第29話 マッチョ令嬢、巨大スライムの体内を優雅に泳ぐ
「巨大スライム!?」
はたしてアンヌの驚愕のとおり、水のかたまりは巨大スライムへと変じ、その体内にコマンゾネスを閉じこめてしまったのだ!
「ゴボボボ、ゴボ」
「お嬢さまァ! なに言ってるかわかりませェんッ!」
水中のコマンゾネスの口から、ガボガボと泡が出ていく。
アンヌの言のとおり、なにを言っているのかはまったく伝わらなかったが、コマンゾネスはとりあえず拳をふりかぶった。
そのまま、スライムごとき容易に爆散させられる剛力をこめて、殴る──
が、地上でならその拳圧にて衝撃波をも発生させるコマンゾネスの右ストレートは、スライムの体内でのろりと前進しただけであった。
『クヒヒ、そのスライムのカラダは、種族でもとびきり粘度の高い液体でできている……。オマエのすさまじい筋力も、それを動かすことができないならただのゴツゴツした筋繊維のかたまりにすぎないというワケだァ』
愉悦をかくそうともせず、悪魔は高笑いをしてみせる。
スライムを維持、あるいは操作するのに必要なのか、両腕はスライムへとむけたままだ。
同時に、先ほどルミエールがしていたように氷の急坂をつくり、足のうらが坂に吸いつくような不自然さでトコトコとのぼっていった。
「あッ、に、にがすかッ!」
あわててマクシミリアンが坂へとジャンプし、追いかけようとすると──
「のわぁぁぁぁ!!」
と悲鳴をあげ、ローションすべり台かのごとくにつるつると坂を転がり落ちていった。
『おやおや、ぶざまですなぁ第五王子どの。このカラダのように、足のうらに氷を張って坂と同質化させるような繊細な水の魔力のコントロールができないと、この坂はのぼれませんよ。おっと、たしかあなたは風の魔法で移動することができましたね。それではとどかないぐらいの高さにまで移動してしまえば、あなたたちは私に攻撃できませんなぁ』
ニヤニヤと底意地のわるい微笑を悪魔が浮かべる。
アンヌはゴロゴロと転がるマクシミリアンをキャッチしつつささやく。
「マクシミリアンさま、あのスライムの魔法がなんだかご存じありませんか」
「ぼくは見おぼえがないですね……。セオリーとしては術者への攻撃が有効なはずですが、コマンゾネスさまのジャンプ力ならともかく、ぼくたちではあの高さに攻撃できない……。ええい考えていてもしかたがない、コマンゾネスさまッ!」
マクシミリアンがスライムのなかへ向けて、声をはりあげる。
「そこが水のなかだとすると、泳いでみてください! あなたの筋力で泳げばあるいは……!」
どうも音はきこえるものらしい。
まわし蹴りや手刀などいろいろな攻撃方法を試して、そのどれもが効果なく終わっていたコマンゾネスは、コクリとうなずくとくるりと一回転した。
足をばたつかせ、両腕を交互にまわして校舎の反対側にいる悪魔の方角へとクロールをこころみる。
すると、少しずつ進むことができた。
スライムはなにぶん巨大であり、動きは遅々としているが、ともかくも悪魔へと近づいていく。
しかし──
『ハッハァ! そんな対策していないと思うか、くらえッ!』
悪魔が哄笑とともに、ビニールの鶏肉でももみこむように虚空をぐにぐにこねまわすと、スライムの体内で水流が発生しはじめる。
せっかく進んだぶん押し流されてしまい、コマンゾネスはふたたびスライムの中心へともどってしまった。
『ごじまんの筋力も発揮できず、スライムのなかで無力に溺れ死ね、コマンゾネスッ!!』
威勢よくさけぶ悪魔だが、コマンゾネスは生じた水流を利用し、急速に反転して校舎のほうへと泳いでいく。
『ちょちょちょ急に方向変えんのやめて、水流変えんのも大変なんだから……』
あと少しで出られるところで、水流がまたも変わって中央へもどされる。
が、今度は変わった瞬間コマンゾネスもまた反転し泳ぎ進んでいく。
『やめてやめてって……。なんか戦いとしては地味すぎちゃうでしょ。ただでさえ失敗つづきで怒られてんだからたのむよ、おとなしく殺されてよ、ね……?』
だんだん懇願するような口調になってきた悪魔であったが、コマンゾネスはだんだん上へ下へと撹乱するような動きを取り入れはじめた。
そのたびに必死こいて水流を逆にする悪魔は、どうにも中間管理職の悲哀をもただよわせていたが、かといってそれで死んでくれというのは人のみならず悪魔にとっても暴論であろう。
「なっ、あ、あれは……ッ!」
そして、ふと生じたその変化に気づいたのは、筋肉マニアである第五王子マクシミリアンであった。




