第35話 マッチョ令嬢、求婚される2
「おれと結婚しろ」
ヴィクトアの突然の申し出に、「え、あ」とコマンゾネスが目を白黒させてうろたえる。
「突然、な、なにを……」
「婚約破棄だなんてものが有効になるのは、王家がつづいた場合の話にすぎん。このおれが王位を簒奪し、現王家をみなごろしにすれば、そんなもんはすべてリセットされ、おまえの恥もなかったことになる。どうだ? わるい話じゃないだろう」
コマンゾネスは少しのあいだ黙然と目をつむると、その暗やみの中に一陣の風が通ったようにも感じた。
目をひらき、ふたたびヴィクトアを真正面から見すえて問いかける。
「王位を簒奪……それが目的なのであれば、なぜ、悪魔の契約に応じ、多数の生徒に大ケガを負わせ、王国に戦火をもたらさんとするのです。せめてクーデターでも起こして、できるかぎり王宮内だけで済ませようとする選択肢もあったはずでしょう」
口もとをゆるめたままのヴィクトアのひとみが、憎悪にゆらぐ。
「王宮内だけで済むと、本気で思っているのか? ここ数十年でみれば、政治は安定していて大きな戦争もない。貴族院にも国王派は多く、国民に大きな不満は見られない。聖女が生まれたことで出現するかと思われていた魔王のウワサもいつのまにか下火になり、こうした平時には大きな変革は起こるものではない。いま、おれが、わが一族が王位を得んとするなら、大きな戦乱が必要なのだッ! おれのこのありあまる野心を、能力を……平和な時代のために空費しろというのか? 大いなる創造には大いなる破壊がともなうもの……悪魔の力を得た今ッ、たとえなにを犠牲にしようとも実現させてみせるッ!」
「悪魔の力を得た……ね」
ひとしきり聞いたあと、コマンゾネスが鼻で笑う。
「悪魔にそそのかされてその気になってしまった、というだけのことではありませんか?」
「ふん……悪魔はおまえを殺したがっていたが、おれはそれなりにおまえのことを気にかけてやっているんだぞ。おれのものになるなら、おまえのことを見のがしてやってもいい」
ヴィクトアがコマンゾネスのほうへ武骨な手をさし出す。
「コマンゾネス、おれの子を産め」
「……ずいぶん、情熱的なプロポースですこと」
「筋肉がありすぎて抱けるかはかなり厳しいものがあるが、まあ目をつぶればなんとかなるだろう。同じ土の属性をもち、恵まれた肉体をもつもの同士……最強の子ができるぞ! おれたちなら、一族をもっと繁栄させることができるッ!」
その手をかたく握りしめ、たかぶった様子で吠えるヴィクトアに、コマンゾネスは「ふふ」と笑った。
「抱けるだの抱けないだの、勝手に性の対象とされることが──それをわざわざ伝えられることがどんなに不快なことか、ご存じないんですのね。家のための結婚を受けいれ、国のための結婚を受けいれ、それで子を成すことはこの世界ならたしかにあるでしょう。が、分不相応な野心を語る殿方に軽侮されてなお靡くほど、ものの道理がわからないわけではございませんわ。女性の口説きかたをイチから学び直すことをおすすめいたします。女心がわからず、口説きかたがド下手な殿方は、夜のほうもド下手と相場が決まっていますからね」
コマンゾネスがこき下ろすと、ヴィクトアのひたいに青すじが走る。
「言うじゃないか……。このおれが、ド下手だと? せっかく殺さずにすませてやろうとしていたものを……。このおれの野心が、分不相応だと?」
「はい、そうです。『国をよくする』ためではなく、『もっと活躍できるはずのボクちんに見合った地位がほしい』などという手前勝手な、民のことを毛ほども考えていないあなたの野心は、わたくしが、あとかたもなくつぶします」
腰を折り、足もとにあった拳よりも大きな石をやすやすとつかむと、コマンゾネスはその握力のみでこなみじんに割ってみせた。
「いいだろう」
と憤怒に満ちたヴィクトアの足が、一歩を踏み出す。




