいだに毒も飲ませたんですけどね、筋肉が自動的に分解するってもはや人間かも疑わしい……。もう私が直接手をくだすしかないかと思ったんですが、どうしたらいいかなと過去の聖女の資料を調べまして、いい方法を見つけたんですよ」


 ほほえみながら話す聖女を観察しながら、コマンゾネスは筋肉の回復につとめていた。

 ヴィクトアに痛めつけられたダメージものこっており、完全には麻痺がとけていないものの、平時(へいじ)の10パーセント程度には回復してきている。


 ぐっぐっと、何度か拳をにぎってからだを慣らしていく。

 追加で麻痺させられたら元も子もないので、話の主導権をにぎって気をそらさなければと思考をめぐらせた。


「……アレクシスさまのことは、どう思っているのですか?」


 自分の、婚約者であったはずの人の姿を思い浮かべながら言った。


「あの方は、あなたの味方になってくれたのではありませんか? 優柔不断で、腰が重いところがありますけれど、ひとりの人間としてはまちがいなく思いやりのある方です。どちらが先に好意をもったのかはわかりませんが、あれだけいっしょにいたということは、あの方はあなたの孤独をやわらげてくれたのではありませんか?」


「…………」


「わたくしはね、正直にいえば、あなたに嫉妬していたんです。自分の婚約者なのに、魔法学園に入ってあなたと出会ってからというもの、彼はいつもあなたを見ていた……。いえ、わたくしが気づいたのがその時点だというだけで、卒業パーティーの日にご自身で言っていたように、本当はずっとイヤだったんでしょう。わたくしのこの筋肉が……。だから、わたくしは、あなたたちふたりがわたくしを裏切ったように感じていた……」


「…………」


「でもね、あの寄宿舎が燃えた日、事件がつづくことに憮然(ぼんやり)する殿下にあなたがまず寄り添ったのを見て、自分に足りなかったものを思い知らされたような気もしたんです。わたくしはずっと、『将来の王として正しいふるまいを』としか考えず、あの方にお説教ばかりしてきました。あの方の感情のことを、考えたことがなかった。お城でも、学園でも、そして婚約者と会ったときにも高みを求められつづける生活は、どんなに窮屈で息苦しかったことでしょう。そのことに、あのときのあなたたちの姿を見て、わたくしははじめて気がついたんです……」


 まだ目のまえに浮かんでいる幻像(げんぞう)に、ごめんなさいと語りかけながら、まぶたを閉じてそっとふたをする。

 目尻がほんの少しだけぬれたが、気づかないふりをした。


 現在15パーセント……20パーセント程度まで筋力がもどれば、ひとまず鎖はひきちぎれるだろうと、本心と計算とがないまぜになった胸のなかで考える。

 ベネクトリックスは、肩をこわばらせ、床を見つめながら言葉をこぼした。


「アレクシスさまは、たしかに、やさしくしてくれた。でも、それはダメな人間が、周囲から認められない人間同士がなぐさめあうようなもので、私の世界そのものを、変えてくれるわけじゃ、ない……」


「たいていの人間は、そうではないですか? 自分が望む理想の世界なんて、多様な人間が数えきれないほどに住む現実では、かなうものではない……。自分の理想の世界は、ほかのだれかにとっては、地獄かもしれないのですから。それでも、そんな不完全な世界でもささやかな幸福を見出し、愛する人を見つけられたことをよしとして、現状への満足をいだくことも……」


「……それは、凡人の話でしょう!? 私は、300年に一度の、聖女……。なんで、私がその『たいていの人』と同じような生活に満足しなくちゃいけないの!? こんなにもとくべつなはずの私の存在を、だれも認めてくれない、こんな苦しい日常がこれから先もずっとつづくなんて、考えられない……ッ」


 ベネクトリックスがそうさけんだと同時に、ガラリとだれかが部屋の引き戸をひらいた。

 (ぼう)と視線をさまよわせた、第一王子アレクシスであった。

 ベネクトリックスが入口を見て、顔をほころばせる。


 まだ18パーセント……であるがしかたないと、千載一遇のチャンスに、コマンゾネスは瞬間的に全身の筋肉を爆発的にふくらませる。 

 そうすることで鎖をぶちやぶり、実験台のうえへとすばやく起きあがった。


 その刹那(せつな)──コマンゾネスは顔面をぶん殴られた(ヽヽヽヽヽヽ)


 武器や魔法ではなく、拳で、いつも自分がするように、そしていつもの自分(ヽヽヽヽヽヽ)のような腕力(ヽヽヽヽヽヽ)でぶん殴られたのである。


 コマンゾネスは激しく吹き飛び、老朽化している旧校舎の壁をぶち抜いて、裏庭の地面をえぐりながら土にまみれた。


 目のまえには、小枝のような肉体の聖女しかいなかったはず……。

 ではだれがこのすさまじい一発を、と混乱しながら土に血を吐くコマンゾネス。


 破壊された壁から砂埃が舞い、そこから姿をあらわしたのは──


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