第34話 マッチョ令嬢、求婚される1
ゆっくり、一歩ずつ足を進めた。
土をしっかりと踏みしめる。
前を見て、背すじをピンとのばし、顔をあげる。
学園のすみにある3メートルはあろうかという巨大な石碑(学園の創立者をたたえたものである)は、細い丸太を埋めた階段をあがった、小高い丘の上にあった。
コマンゾネスはその丘へ、ひとり足を踏み入れている。
丘の周辺には木々も多く、ことのほか土のにおいが強い。
その石碑のすぐまえで仁王立ちをする土のハンサム──偉丈夫ヴィクトアは、よく日に焼けた肌をしていて、ライオンのたてがみを思わせる豊かなこげ茶色の髪、鉱物の原石のごとき黄土色の峻厳な双眸と太い眉、顔の中心に走った大きな傷あとと、ワイルドハンサムとでもいうべき顔立ちであった。
そしてなにより、学園では唯一コマンゾネスに並ぶ身長と体格を有しており、制作者の嗜好を反映しすぎたのか、乙女ゲームの攻略キャラとしてはガチムチすぎて人気ランキングではふるわなかったことをコマンゾネスは思い出していた。
「遅かったなぁ、コマンゾネス。ちゃんとひとりで来たのはえらいが、手もちぶさたで妹を殺してしまうところだったぞ」
胴間声といってもいい、気弱なものならふるえあがるような野太い声でヴィクトアがニヤリと笑う。
周囲にいる何名もの配下は、てんでんばらばらに視線を茫乎さまよわせており、悪魔にあやつられた先日の第一王子の私兵隊を思い起こさせる。
「ずいぶん無粋だったとはいえ、せっかくのデートのお誘い……女の子にはいろいろ準備がいるのですよ。それにしても、妹を殺すだなんておもしろい冗談……。万が一そんなことがあれば、あなたの一族もろともわたくしが殺しつくしますので、そんな野蛮なことはできませんでしょう?」
コマンゾネスがなんでもないような口調で牽制しながら、黄金の髪をなびかせる。
ヴィクトアは挑むような表情で応じた。
「おまえの実力ならたやすく可能だろうが……そんな残酷なことが、おまえにできるのか? 同じ土の属性の家系じゃあないか、仲よくしよう」
その言葉のとおり、コマンゾネスの一族もまた土の属性を基盤としていた。
ただヴィクトアのアースストロング家ほどには突出しておらず、またコマンゾネスは何度検査をしても属性を問わず魔力がとぼしいという結果しか出なかった。
修練こそたやさなかったものの、水のハンサムルミエールのごとき多彩な魔法をコマンゾネスが扱う日は、ついに来なかった。
とはいえコマンゾネスの場合は、魔法をつかうより筋肉をもとに動いたほうが圧倒的に早いということもあったのだが……。
「妹を誘拐しておいてなにを……」
コマンゾネスは「仲よくしよう」というヴィクトアのざれごとを唾棄し、つづけた。
「あなたが、悪魔を召喚し、王国の崩壊を企んでいたのですか?」
コマンゾネスが問うと、ヴィクトアは腕を組みながら笑ってなにも言わない。
色の変わらぬその白目を、筋肉のゆらぎを、コマンゾネスはじっと観察する。
ヴィクトアはその太い首をくいとひねって、遠くに見える王城を親指でさした。
「なあ、おかしいとは思わんか? この王国は、最も武勇にすぐれたわが一族が──そのなかでもとびきり勇猛たるこのおれこそが支配するにふさわしいのに、『血筋ではない』というその一点でそれがかなわないという。それでも次代の国王におれがかしずくに値するだけの威厳があればいいが、第一王子のアレクシス、ありゃなんだ。行動力も決断力もなく、王の第一子でありながら本来指名されるべき18歳の誕生日を迎えても王太子──第一後継者として指名されていない。王の器ではない……端的にいえば、国王自身からもそう思われているということだ」
「……彼はまだ18歳です。しかるべき立場につけば、変化する余地は、多分にある。ですから婚約者であるわたくしが補佐をして……」
「婚約者であっただろう? 婚約破棄の瞬間、ありゃ笑えたぞ。おまえが見限るならわかるが、まさかあのボンクラがあんな暴挙に出るとはな……」
「あれは……悪魔にあやつられて……」
「おいおいおい、もうわかってるだろう? あんなことになる前から、もう、アイツの心はおまえにはなかったんだよ。両家のこともあるから、正式な婚約破棄には大変な手間がかかるだろうし、アイツが王位を継ぐ可能性はもはや無きに等しいこととなるだろうが、こぼした水はコップには戻らんのだよ。あるいは、18歳の誕生日に指名されなかったことで捨て鉢になった面もあるのかもしれんな……。おまえともあろうものが、あんな大ぜいの前で恥をかかされておいて、こうした可能性を考えなかったわけじゃなあるまい?」
「…………」
あの日のことを思い出して、コマンゾネスのくちびるがふるえる。
そんな彼女に、ヴィクトアが言った。
「そこで、だ。コマンゾネス、おれと結婚しろ」




