第36話 マッチョ令嬢、一方的に蹂躙される
「〈大地の鎧〉」
そうヴィクトアが土の魔法をとなえると、足もとのやわらかな土が彼の全身を這うようにのぼっていく。
かたく締まりながら積もっていったその土は、やがて鋼鉄をもしのぐ硬度へと変化していった。
これは名まえのとおりの鎧として、攻防ともに飛躍的に上昇する彼得意の術である。
まがまがしいまでの殺気がにおい立ち、本能的にファイティングポーズをとるコマンゾネスであったが、
「妹が人質にあることを、忘れるなよ」
とヴィクトアが警告する。
「おれに反撃したら、すぐに妹を殺すよう配下たちには伝えてある」
くいっと、すぐ近くの配下を指でさし示した。
「……わたくしの攻撃を甘く見ていらっしゃいますか。ここにいる5人程度なら1秒あれば十分、あの遠くにひそんでいる方も、拳圧で消し飛ばすことぐらいなら、できますよ」
コマンゾネスは20メートルほど先、草木に巧妙に姿をかくした配下にも視線を向けた。
「さすがだ。よく気づいた。1秒かからんのも、おまえの場合は虚勢じゃなかろう。が、さすがの拳圧もとどかないだろう距離に、さまざまな角度から双眼鏡で見張らせてもいる。目に見える範囲を制圧するのはかまわんが、それで死ぬのはおまえの妹だ」
ここの丘は、校舎、体育館、食堂、さらには現在つかわれていない旧校舎など、いくつかの建物から見通せる位置にあった。
大胸筋がピクンとはねなかったこともあり、おそらくウソではないだろうと判断したコマンゾネスは白旗をあげるように両手をあげた。
「まあ、そうでしょうね。お好きにしてくださいませ。わたくしが手を出さない代わりに、決して妹には手を出さず、ことが済めば解放することをお約束いただけますか? あとこれは、いまは負け犬の遠吠えですが──」
コマンゾネスは刺すような眼光を相手に据えて、しずかに威嚇する。
「わたくしを、かんたんに殺せるものと侮ると……後悔いたしますわよ」
その声にこめられたすさまじい圧力に、明瞭な意識のないはずの配下たちでさえ何歩かたじろいだ。
「もちろん、おれは約束をまもる男だ。そして、レッテルにまどわされる学園のバカどもと違って、おれはだれよりもおまえの力を認めている。まともに戦ったらおまえには勝てん──いや、おれだけではなく、真正面から一対一でおまえに勝てる人間がそもそもいるかどうか。悪魔からも、懐柔できないならぜったいに殺せと、しつこく念を押されているし……」
言葉を投げかけながら、また一歩ヴィクトアが近づく。
そうして、魔法で限界にまで強化した拳をぎゅっと握りこむ。
「しかたない。世界の大いなる損失を悲しみながら、おまえをなぶり殺すことにする」
そのひとことともに放った拳は、コマンゾネスの腹部をつらぬいたかと錯覚するほどの衝撃をあたえた。
大樹のようにどっしりと直立していたコマンゾネスが、紙きれのように吹き飛ぶ。
ヴィクトアはわずかのあいだ、驚嘆するように自分の拳を見つめた。
「これぐらいじゃなんともないだろう?」
さらに、味わうようにコマンゾネスのもとまで歩を進め、髪をわしづかみにして立たせる。
強者を一方的に蹂躙できる暴力の愉悦に、くちびるが大きくゆがんだ。
「……この程度の負荷なら、自分で筋トレしたほうがいい筋肉つきますわね」
呼吸困難になるほどの激痛にたえながら、それでもコマンゾネスは笑ってつよがる。
横腹を蹴りとばされ、筋肉をかためて衝撃を軽減しながらも、あえて地面を転がって土にまみれる。
(時間を、かせぐ……)
コマンゾネスの脳裏に、ひとつの約束がひそやかにたゆたっている。




