第2話 マッチョ令嬢、ベンチプレス中に転生前の記憶を取り戻す
コマンゾネスが転生前の記憶をとりもどしたのは、およそ2年前に108回目のベンチプレスをあげているときであった。
バーベルの重さは400キロ。これ以上の重さにすると、軸として活用している世界樹の枝が折れてしまうため、コマンゾネスはやむなくこの程度の重さでひかえて数をこなすことを習慣としていた。
おつきのメイドのアンヌは悲鳴をあげる。
「お嬢さまァ! 国によっては国宝ともされる貴重な世界樹の枝を、なんですかその面妖な筋トレ? 尿モレ? のグッズとして活用するだなんてバチあたりな。いまは亡きご主人さまがご覧になったらどんなに悲しむか……!」
したたる汗をタオルであらあらしくぬぐいながら、コマンゾネスは
「わたくしは10代、尿モレにはまだ早いわ……。魔法学園のみなさまとくらべて魔力の劣るわたくしは、この肉体を鍛えあげるしかないのよ。そうでなければ国を、民のみなさまを、この手でまもることはできない……。泉下のお父さまも、偉大なる世界樹も、最後はおゆるしくださるものと信じているわ」
と無意識のうちにスラスラと答えていた。
いまにして思えば、この世界には存在していなかったバーベルという筋トレグッズをコマンゾネスが思いつくことができたのは、転生前の記憶の残滓によるものであったろう。
コマンゾネスの誇る大胸筋の右側が、ピクンとはねた。
そう、自分は──病弱な女子高生にすぎなかったはずの自分は日本という国で17年生きたのち、病没したはずであった。
それがいまや、どういうことだろう。
岩をも砕けそうな自分のてのひらを見、不慮の事態に対するとまどいがわきあがるも、大腿四頭筋をキュッと圧縮させるとあっというまに雲散霧消する。
そうして残像をのこしながら姿見のまえへと移動したコマンゾネスは、鏡面にうつった転生後の肉体に見とれた。
生命にみちみちた巨躯、筋繊維の一本一本にいたるまでみなぎるパワー。
顔はそう、小さいころ伯母に見せられた『ベルサイユのばら』のオスカルを少々ゴツくしたようであり、首すじの筋肉の盛りあがりこそあるものの、キリリと光る双眸や高くとおった鼻梁、うるわしくうねる金の長髪に宿る華やかさは転生前の平凡な顔とはくらべようもない。
死の数日前は上半身を起こすことさえかなわなかったことを思い出し、肉体のうごめきに身をゆだねてポージングをすると、白く揃った歯をニカッときらめかせてみせた。
「お嬢さまァ! そのサイドチェストとかいうポージングはアレクシス殿下のお顔がひきつるのでおやめくださいと何度申し上げたことか……ッ!」
アンヌの絶望の咆哮を耳に入れ、ポージングをいくつか変えながら、コマンゾネスは自分の置かれた立場を理解した。
これは、自分にまだ体力があるとき病室で夢中になって(あるいは、つらい現実からのがれるように)プレイしていた乙女ゲームのなかでも、いわゆる「バカゲー」と呼ばれるもののひとつ──『聖女の祝福と怪女の筋肉』の世界であろうことを。
そして、自分がその怪女──悪役令嬢コマンゾネスとして転生したのであろうことを。
(この乙女ゲームにあるまじき強烈な見た目、見まちがいってことはなさそうね……?)
そう自分に問いかけると、今度は大胸筋の左側がピクンピクンとおどることで肯定してくれる。
プレイヤーは主人公の聖女として2年間にわたり魔法学園へ通い、同学園のさまざまな男子たちと恋をするゲームだったが、その恋路をさまざまな手段でジャマするライバル役のコマンゾネスは、たいていのルートで第一王子から婚約破棄を告げられ最後には死んでしまう。
記憶をとりもどしてからは、どうにか自身の破滅をまぬがれることができないかと奔走していたものの、「シナリオの強制力」とでもいうべき力にはばまれ、どうしても見覚えのあるイベントにもどってきてしまうのだった。
そしていま、ゲームのフィナーレを飾る学園の卒業パーティーを迎えてしまい──自分は断罪されようとしている。
「中庭へ連れていけ! 処刑だ、すぐに処刑するんだッ!」




