第37話 第一王子、弟と正対する
「こまったときはね、まわりの人に『たすけて』って、言うんですよ」
弟のマクシミリアンがそう言ったとき、第一王子であるアレクシスはひどく驚いていた。
彼女がたすけを必要とする機会が訪れるなんて、いままで、考えたこともなかった。
「妹を……ロマンジーナをたすけてください……おねがいします」
ひとすじの涙さえ流しながら、コマンゾネスは弟の手を握りかえした。
彼女の涙も、アレクシスは見たことがなく、それを絵画でも見るような遠い気もちでぼんやりとながめる。
「お兄さま、ロマンジーナさまらしき荷を運び入れていたというのは、どこの場所なのですか」
指定された時間が迫っており、コマンゾネスが「自分が時間をかせぐ」と言って出ていったあと、あわただしくマクシミリアンがつめよってくる。
「落ちつけ。相手も特定されないよう、学園の倉庫、教会、旧校舎、アースストロング家の私邸と同時に荷を入れていたんだ。もちろんロマンジーナがとらわれている場所はひとつで、あとはカモフラージュだろう……。監禁しておくのに最も適しているのはもちろん私邸だろうが……」
「私邸は、学園のそと……。いちばん離れた距離にあります。もし相手が裏をかいていれば……」
「時間を空費するばかりか、相手からの要求を破って行動を起こしたことが露見し、彼女が害される可能性もある」
相手がそんなわかりやすい行動をとってくれることはないと理解できたのか、マクシミリアンが歯噛みしてはたと考えこむ。
「いえ、でも、コマンゾネスさまが身を挺しているいま、こうして考えていてもしかたありません。いちばん可能性が高いところへ行くしか……」
「ここ……どこですか」
気が急いているマクシミリアンをさえぎるように、生徒会室のベッドに寝かせていた水のハンサムルミエールが目をさました。
コマンゾネスがお姫さま抱っこで連れてきたのだが、顔をしかめながら腹に手をあて、かろうじて肩を起こす。
「お、おなかがレベル100の筋肉痛を起こしているように痛むんですが……なぁにこれぇ……」
混乱するルミエールに、悪魔に精神を乗っとられていたこと、それをコマンゾネスが追い払ったこと、彼女の妹が誘拐されたことをアレクシスが簡潔に説明する。
「ルミエール……よかった。ちょうど起こそうと思っていたところだ。きみ、探しものを見つけるのが得意じゃなかったか? たしか生徒が話しているのを聞いたことがある」
「ああ、あれですね……はい、できますよ。学園の地図はありますか?」
アレクシスが棚からさっと地図をとり出し、テーブルに広げる。
ルミエールはよほど腹が痛むのか、這うようにテーブルにすがりついた。
「すると、夢じゃなかったわけですね……。やけになまなましいと思ってましたが、私の魔法の粋をつくしてもなお彼女にはとどかなかったこと、おぼえています。思えば、ずっと、こわかった……。彼女を認めてしまえば、自分の思想が、能力が無意味になってしまう気がして……。でも彼女は、こんな私の魔法をすばらしいとほめてくれた。女性だからとレッテルを貼って、彼女の能力を見もせず、存在すらなかったことにしようとした、おろかな自分をいまは恥じています。こんな私で健康できるなら……」
しぼり出すように悔いを述べるルミエールに、アレクシスは「……貢献か?」と口にするだけしておいた。
ルミエールは口もとをゆるめて「冗談です」とつぶやくと、一度てのひらを握ったあと、ぱっと花びらをまくように地図上にこまやかな霧をまいた。
「これは魔法というより、魔力を応用した私独自のおまじないのようなものです。妹さんの居場所は……」
みなの視線が地図に集中する。
「旧校舎が濃くぬれていますね……。私邸であれば地図の端がぬれるはずですから、おそらく妹さんは旧校舎でしょう。といって、的中率は8割程度ですので……」
とまで言うと、よほど限界だったのかルミエールはまたソファのうえで気絶してしまった。
ベネクトリックスがさっと寄って魔法で治癒をはじめる。
「8割なら十分だ。マクシミリアン、アンヌくん、きみたちは旧校舎へ。ぼくとベネクトリックスは念のため私邸へむかう。私兵隊にもひきつづき各地を見張らせておくから、なにか動きがあれば連絡する」
それぞれに指示を出すと、一同は顔を見あわせてうなずいた。
迷ったが、うちから湧きいでる罪悪感に耐えられず、アレクシスはマクシミリアンの肩に手をおいた。
目を見ずに、とつとつと語りかける。
「……ぼくは彼女に、コマンゾネスにむかしからなにひとつ勝ったことがない。魔法をあやつるのはぼくのほうがうまいが、彼女のまえでその程度の優位がなんの意味をもつだろう。だから、そんな彼女が、助けをもとめるような場面が来ることなんて、想像したこともない……」
「お兄さま……」
「18歳になったとき、王位継承の前段階である指名がなされなかったことで、ぼくは察した。もともと自分が王になれる器だと、思えたこともない。彼女は王妃となるためずっと努力してきた女性だ……。だから、ぼくは、自分が彼女に見合わないんじゃないかと、ずっとこわかった。本当は、うちうちで婚約破棄の話を少しずつ進めていたんだ。あんな、大ぜいのまえで、彼女を傷つけるつもりなんてなかった……」
「…………」
「悪魔にあやつられた結果だろうが、両家の合意に近いところまで進んでいた破棄の話をああ公言してしまったからにはもう隠せるはずもないし、今回の失態でぼくが王位を継ぐことはないだろう。それどころか留学のていで外国に飛ばされる可能性だってある。それでも、家と家のつながりでいえば、ぼくじゃない王族……たとえば、おまえが成人したときにもおまえの気もちが変わらず、彼女と結婚できるなら、まだ彼女の家もゆるしてくださるかもしれない。強靭な彼女にまっすぐ手をさしのべたのも、それに応じて彼女が助けをもとめたのも、ぼくじゃなく、おまえだった……。マクシミリアン。なにもかも、ふがいない兄ですまない。彼女の、力になってやってくれ……」
語りおえてなんとか目をあげると、はじめて自分の弱さをさらして向きあった弟は、まだあどけないひとみで兄の話を真剣に聞いていた。
もっとひっこみ思案だったはずなのに、なんだか、この数日でおとなびたような印象も受ける。
ただまだ幼さもあってか、
「お兄さま、ぼく、正直まだそんなによくわかってないんですが……」
ともじもじしたあとにその純真な顔をあげた。
「どっちみちコマンゾネスさまとはぼくが結婚するつもりしかなかったんですけど、つまりコマンゾネスさまさえよければ結婚していいってことですよね……?」
「いや、まあ、このあとに関していえばまあそうなんだが、おまえが国王を目ざして並々ならぬ努力をしていけるのかという話もあって……」
「国王、んー、なんかがんばればなれるような気がするんですよね……。じゃあいまするべきことって、ロマンジーナさまをたすける?」
「そうだ」
「悪魔の件を解決する?」
「そうだ」
「で、なんやかんやがんばってモリモリの筋肉もつけて、国王になる指名をもらいつつコマンゾネスさまと婚約して、外国への留学? をしているかもしれない? お兄さまにぼくを補佐してもらうようにすれば全員スペシャルラブリーハッピーってことですよね?」
「スペシャルラブリー……いや、うん、まあ、そうか……?」
「わっかりましたー! がんばって行ってまいります!!」
と弟は威勢よくさけんで旧校舎のほうへと走り去っていった。
兄弟のなかではただひとり母も同じなのに、あんまり似なかったなと、年齢ゆえの無知と勢いにアレクシスは思わず笑ってしまう。
いつのまにかとなりに立っていたベネクトリックスへと目を向けると、しとやかに話を聞いていた聖女は、いつもはげますときしてくれるようにそっと二の腕に手を添え、しずかにほほえんだ。




