第23話 メイドの傭兵時代と記憶が戻る前の令嬢
「コマンゾネスさまッ!」
そう彼女の名を呼びながら颯爽とあらわれたのは、マクシミリアンであった。
コマンゾネスがいつどこで筋トレをしていても「筋肉の波動を感じました」とのたまってどこからかやってくる少年は、実際この濃霧のなかを迷いもせずに進んできて、魔法でふわりと風を起こした。
術としての名まえもついていないような練習用の基礎魔法だったが、霧は晴れ、お互いの顔があらわになる。
「マクシミリアンさま!」
頼もしそうに、コマンゾネスが顔をほころばせて応じるのを、アンヌは見た。
しかし、霧はその空間を埋めるように増殖し、すぐにまた視界が暗くなってしまう。
「さすがルミエールさまの魔法の霧……そうかんたんには晴れないようですわね。そうしたら、マクシミリアンさまに一瞬風を起こしてもらい、そのあいだにアンヌがすばやく運ぶのを人数分くりかえしてもらうことはできる?」
「はっ、それなら5分いただければ……」
アンヌへと飛んできた氷柱をはたき落としながら、コマンゾネスがあらためて助力を請う。
アンヌはすぐにマクシミリアンへ耳打ちし、見あわせてうなずくと、ともにその場を離れた。
コマンゾネスが大声で挑発する。
「こんなつまようじみたいな氷柱をいくら飛ばしたところで、なんのダメージにもなりませんことよ! わたくしの命が目的なら、ここらでどでかい一発でもカマしてみたらいかがかしら?」
「お嬢さまァ!! 淑女としての言葉づかァい!!」
アンヌは動きながら無意識に叱責を飛ばす。
一方で霧のなかのルミエールは、
「ふふ、つまようじね……ふふ」
と笑っていた。
先ほどのあざけるような調子ではなく、少しツボに入ってしまったときの笑い声にも聞こえ、彼の笑いのツボがどこにあるのかはだれにもはかれない。
「つまようじ攻撃……」
そのあいだにもときどきパリンと氷が砕ける音がするので、コマンゾネスが氷柱をいなしているのであろう。
マクシミリアンが風を起こした瞬間、こちらにも飛んできた氷柱があるのを視認し、アンヌはとっさにマクシミリアンごと伏せてかわした。
貧しい出自をもつアンヌは18歳のときから4年ほどのあいだ、他国で傭兵として暮らしていた。
自虐をこめて「おれたちゃ使い捨て」と陽気に歌っていた傭兵団であったが、その歌のとおり人が死んでは補充されていく血みどろの日常にうんざりしはじめていたころ、偶然出会ったコマンゾネスの父から勧誘され、当時12歳であったコマンゾネスのメイドとして勤めることとなったのである。
このときすでに筋トレに励んでいたコマンゾネスは、身長ののびもある程度落ちつき、12歳にして規格外の肉体を有していた。
しかしわがままで、「世界のハンサムはすべて私のもの」と言ってはばからないほどに独占欲が強く、なまじ力が強いために通常のメイドではとても相手ができず困りはてていたというのが彼女の父──いまは亡き当主の言であった。
傭兵なんぞに頼むのは苦肉の策だったのだろうが、「自分は礼儀を知らないがいいか」と聞くと、「かまわない」とふわりと笑った当主の顔を、アンヌはいまでもあざやかに思い出すことができる。
実際、つちかってきた技能で彼女を制圧しなければいけない場面はたびたび発生した。
水を浴びても髪から血のにおいがとれないようなあの生活には戻りたくないと、いっとき酒もタバコも断ち、貴族の常識や礼儀をアンヌは必死に勉強した。
そうして身のまわりの世話をしつつ必要と感じれば叱っても来た公爵令嬢は、いまから2年ほどまえ、成熟のあかしなのかわがままや独占欲がふっと消滅し、現在のように他者の身命・尊厳のためにおのれの犠牲をいとわない言動までも見せるようになった。
これは彼女自身の成長はもちろん、6年ものあいだ必死に職務に励んできた自分の薫陶の成果も多少はあったのではないかと、アンヌは元当主の墓前でひとりひそかに誇ることがあった。
元当主だけは「タバコぐらい好きに吸ったらいい」と一本さし出してくれたことがあったので、ひとりで墓参りするときだけは、手巻きタバコをもってきて喫することを自分にゆるしていた。
武術も学び筋肉をみがきつづけた現在のコマンゾネスにはもはや敵わないまでも、先ほど彼女の落下の衝撃をたくみに流したように、体術にはそれなりの自信がある。
マクシミリアンに風を起こしてもらい、生徒を発見、即座に運び、第五王子に万一のことがあっては自分のクビどころか公爵家にも影響があるため、殺気を感じれば彼をかばいつつ氷柱を寸前でかわした。
そのあとに合流したベネクトリックスに治療をたくし、そうして手早く生徒たちを避難させ終え、
「お嬢さまァ! 完了です!」
と叫ぶ。
すると、なぜか霧が一気にぶわっと晴れた。
そこで見えてきたものに、アンヌは驚愕し、絶叫する──
「サイドチェストォォ!!」




