第28話 マッチョ令嬢、巨大スライムに溺れる
コマンゾネスの蹴りは、まちがいなく腹部に直撃し、ルミエールは吹っ飛んでバキバキと音を立てつつ木の茂みへと落下した。
むろん、コマンゾネスが本気で蹴れば人間の腹などかんたんに破れてしまうので、その玄妙きわまる筋肉コントロールによって、肉体を気絶させる程度にすませることができている。
そのまましばしのあいだなんの物音もしなかったが、
「悪魔さん、出ていらっしゃいな」
とコマンゾネスが呼びかけると、
『…………』
ととのえていた髪がボサボサになり、葉や折れた枝を全身につけたまましぶしぶといった様子でルミエールが姿をあらわす。
ルミエールの本体を気絶させたことで悪魔が出てきているはずだが、もはや呆れはてているのかなにもしゃべらない。
「あら、葉っぱの野性味がよくお似合いですよ」
とりあえずコマンゾネスが軽口をたたくと、
『……ケッ』
と暗鬱なる声で、髪にからんだ枝葉をとろうと頭をぶんぶんふりながら悪魔がいじけた。
『あ~あ~、どうしたらオマエに勝てるんだよ!』
「いっしょに筋トレしてみます? まずはデッドリフトとかおすすめですわよ」
『するワケねぇだろ!』
ふてくされたように叫ぶ悪魔に、コマンゾネスが、
「勝てないことを悟ってくだすったのなら、“フードをかぶった男”の正体を吐いていただけますか? ま、ルミエールさまが憑依されたということは、残るは土のハンサムであるヴィクトアさまだけですが……」
と視線を据えながら語りかけると、悪魔は一瞬キョトンとした顔をした。
そのあとボソリとつぶやく。
『なるほど、なるほど……。いい読みですねェ、コマンゾネスさま』
その皮肉めいた口調に、どういう意味かを問おうとすると、悪魔はごく静かに、指揮者が演奏をはじめるような身ぶりで荘厳に両腕をあげた。
パン、と空へ抜けるような高音を発し、両のてのひらを打ちあわせる。
『集まり、混ざれ』
なにが起きたのか、コマンゾネスには感知できない。
が、それなら機先を制してしまおうと拳をにぎりしめると──
コマンゾネスは、溺れた。
地上に立っていたはずなのに、溺れることなどあろうはずがない。
その矛盾に、彼女の脳はパニックを起こした。
「コマンゾネスさまッ! 水が!」
聖女ベネクトリックスに治療をしてもらったマクシミリアンが、アンヌとともに戻りながら悲鳴をあげた。
まことに奇妙なことに、コマンゾネスの足もとからせりあがった大量の水のかたまりが、彼女の全身を包んで宙に浮いているのである。
『知ってるか? 氷はたしかに砕けたが、氷をかたちづくっている素ともいうべきものがなくなってしまったわけじゃねぇ。氷の像をもういちどつくるのはちっと骨が折れるが、その水の素を利用するだけならこのとおり──』
あわせたてのひらを、ぐぐぐと微振動するほど力強くにぎったまま、悪魔は解き放つように上へとひらいた。
すると、水はさらに異常な量の体積へとふくれあがる。
「お嬢さまァ! こ、こ、これは……」
アンヌが、傭兵時代にも見たことのない光景に声をふるわせる。
やがて、水は校舎とならぶほどの高さにまで達すると、ギョロリとしたふたつの眼が出現する。
そう、まさしくこれは──
「巨大スライム!?」




