第17話 マッチョ令嬢、炎の壁を筋肉でねじ伏せる
「コマンゾネスさまッ!」
その呼び声が聞こえたのは、そのときだった。
自身の得意とする魔法〈風の具足〉で、第五王子マクシミリアンが、一冊の本とともに風のような速度でもどってきたのだ。
「マクシミリアン、さま……!?」
「遅くなって申しわけありません!」
そうさけびながら、コマンゾネスのたくましいふくらはぎに腕をからめて急停止し、本をめくる。
「なにを、しているのです……っ。王族であるあなたに、万一のことがあっては……!」
「ぼくは、どんなときも、コマンゾネスさまのそばにいるんですよっ」
彼が手にしているのは、古代の魔法について記された古文書の写しであった。
かつてこの本を、興味があってパラパラと読んだことがあったこの少年は、ほど近い学園の図書館から急ぎもってきたのだ。
「〈劫火の壁〉……これだ!」
『なんだかわかりませんが、邪魔をしないでもらえますか?』
壁を押すかたわら、悪魔が指を振り、火の玉をいくつもマクシミリアンへと放つ。
マクシミリアンは本に目をむけながら指をくるりとまわし、魔法で小さな風を生み出すと、わずかに火の玉をそらしていった。
ついでのように、火の玉のひとつが壁を抑えるコマンゾネスの胸部を狙うが、多少の火の玉ごときでは精悍無比の筋肉にはじけてなんのダメージも与えられない。
大魔法をつかっていることにより、それ以上の力を割くこともできないようで、悪魔はにくにくしげに舌打ちをする。
「コマンゾネスさまッ! その壁を、ぶち破ってください!!」
「壁を……!?」
コマンゾネスが目の端でとらえた古文書は、彼女には読めないいにしえの言語で埋めつくされていた。
それを驚異的なスピードでマクシミリアンが読みといていく。
「この魔法は、どんな力で押し返そうと、たとえ術者が死に至ろうとその前進をとめることはできない……その一方で、名まえのとおりの『壁』というより、性質としては融点に近い温度のガラスの板のようなもの、とあります。押すのではなく、どこか一点に穴をあけることができれば……」
「この魔法を破れるかもしれないと……」
もはや体力に毛の先ほどの余裕もないコマンゾネスは、乾坤一擲、その助言にしたがってすさまじい速度で手を引くと、こぶしをつくろうとした。
が、すでに劫火に焼かれつくしたその手は正視にたえぬほどただれており、引き攣れていて、にぎることができない。
コマンゾネスはかまわず、肩を圧縮させ、下半身の躍動で張り手をくり出そうとする。
『あ、あ、ダメ、やめて!!』
「むぅん!!」
その咆哮とともに、手首を炎の壁にぶちあてると、まるでカラテの正拳突きで木の板を破るように、穴があいた。
実際には「板」というほど薄くもなく、建物の壁ほどの厚みはあったものの、コマンゾネスの筋肉からすればなにほどのことはない。
あいた穴へ、ゴボゴボと、壁を構成する溶岩のような液体が流れこんでいくと、壁は目に見えて縮小しやがて消えていく……。
『さ、さよなら!!』
その言葉とともにふっと火のハンサムオーランドが脱力し、たおれる。
コマンゾネスはキッとその上空をにらむと、どこか空気の濁りのようなものを感知し、
「ぬぅん!!」
と立てつづけに腕を振った。
拳圧のようなものがラリアット状に飛んでいき、
『ぐへぁ!!』
と憑依を解除し逃走をはかっていた悪魔の悲鳴がとどろいた。
一発、二発、合計七発ものラリアット圧が霊体となった悪魔をボコボコにしていく。
『ご、ごめんなさ……もうやめ……』
「しゃおらぁ!!」
コマンゾネスが、ひときわ強い怒吼とともに、柔軟さをもあわせもつ肉体をもって空へ前蹴りを放つと、
『んぎょえ』
という断末魔のうめきをのこして、悪魔は塵芥のごとくむざんに消滅した。
好き放題やられて逃がすよりは、滅殺して少しでも憂さを晴らしておこうとのコマンゾネスの判断であろう。
張りつめていた肺がゆるんでくると、麻痺していた激痛がもどってくる。
顔をしかめながら寄宿舎を見ると、生あるものが絶命するように建物が燃え落ちているところだった。
遠くで「燃えてるぞ!」とさけんで集まる人々の声が、ずいぶん遠くにきこえる。
その一方で、「やっぱりコマンゾネスさまはすごいッ!!」と興奮でわれを忘れ、とびはねながら「これが世界一の筋肉だッ!!」と吠えさけぶ少年は、ただひとり自分を助けるために戻ってきてくれた。
コマンゾネスもまたニカッと笑って二の腕で力こぶをつくると、少年は力こぶにしがみついて宙に浮き、キャッキャッとはしゃいでいる。
まっすぐ目をむけることができないほどにこの少年がまぶしく見える理由を、コマンゾネスは、うまく言葉にすることができなかった。




