第44話 マッチョ令嬢、土に埋められる
「……ぶはァッ」
ずっと張りつめていた緊張がようやく解け、コマンゾネスは思わず肺のよどんだ空気を吐き出した。
目のまえには、その野心とともに粉砕された土の鎧にまみれたヴィクトアが、大の字になって失神している。
「コマンゾネスさまァッ!」
風の魔法で木に跳び移り、その枝のしなりを利用して丘へと跳んできたマクシミリアンが、コマンゾネスへと抱きつく。
春一番のような勢いのその抱擁を微動だにせずに受けとめ、コマンゾネスはほほえむ。
「マクシミリアンさま、ありがとうございます……。あなたが、アンヌが妹を、そしてわたくしを助けてくれることを、信じていましたよ」
「あ、あ、ごめんなさいなんてひどいケガを! ベネクトリックスさまを呼んでこなくては……」
「なに、少し休めば筋肉がいやしてくれますよ。それより……」
言葉を切って、コマンゾネスは倒れるヴィクトアを見つめた。
ここに来るまでは、彼が悪魔を召喚し、王国の崩壊をたくらむ“フードをかぶった男”……黒幕だと思っていた。
転生前の記憶を呼び起こしてみても、たしかに、Cルート──カオスルートに入ったときは、三人のハンサムのうち好感度のもっとも低い人間が悪魔を召喚するシナリオだったはずだ。
「悪魔さん……いらっしゃるんでしょう」
カマをかけるつもりで、ヴィクトアに呼びかけてみる。
「え、え、悪魔がここに……?」
マクシミリアンがうろたえるが、ヴィクトアはピクリとも動かない。
考えすぎか、しかし言動の齟齬はどうもおかしい、と逡巡していると、「おーい」と呼びかける声が聞こえる。
「オーランドさま……!?」
火のハンサムオーランドが妹をかかえ、アンヌとともにこちらへ向かってくるのが見えた。
「あ、そうなんです! オーランドさまがあぶないところを助けてくれまして……。あとルミエールさまも!」
マクシミリアンが経緯を説明してくれ、「そうなんですか」と表情をやわらげた瞬間であった。
白目が黒く反転し、ひとみを憎悪ににごらせたヴィクトアが突然ガバッと起きあがり──
「〈星の号哭〉」
黄土色の光がほとばしった両手を地面へとつき、暗鬱なる声で魔法をとなえた。
「…………!!」
足もとの地面が激しい震動とともに割れ、体勢をくずしながら腕の力だけでマクシミリアンを放り投げたコマンゾネスは、悲鳴をあげるまもなく地割れにのまれていった。
すぐに地割れはもとにもどり、深い地中にコマンゾネスがひとり閉じこめられてしまう。
「これは、古代魔法……ッ! コマンゾネスさまァ!」
マクシミリアンは土の上を転がったあとすばやく起き直る。
コマンゾネスがとっさに自分だけ助けてくれたことを理解し、動揺しながら割れていた地面をかきわけるようにまさぐるが、たしかにあったはずの裂け目はまったくのこっていない。
いったいどんな原理でこんな超自然の現象を起こすことができるんだ、とひとり口のなかで驚嘆をもらしている。
『ったく、なんでバレたんだよ……。わざわざ深層意識にもぐりこんで、変化がおもてに出ないよう最低限の操作に限定してたってのに。疲れただけでなんも意味なかったじゃねぇか』
悪魔は首を鳴らしながら、ヴィクトアのたくましい肉体をながめる。
『いいカラダだな……。潜在能力は目を見張るものがある』
「ク、クソッ、古文書を読んで日ごろ妄想していた古代魔法がこの目で見れたことに興奮している自分がいる……。しかしそれはそれとして、コマンゾネスさまをどうしたんですか!? 地中から戻ってこれるんでしょ──」
さけびながら、バックステップで悪魔と距離をとろうとしたマクシミリアンは、ドンと、自分の背なかに大木のようななにかがあたったことで言葉を切った。
おそるおそるふりかえりながら見あげると、とらえられぬほどのスピードで背後へと移動した悪魔が、腕を組んで佇立している。
『なに、地下の深いところに少し埋まってもらっているだけですよ。普通なら死にますけど、彼女の場合は残念ながらまあ死なないでしょう……。しかし時間かせぎには十分……』
答えながら悪魔はマクシミリアンの胸ぐらをつかみ、もちあげる。
「痛いッ! はなせ、はなせェ!」
マクシミリアンが激しく抵抗していると、ちょうど丘をのぼってきたアンヌがさけぶ。
「いまの震動はお嬢さまァが地面でも殴った……!? お嬢さまァ、お嬢さまァ!!」




