第30話 巨大スライム、泣きながら爆散する
「どうしたんですか、マクシミリアンさまァ!」
いま自分のすべき行動が思いつかないことにやきもきしているメイドのアンヌは、知らずマクシミリアンにも主君に対するような激しい口調でさけんだ(このふたりは旧知のあいだがらでもあり、ふたりのときはくだけた口調で話すことが多い)。
「コマンゾネスさまの足をご覧ください、アンヌさん……ッ」
動きやすいようにキュロットスカートの制服を着用しているコマンゾネスの、足を指さす。
スライムの体内を泳ぐのにバタ足しているが、アンヌが目をこらしてみても、なにか見るべきものがあるようには思われない。
「足ですか……?」
「わかりませんか? ハムストリングス──太ももの裏側の筋肉の躍動感、そして存在感が、バタ足をするごとにどんどん太くたくましく……まさしく、戦いのなかで成長していっているのですッ!」
「いやただの筋肉マニアの妄想ォ!」
アンヌは反射的に絶叫するが、しかし見よ。
マクシミリアンのたわごと自体は妄想としか思われぬが、少し俯瞰して見れば、スライム内の水流が先ほどとは異なる動きを見せている……。
『えっ、なに、なに……?』
悪魔もまた、水流のコントロールが利かなくなりはじめたことに、とまどいを見せる。
中のコマンゾネスは、懸命に、ただ懸命に、泳ぎつづけているだけである。
しかしその懸命さは、じょじょに、動作の肥大化をまねいている。
最初よりも、水を蹴る動作が、大きく。
そのつぎは、水を蹴る力が、もっと強く。
ひと泳ぎするごとに、コマンゾネスの筋肉は自動的に最適な動きを模索する。
彼女のたぐいまれなる筋肉がより洗練されたキックを学ぶごとに、内部の水流はすさまじい勢いを生じはじめた。
『キュウウウウン!!』
スライムにも意思はあったようで、からだをくねらせながら、はじめて悲鳴のごとき甲高い声を天へ放った。
なお、このときの悲鳴を遠く職員室で聞いたモンスター学の教師が、のちに『モンスター間の音声による感情伝達:クソデッカスライムの事例』という論文を発表し、「スライムが鳴くわけない」と当初嘲笑されたものの、後年別の学者によって通常観測しうるサイズのスライムも人間には不可知の音域で鳴いていることが証明され、名誉をとりもどすこととなったとの伝である。
ともあれスライムは苦悶するように身もだえする。
その内部はもはや激流といってもよく、粘度の高かったはずの体液がスライムの全身を荒れくるうようにかけめぐっている。
コマンゾネスは泳ぎつづけた。
もはや前へ進むことさえかなわぬ激流のなか、その筋骨たくましい足で、ただひたすらに。
そしてやがて──
『キュ、キュキュキュウウウウン!!』
巨大スライムの断末魔のさけびとともに、水風船が破けるように、スライムは盛大に爆発四散した。
その体液は単なる水へと変わり、広場からあふれて広がっていく。
その中心には、コマンゾネスがひとり、ただひとり気高く立ちつくしていた。
「フゥー、なかなか骨が折れましたわね」
そう言って、ずぶぬれとなった黄金の髪をいさましくかきあげる。
「コマンゾネスさまぁッ!」
そう歓喜の呼び声を発したのは、むろんマクシミリアンである。
「さて、と……」
そう言って見あげると、どうしたことか、氷の坂の頂上のところで、ルミエールがたおれている。
パキパキと静かに氷が割れていき、なんの抵抗もなく、ルミエールが落下した。
コマンゾネスがそのたくましい両腕で、お姫さまだっこのごとく受けとめると、ルミエールは白目をむいて気絶している。
黒く反転していた色も、通常の白色に復している。
「これは……?」
マクシミリアンもまた首をかしげながらのぞきこむと、
「お嬢さまァ!」
とアンヌが血相を変えて主君を呼んだ。
その顔は、ただならぬあせりにひきつっている。
彼女のとなりには、コマンゾネスの家──エクスベアリング家の使用人がいて、ずいぶん走ったのかいまにも倒れこみそうに喘鳴をもらしている。
「妹君が……ロマンジーナさまが、誘拐されたとのことです!」




