第24話 マッチョ令嬢、敵の魔法で氷の像となる
「サイドチェストォォ!!」
なぜ、アンヌは「サイドチェスト」などというボディビルで代表的といってもよいほどに用いられるポーズ名を絶叫したのか。
それは、コマンゾネスが腕を組みつつ自身の胸筋をアピールするそのポーズにて氷の像と化していたからであった。
「サイドチェスト……?」
「もうッ、ほんとにッ、殿下がドン引きするからマジでッほんとにッこのポージングはやめてくださいッて何度もお願いしてるのにこのお嬢さまはァ!!」
耳なじみのない単語にいぶかしげな顔をしているベネクトリックスをしり目に、頭をかきむしらんほどにアンヌは身をよじってもだえている。
マクシミリアンはさらにその横で「くわぁ、なんという完成度……服の奥からでもにおい立つような大胸筋に、肩、腕、足と大河を見たかと錯覚させるほどの流れゆく筋肉バランスがパーフェクト……さすがはコマンゾネスさま……」と小声で感嘆していた。
「い、いやふたりとも、コマンゾネスさまが氷づけになってしまっていますよ!? これ大丈夫なんですか!?」
ベネクトリックスの言うとおり、コマンゾネスの全身を氷がおおい、彫刻かと見まがう筋肉の凹凸豊かな氷の像へと変じてしまっている……。
とり乱したまま、「これはどういうことですかァ!」とアンヌが激しく問いかける。
「ふふ、私は彼女にダメージを与える目的でつまようじ……あの氷柱を放っていたわけではありません。霧のなか、足もとからじわじわと凍らせつつ、氷柱を砕かせることによって全身に氷を付着させていたんですよ。『個人レベルの武力は時代遅れ』といったのは、結局、相手が個人であれば強大なエネルギーを用いずに制圧する手段が無数にあるからです。彼女は『どでかい一発』などと言っていましたが、その発想こそが時代遅れというもの……」
ルミエールの声が、得々とおのれの力量を誇負するようにどこからか降りそそぐが、霧の晴れた広場には、彼の姿が見あたらない。
「あ、あそこですッ!」
そう驚きを発したマクシミリアンは、はるかな頭上へむかって指をさす。
「う、浮いてるッ!?」
アンヌもまた驚愕を口からもらすと、たしかに、ルミエールが上空で優雅にたたずんでいる。
風の魔法の上級者であれば、その起こした風によって空中にふよふよと漂うことも可能であるが、どうもそうした様子は見られず台の上にでも立っているように安定しているではないか。
アンヌがよくよく目をこらしてみれば、かぎりなく透明に近い薄い氷によって急坂を生成し、その頂点に立っているのであった。
「この……ッ!」
アンヌが坂にとりあえずハイキックをかますと、氷は薄いだけあってなんの抵抗もなく砕け、宙にキラキラとその破片が舞う。
が、砕けたそばから修復され、まるでなにごともなかったように氷の台は存在しつづけた。
「ふふ、そんなかんたんに破れるような魔法を、この私がつかうとお思いで……? そして、気をつけたほうがいいですよ。氷にふれる時間が長くなるほど、あなたもかき氷になりますからね……」
アンヌが「かき氷……? 氷づけってことかァ……?」とつぶやきつつ、ちらとコマンゾネスを見やり、
「炎の魔法か、熱湯をかけるかすれば溶けないですかね……?」
とマクシミリアンに耳打ちする。
「たしかに、炎の基礎魔法ならぼくも使えます。水の属性を極めたルミエールさまの魔法に効果があるかわかりませんが、ためしてみる価値はありそうですね……」
マクシミリアンも小声で応じる。
が、そんなふたりの様子を察したのか、優越感たっぷりの口調でルミエールが告げる。
「ふふ、別に私はいいのですが、いきなり高温で溶かすと彼女の全身が割れてこなごなになるしかけをほどこしてますのでお気をつけて……。私としては、私のここまで極まった魔力のあかしに、彼女の氷像をのこしておくのも悪くないと思っているんですよ。そして私は大軍を指揮して、王国全土に戦火を……」
うっとりと酔うように演説するルミエールの、白目はやはり色が反転して漆黒ににごっている。
どうすべきかと案をめぐらせるマクシミリアンであったが、じっとコマンゾネスの氷を見つめていると、ふとにやりと口もとをゆるめた。
「個人レベルの武力が時代遅れ、というのは、たしかに今後そうなっていく可能性は高いでしょう。しかし、それは、あくまで『常人の』武力の話……。常人をはるかに超えるレベルの武力、いや、筋力であれば……」
その言葉に、ルミエールはあきれたようにため息をついた。
「王族の人間ともあろうお方が、なにを世迷い言を。筋力だなんて、武力よりさらに劣る小さな概念……」
そう鼻で笑っている最中、彼は、氷に生じた異変に思わず口をつぐんだ。
サイドチェストにて大胸筋や上腕二頭筋を前面へと押し出したコマンゾネスの氷像に、突然おおきな亀裂が走ったのである!




