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その悪役令嬢はあまりにもマッチョすぎた  作者: 七谷ぐちた
最終章 マッチョ令嬢、星の災いに見舞われるもすべてのバッドエンドを筋肉でねじ伏せる
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第49話 豹変する黒幕2


 聖女の振りおろしたナイフはたしかにコマンゾネスの腹部に衝突したが、なまじっかな盾よりもよっぽど強固なその腹直筋(ふくちょくきん)にはいささかのキズさえつけることはできず、ボキリと折れていった。


 聖女はそんなナイフを見もせず、さけぶ。


「でも、聖女になったあとには別の排斥(はいせき)があるだけだったッ! 夢を見て入った魔法学園では、『あの子は平民だから』とバカにされ距離を置かれる。がんばっていい成績をとれても『いいよね聖女サマは』とまるで私がイカサマしたみたいに揶揄(やゆ)される。たまに孤児院に帰れば、『運がいいよななんの努力もせず貴族さまの仲間入りだってよ』と陰口をたたかれる。300年に一度でしょ!? もっとほめなさいよ、認めなさいよ、私を、仲間に、入れなさいよ……」


「バカにしてなど……」


「あんた私に言ったわね。『貴族はみだりに女性から男性にふれてはいけない』『とくに婚約者のいる男性は絶対にダメ』だって。私は、知らないのよッ! あんたたち貴族が成長する過程であたりまえに見て聞いて教えてもらうことをすべて、なにも、知る機会なんてなかったのよッ! 私なりにがんばって仲よくなろうとスキンシップをとってただけなのに、いきなり怒られて、私が、あのときどれだけみじめだったと思う……?」


「それは……」


「それにあんたは、助けてくれなかった。学園でも一部の女子にいじめられ、詰め寄られていたとき、通りがかったあんたに助けを求めるように視線を送ったら、あんたはふいと目をそらして冷酷に去っていった。あんたなら助けられたでしょ!? 公爵家でそんなめぐまれたカラダをもつあんたなら、私のことなんて、かんたんに助けられたでしょ!? なのにあんたは、私のことなんて、一度として見ようとしなかった……」


 涙を流し憤激(ふんげき)吐露(とろ)する聖女に、コマンゾネスは言葉を失った。

 いじめられているとまでは知らなかったが、たしかに、そうした状況で目をそらしたおぼえはある。


 学園にいるあいだ、ずっと、シナリオで定められた自身の破滅を避けるため必死だった。

 それは聖女と関わりをもたないことで、無関係の立場を維持することで、どうにか達せられるのだと、思っていた……

 彼女には彼女の孤独が、現実があることに、思いをはせたことはたしかに一度としてなかった。


「それなら、せめて学園を卒業すればかがやかしい未来が手にできると期待してた……。でも知ってる? 聖女にできることって結局キズを癒やすことと、魔王が復活したときにそれを退治することなんですって……。過去の聖女の話を、たくさん調べたのよ。それでね、魔王が出てこなかった時代に生まれた聖女は、王都で人々を癒やしながらおだやかに一生を終えたんですって……」


「しあわせな、一生じゃありませんか」


「しあわせ!? 魔王が出てこないなら、重い病気を治せるわけでもない、ケガを治すだけの私の役目は医者と変わらないじゃないッ! 300年に一度なのよ。年に100人近くも生まれる医者と、変わらない尊敬しか得られない……。それじゃ、私が聖女として生まれた理由ってなんなの!? 結局みんなに敬遠されながら、医者と同程度の役割──替えがきく(ヽヽヽヽヽ)程度の役割をこなしながら一生を終えるの? しかもいまは平和な時代……ケガ人なんて事故や魔物との小競り合いで生まれる程度しか出ない……。魔王が復活する気配もなく、隣国との戦争が起きる気配もない……」


「……まさか、それで、あなたは……」


「私は、私がこの世で生まれたあかしがほしいのよ。『私じゃなきゃこの世界はダメだったんだ』って、実感をこの手に得たいの。で、そんなある日、寮の部屋で気がくるいそうになるほど泣いていたら、鏡のなかからこいつの声が聞こえたのよ」


 ひとみに虚空(こくう)を浮かべる聖女がてのひらをさし出すと、ポンッとそのうえに悪魔が出てきた。

 アヤメの花のような、毒々しいとさえいえるほどの濃く暗い紫の肌をしており、人型で、とがった耳と矢印のような尻尾の、形としてはよくおとぎ話にえがかれるような小さな悪魔であった。

 悪魔は恐縮したように身を小さくしている。


「『自分が力を貸せば、あなたは唯一無二の存在になれる』……こいつはそう言った。『王国全土に戦火が起きれば、普通の医者の治療ではとても間に合わない。あなたは戦場の女神となる』ってね。まあ、こいつの目的は王国の崩壊だったみたいだけど……私にはそれはどうでもいい」


 聖女は夢を見るように、夜空の青い月を見あげた。

 また一本のナイフを手にとる。


「私は、承認されたい。王国の全国民に、唯一無二の存在として──300年に一度生まれる聖女にふさわしいだけの尊敬と喝采(かっさい)を、この身に受けたい」


 そのあと、ツンツンとナイフの先で悪魔をつついて笑う。


「まあ、こいつがあなたにボロ負けしつづけるのは想定外だったけれど……。『私の魔法に不可能はない』って大言壮語ぬかしてくれたわよね……?」


『ヒイッ』


「でも、こいつをオーランドさまとルミエールさまに憑依(ひょうい)させたとき、治療してあげた生徒たちが私にむらがって感謝を述べるときのあの目は、快感だった……。そう、私がほしかったのはこれだったんだって、はっきりわかったの。内紛だろうと隣国との戦争だろうとどうでもいい、みんなに私のことを必要としてほしい……」


 情緒が不安定になっているのか、手のなかのナイフをほおずりしながら恍惚(こうこつ)と語る聖女に、コマンゾネスは探るような目を向けた。


「そのオーランドさまのとき、なぜ、わたくしも治療してくれたのですか。わたくしを操るスキはいくらでもあったでしょう」


 聖女はキョトンと目を丸くする。


「私は、聖女ですよ? 殺すんじゃなくて治すのが役目……。こいつが『殺すのは自分におまかせを。人間ごときを葬る手段なんていくらでもあります』って言うから、まかせてたんです。まあ、このありさまでしたけど……。あと、コマンゾネスさまは操れません」


「……?」


「悪魔と契約したことで、人を催眠状態にして言うことを聞かせる魔法を授けてもらったんですが、男性にしか効かないんです。男性の二の腕をさわって、魔力をほんの少し流しこむ……すると、その魔力が体内にわだかまって、任意のタイミングで発動することができます。一回切れちゃうと、またさわり直さないといけませんけどね」


「だからあなたは男子生徒にさわっていたんですか……?」


「いえいえ、最初はさっき言ったようにただのスキンシップでしたよ。ああいうふうにすると、孤児院の男はバカだからちょっと態度が軟化(なんか)するんです。ま、それは貴族の男でもそう変わりませんでしたね。ともかく、あなたに怒られたあの悪癖(ヽヽ)が、そのまま種まきにつかえたのは幸運でした。反省してないフリをしなくちゃいけませんでしたから……きっと、あなたは『言っても聞かないバカ女』って私のことを軽蔑していたでしょうけれどね」


 よどんだ目つきでこちらを見やる聖女に、こたえず、コマンゾネスは


「あなたは……転生者なのですか?」


 とふと頭に浮かんだ疑問を、真正面から問いかけてみた。

 聖女はまた少しキョトンとしたあと、突然破裂したように大声で笑い出した。


「転生? 輪廻(りんね)転生(てんせい)のことですか? コマンゾネスさま、そんなこどもみたいな絵空事を信じてらっしゃるんですか」


 甲高い声で笑い、涙をぬぐったあと、瞳孔(どうこう)に読みとれないにごり(ヽヽヽ)を黒くにじませながらナイフを高々と振りあげる。

 コマンゾネスの首へ思いきり突き刺しながら、つぶやいた。


「死ねば、人は、地獄に落ちるだけですよ。……あなたも私もね」


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