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その悪役令嬢はあまりにもマッチョすぎた  作者: 七谷こへ
第四章 マッチョ令嬢、土に埋められるも筋肉でねじ伏せる
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第38話 第五王子、腹筋を見て壊れる


 マクシミリアンの風魔法で移動スピードを増し、旧校舎へと急ぎながらもアンヌは内心ひどく動揺していた。


(婚約破棄って、どういうこと……!?)


 コマンゾネスからは、なにも聞いていなかった。

 いや、そういえば少しまえに後輩メイドから


「お嬢さまァって、王子殿下とのご婚約を解消されるなんてこと、ありませんよね……?」


 とおずおずたずねられたことがあった。

 まったく知らなかった自分は、


「そんなことがあるわけないでしょ、めったなことを言うものではありません」


 と叱り飛ばしたのであったが、なにか言いたげにしりぞいていったあの子は、もしかしたら屋敷で働いているあいだに「うちうちで進めていた」というその話をもれ聞いたのかもしれなかった。

 こんな事態でもあったし、おそらく話が確定になるまで自分に伝えるのをひかえていたのであろうコマンゾネスに、そういうことではないとわかっていながら、信頼関係が足りなくて話してもらえなかったんだろうかとアンヌはすこし落ちこむ。


 それから、となりにいるマクシミリアンをちらりと見た。


 彼はむかしから(おり)()れて結婚うんぬんともじもじ口にしていたため、幼いながらにそういうあこがれがあるのだろうとはつねづね感じていたが、かといって言われた側のコマンゾネスは毎回「はいはい」という感じで聞き流していた。

 婚約者がいるのだし、仮にいなかったとしてもオムツをしていたころさえ知っている幼い男の子を、恋愛対象として見られるわけはないだろうことはアンヌにも理解できた。

 とはいえ、貴族社会で結婚というものは当然に家と家とのつながりのためにおこなわれるものであり、個人の恋愛感情などはまったく重視されない。


 ならばいち使用人にすぎない自分がよけいな口を出すべきではないという気もちと、一方で、どうせ結婚するなら主君にはしあわせになってもらいたい、という気もちもあり、婚約破棄が判明したことによる動揺がつのった結果、


「マクシミリアンさまは、その、お嬢さまァのことは恋愛感情的な感じでお好きなんでしょうか……?」


 と口走ってしまった。


「うーん」


 マクシミリアンは器用にふたり分の〈風の具足(ウィンドブーツ)〉をあやつりながら、首をかしげる。


「よく、わかんないです。ただ、ぼくの最初の記憶ってコマンゾネスさまの腹筋を見たところからはじまってるんですよね。そのときにもうぼくの人生こわされちゃったっていうか、決定づけられちゃったというか、だから、コマンゾネスさまを敬愛(けいあい)する心は世界でいちばんだと思ってます。それなのに、ぼくは、あのひとの繊細さ、心のもろさをずっと知らなかった……。今回のことがなければ、一生知らなかったのかもしれません。筋肉にいちずで、ひたむきで、でも弱いところもあるあのひとのことを……。ぼく、『このひとと、ずっといっしょにいたいな』って、そのときあらためて思ったんです。ただまもられるだけの存在としてじゃない、支え合うことのできる存在として、そばにいたいなって」


 なかなか理解されることのないコマンゾネスの弱い部分を知ってくれていることがわかり、アンヌは胸にほのかな熱がともるのを感じた。

 しかしその一方で──


「ただ、お嬢さまァは、もしかしたらマクシミリアンさまのことを……」


「年下の弟ぐらいにしか思ってませんよね。わかってます。6歳も離れてて、ぼくはまだ12歳だし、そんな気はしてました。でも、それってぼくが大人になったら自然と解消されるんじゃないかなって、思ってるんです。なにより、コマンゾネスさまをお迎えするのにぼくがこんな貧弱な筋肉でいるわけにはいかない……。カラダがちゃんと成長するまで過度な筋トレは禁止されているのですが、1年2年でつくような生半可(なまはんか)な筋肉では、コマンゾネスさまに見合う男にはなれません。16歳の成人まで、あるいはもう少し時間をかけてでもしっかり鍛えて、ぼくは、あのひとのとなりに立ちたい……」


 くもりのないひとみで前を見つめながら語るマクシミリアンに、アンヌはそっと目を伏せ、まばたきをくりかえした。


「でも、気もちが変わってしまうことも、あるのではないですか? あなたが大人になるまでに……」


「恋愛感情かどうかはわかりませんけど、ぼくは、ずっとあのひとのことが好きなんです。ずっとたいせつなひとなんです。これからも、たいせつに思いつづけるだけのことかなって……ぼくの、生涯をかけて」


 マクシミリアンはなんてことのないように言いながら、ふと気がついて小さくさけぶ。


「アンヌさん……見えました。あそこが旧校舎のはずです!」


 ふたりは、豊かな緑に囲まれ、木造でできた荘厳(そうごん)な旧校舎から少しはなれた位置で足をとめる。


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