第18話 消えた炎と内側の熱
「コマンゾネスさま……早く、聖女さまに……」
マクシミリアンは、まゆを下げながらコマンゾネスに聖女の治癒をうながした。
あこがれの人でもある彼女が悪魔に勝利した直後は興奮して飛びついてしまったが、よくよくその手を見てみればあまりにも凄惨なありさまで自分の軽率なふるまいが恥ずかしくなる。
コマンゾネスは寄宿舎から少しはなれたベンチに座り、自分に顔をむけるときは口もとをゆるめていながらも、日ごろは決しておもてに出すことのない困憊した様子を見せている。
寄宿舎では遅まきながら消防隊が来て、指示の怒号とともに鎮火にあたっていた。
「これしきの痛み、大したことはありません。ベネクトリックスさまにはヤケドを負った生徒のみなさまを優先していただいて、わたくしは一番あとでかまいませんわ」
「コマンゾネスさまが一番重傷だと思うのですが……」
その指摘にも、コマンゾネスはにこりと笑ってなにも言わない。
炎の壁にぶつけた額は多少赤くなる程度ですんでいるが、その進行をずっと押しとどめていたてのひらは皮膚がよじれて赤黒く焼けぶくれている……。
聖女のみがもつ治癒魔法は、自然治癒力を極限まで高めるようなもので、たとえばなくした腕が生えるようなおとぎ話に出てくる奇跡的な効果まではもっていない。
あとが残らなければいいが、とマクシミリアンは心配する。
「ごめんなさい、ぼくが、ぼくがもっと強ければ……」
ぶざまに一撃でやられてしまったときのことを思い出し、自分の弱さ、みっともなさに涙があふれてくる。
しかしコマンゾネスはおどろいたように目を見ひらいた。
「なにを言っているのです。あの魔法をうち破れたのは、だれのおかげですか。古文書の存在を知っており、思い出し、すばやくもってきて解読し、対処法を示したマクシミリアンさま……あなたではありませんか。あなたがいなければ、わたくしも生徒も病院も、いまごろすべて灰になっていたでしょう。あなたは、自分のできることを自分で判断し、なし遂げたのです……胸をお張りなさい。ハイハイしながらわたくしのうしろをついてきていたあの子が、いつのまにか、こんなに成長していたのですね。感慨深いですね……」
しみじみとコマンゾネスが言うので、マクシミリアンはうれしくなった。
「そうです、ぼくはもう、大人なんですよ! 結婚だってできます!!」
「12歳では結婚はまだですよ……。でもいつか、そんな日が来るのでしょうね。そのときは、心から祝福しますよ」
「いや祝福っていうかぁ……そのときはコマンゾネスさまが当事者になっているはずっていうかぁ……」
恥ずかしくなってもじもじとつぶやくマクシミリアンに、莞然とコマンゾネスがほほえむ。
「しかし、古代文字で書かれたあの本、どうして読めたのですか? 授業では読みかたまでは習わないでしょう」
「むかしの魔法に興味があったので調べながら読んでいたら、読めるようになりました」
大した労力でもなかったことを思い出しながら言うと、ふたたびコマンゾネスが目を見はっておどろく。
表情をゆるめて、「それはね、すごいことですよ」とほめてくれるので、またうれしくなる。
「和歌の原文が教科書にのってて、読めなかったの思い出すなぁ……」
「ワカ? なんですかそれ?」
「いえ……なんでもないんですよ」
いままで見たことがないほどやわらかな雰囲気でほほえむコマンゾネスに、マクシミリアンはなぜだかドキリと胸が高鳴る。
そのとき──
「あ、あの、コマンゾネスさま……」
おずおずとふたりの男女が近づいてきた。
「さ、先ほどは、助けていただき、ありがとうございました!」
ふたりは揃って深々と頭をさげる。
「わ、わたしたちは、先ほどの、あれはその、悪魔の、虚言であって……」
しどろもどろに弁明しようとする女子生徒を、男子生徒が制する。
「申しわけございません。あの暴言は事実です。伯爵家にすぎない私どもが、公爵家たるコマンゾネスさまに暴言を吐きましたこと、深くお詫びいたします。罰は、いかようなものでもお受けします」
ふたたびさげたその頭が、手が、ふるえているのをマクシミリアンは見た。
それを見て、観念したように目をつむった女子生徒もまた、深く腰を折る。
コマンゾネスが無言で立ちあがると、ふたりはびくりと全身をふるわせた。
「……中庭で、ベネクトリックスさまが被害にあった生徒たちを介抱しています。人手はいくらあってもいいでしょう。それを手伝うことを、あなたたちへの罰といたします。……わたくしたち以外に、あの発言を聞いた人間はおりませんしね」
「は……はっ! 寛大なご処置に感謝いたします。誠心誠意つとめます」
口をあけて暫時呆然としたあと、ふたりは丁寧に礼を述べると急いで中庭へとむかった。
見送ったあと、ベンチへ腰をおろしたコマンゾネスは、ふぅぅと深く、長く息を吐いて、顔を伏せた。
ふと、以前オーランドから教わったことを思い出し、マクシミリアンはポンポンと彼女の頭をなでてみた。
コマンゾネスはガバッと顔をあげる。
「な、えっ……!?」
「え、あ、ごめんなさい、『女の子は頭をポンポンするとよろこぶ』って以前ききまして、つい……」
コマンゾネスは困惑して手首で髪をおさえる。
「マクシミリアンさま……そういう情報をあんまり真に受けすぎるのもよろしくありませんよ。好意をもつ相手からなら、それをよろこぶ女性が多いのは事実だと思いますが、わたくしは好意の有無のまえに頭をさわられるのが好きではありません。100人女の子がいて、99人の女の子がよろこんだとしても、あなたの目的とするたった1人がよろこばないのだとしたら、そういう情報は意味がなくなってしまうでしょう? 決して決めつけず、あくまで参考程度にとらえて、相手のことをよく見て話を聞きながら、ふたりでコミュニケーションを積み重ねていく……その過程がだいじなのだと、わたくしは思います」
「はい……」
「これやれば100%よろこぶから」と得意満面で言っていたかつてのオーランドを思い出し、よろこんでもらえると思いこんでいたマクシミリアンは、思わぬ反応にガックリと肩を落として反省した。
(コマンゾネスさまが落ちこんでるように見えたから励ましたかったのに、なにやってもうまくいかない……)
コマンゾネスはふうと息を吐いたあと、「それなら」と言葉を継いだ。
「頭はあんまり好きじゃないですが、少しのあいだ、頬に手をあててくださいますか」
よろこんでうなずき、マクシミリアンはおずおずと彼女の頬に手をのばす。
夜気に冷えたのか、その吸いつくような肌は少しひんやりしていた。
「あたたかいですね……。そして、あなたの手も、こんなに大きくなったのですね……」
ぬくもりがうつり、たがいの肌がなじんで融和するように、少しのあいだ、ふたりは黙っていた。
マクシミリアンは、図書館から駆けつけるときに風が運んできたふたりの暴言を、思い出していた。
──あの女バケモンすぎて笑うわ。
──女捨てすぎてみんな引いてんだから。
どうして、彼女の人格と筋肉のすばらしさがみんなに伝わらないのだろうと、ひとりいきどおる。
バケモノだとか、女を捨てるだとか、そういう領域をはるかに超えたところにこの人の偉大さが存在することを知ろうともしないなんて……
そう内心ふつふつと怒りをふくらませていると、ふと、指がぬれていることに気がついた。
──泣いている。
コマンゾネスが、声ひとつもらさず、ただ静かに涙を流している。
(あたりまえだ。コマンゾネスさまだって、傷つくんだ)
彼女のその鎧のような筋肉の内側には、こんなにもやわらかで繊細な部分があるんだと知って、マクシミリアンは雷に打たれたような衝撃を感じた。
この人はきっと、傷つくことがあったとき、こんなふうにひとり静かに泣いていたんだ。
(この人を、まもりたい)
どうしてそう思ったのかはわからない。
こんなに強い人を、こんなに弱い自分が、どうまもったらいいのかもわからない。
それでも──
(この人を傷つけるものから、自分が……)
寄宿舎を鎮火し終えたことを、だれかが大声で報告している。
しかし彼の胸の熾火には、消しようのない熱が、たしかに宿りはじめていた。
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