第43話 マッチョ令嬢の一撃
「なんて、頑丈な……女だ……」
土の鎧を身にまとい、一時間近くものあいだコマンゾネスを殴打しつづけてきたヴィクトアは、あきれたように言って息をあららげた。
おそらく無抵抗の相手ならすぐに決着がつくと思っていたのであろう、殴るほうもかなりの体力を消耗することをいま身をもって実感しているものと見える。
コマンゾネスは、仁王像のごとく屹然とそびえ立っている。
が、左目は前も見えないほどに腫れ、いくつもの顔のアザは見るからに痛々しく、肩や脚から流れる血が広く服を染め、口には鉄の味が広がる。
口中の血をペッと吐き捨て、ぐいと鼻から流れ出る血をぬぐうと、
「あら、もうお疲れですか。一度ご休憩タイムをはさみましょうか?」
と親切めかして挑発を入れた。
全身に激しい打撲を受けているため、見えない服の下にも無数のアザがある。
肋骨にもヒビが入っていて、ぬぐった際に胴から脳へと激痛がかけめぐったが、表情にはおくびにも出さない。
コマンゾネスの足もとには、根もとから折れている剣や棍棒なども転がっている。
武器もいくつか揃えさせたのだが、コマンゾネスの頑強なる筋肉を打ち据えた瞬間、武器のほうが破壊されていったのだ。
「なぜ、そこまで耐えるのだ。なにを期待してるのか知らんが、おまえの妹は、大枚はたいて手に入れた隣国製の最新の魔道具で隠している。しかも、誤った手順で解くと大爆発を起こす拘束具つきだ。どちらも王宮の魔道士にも解きようのない魔法……助けなぞ、永劫来んぞ。あきらめて、さっさと楽になったらどうだ」
「あきらめる……そうですね、いままでのわたくしなら、あきらめていたかもしれませんね……」
ふっと脱力して笑うコマンゾネスを、思わぬ反応を見たときのおどろきの色で、ヴィクトアが見やる。
「いままでわたくしは、たいていのことを自分で解決してきました。解決できるだけの筋肉が、めぐまれたことに、わたくしにはあったからです。しかし今回のこと、いえ、一連の事件すべてで……わたくしの筋肉だけでは解決できない壁にはじめてぶちあたりました。そのとき、わたくしに、力を貸してくださる方たちがいたんです。そしてたすけてほしいときには、『たすけて』と言っていいのだと……はじめて、わたくしは知ったのです。だからわたくしは、信じて、待っているのです」
聞こえているのかいないのか、ヴィクトアは片膝と拳を土につけ、頭をふって呼吸をととのえている。
それを見ながら、コマンゾネスもまた気取られぬよう深く、深く呼吸をして回復につとめつつ、問うた。
「ところで……悪魔さんは今どこにいるのですか」
ピクリと、ヴィクトアの全身の筋肉がかすかに震える。
「おまえの妹の誘拐に成功した時点で、いまは悪魔に用はない……。とくに召喚もしておらん」
「ふぅん……。人間では使えない多彩な魔法を身につけているようでしたので、なにかと使い道はありそうでしたけれど……」
「なにが言いたい?」
「いえ、別に……」
少しでも問答を長引かせる目的もあり、意味ありげに語尾をにごらせる。
ふたたびヴィクトアが頭をふったところで、ゆっくりと言葉を継いだ。
「ただ、あなたはもともと野心家であることを隠そうともしない人でしたけれど、こんなにおろかな計画を立てる人だったかな、とも思っているのです。それに、最初悪魔は『王国に、世にも悲惨な戦禍と滅亡とがもたらされる』と言いました。先ほどもっともらしいことを述べ立てていましたが、王位を得ようとするあなたの野心と、どうも食い違いがある……。滅びた国の王位を得てもしようがないでしょう」
「…………」
「まあ野心がゆがんだ方向に膨張してしまった、といえばいえるでしょう。しかしさらにわたくしが気になっているのは、あなたが最初にわたくしに一撃を加えたときです。あなたは、驚いているように見えました。そう、まるで思った以上に魔法が強化されている驚きにも見えたのです。それはちょうど、きのうのオーランドさまのような……」
「よくわからんご高説は、そろそろ仕舞いでいいか?」
膝と拳をつけていたヴィクトアは、遮断するようにそう言った。
同時に、地面がふるえる。
「地震……?」
思わずよろめくコマンゾネスであったが、丘から離れたところにある木々は揺れてもいない。
目をこらして見れば、ゴゴゴと音を立ててこの丘だけが震動しているではないか!
「ぬおおおおッ!」
ヴィクトアがおたけびをあげ、その拳を引き抜いて天にかかげる。
すると、数メートルはあろうかという長大な土の剣が、拳の先と一体化してそびえ立っていた。
そしてそれを大上段に振りかぶる際、鋭利な刃物で切断されたかのように、巨大な石碑が斜めに裂かれてくずれ落ちたのだ。
「ばちあたり……ですのね」
コマンゾネスは咎めながら、
(これを受けたら、さすがに……死ぬかしら)
じっとりと冷や汗が背なかを伝うのを感じた。
転生前後の記憶──死の恐怖が、脳裏をかけぬけていく。
それをねじ伏せるように、強く、強く右手を握りしめ、拳をかたちづくった。
(それでも、信じる、信じる。わたくしは、信じる……)
コマンゾネスの右腕にエネルギーの奔流が生まれ、その上腕二頭筋から腕橈骨筋、手根屈筋までさまざまな筋肉がからみ合いながら肥大化していく。
一方でヴィクトアは、
「殺す、殺す、コマンゾネスゥゥ!!」
と、白目を剥き、常軌を逸した形相となり、さけんだ。
巨大な剣の照準を、ピタリとコマンゾネスへと合わせる。
「死ねェッッ」
そうヴィクトアが呪詛を放った、そのときであった──
「コマンゾネスさまッ! 助けましたッッ!!」
とひとり風の魔法で走ってきたマクシミリアンが、汗を散らしながら絶叫する。
コマンゾネスはビクンビクンという大胸筋の躍動をぞんぶんに感じながら、顔を伏せてひとりニカリと笑った。
下半身の筋肉を爆発させ、一瞬にして、ヴィクトアの眼前へと迫る──
「ぬぅん!!」
溜めに溜めたコマンゾネスの渾身のボディブローが、大砲すら防ぐといわれるその土の鎧を、こなごなに打ち砕いた。




