第16話 マッチョ令嬢 vs 悪魔(火)3
炎の壁に押され、うしろに生徒ふたりと病院がひかえている状況で、悪魔がくつくつと笑う。
『大変ですなぁ、コマンゾネスさま。いいじゃないですか、逃げてしまえば? それで私を殺せば──ま、私はまた“首謀者”さんに召喚してもらうだけですが──すべては一件落着、うしろの生徒さんふたりが死んで、病院も消し炭になる。それだけのことですよ。焼死は非常に苦しい死にかたではあるんですがねぇ、ま、遠からず王国が崩壊するときに死ぬんだから誤差みたいなもんですな。もしご希望なら、彼らを巻きこむ瞬間だけ温度をさげて、より長く苦しむむごたらしい死を演出してさしあげてもいいんですがねぇ』
「……意外と、優位になったらペラペラおしゃべりしてくれますのね。でもそうですね、わたくし、逃げるわけにもまいりませんし、もうダメそうです。冥土のみやげに、その首謀者のお名まえを教えてくださってもいいんじゃございません?」
『うーん、まだ余裕がありそうですねぇ。でしたら、こういうのはどうでしょう』
そう言って悪魔がパチンと指を鳴らすと、ふたりの生徒の頭に黒いモヤのようなものがまとわりつき、すぐに消える。
なるほどなるほど、と悪魔がひとりつぶやいた。
『うしろの生徒さん、なかなかいい性格をしていらっしゃるようですね……。まずあの男子生徒』
指をさされた男子は、身体を拘束されているものの口はあいているので、「ひぃっ」と小さくさけんだ。
「あの女バケモンすぎて笑うわ。なーにが『マッチョ令嬢』だよ、公爵家がこわくてみんなイジれないだけだろ。筋肉キモすぎ、おまえも筋肉鍛えてみたら?」
悪魔の口から、男子生徒の声で、口調で、ひどく楽しそうに罵倒が飛び出る。
次いで、
「やだぁ~あんなバケモノになっちゃったら、ミーくんぜったい爆笑するでしょ。あいつ女捨てすぎてみんな引いてんだから」
女子生徒を指さし、同様に本人の声で、口調で、ほがらかに悪魔が笑ってみせる。
『そのふたりが、つい数日前に言っていた、あなたの悪口ですよ……。これでも、そのふたりをまもりますか?』
「ウソ、ウソウソウソ、ウソです! わたしたち、そんなこと……」
「言ってないです!!」
『おやおや、悪魔より非道ですねぇ。助かりたいがために、真実そのものの自分たちの暴言をなかったことにしようだなんて。コマンゾネスさまが鍛えているのはねぇ、あなたたち国の人間をまもるためなんですよ。それなのにねぇコマンゾネスさま? これじゃあ、人間を助ける甲斐なんて、ありませんよねぇ』
真っ青になって首をふるふたりを視界のはしにとらえて、おそらく、本当のことだろうと、コマンゾネスは考えていた。
身体能力ほどではないが、コマンゾネスの聴力もまた、常人なみではない。
似たような声がきこえてきたことは、学園生活で、何度もあった。
コマンゾネスがまた少し、壁に押しこまれていく。
皮膚を焼きつくし、両のてのひらの、肉が焼けはじめる感触がする。においがする。
でも、手の痛みはふしぎと感じなかった。
胸の痛みが全身をおおって、じんじんと耳にひびく。
少し顔を伏せた。
目頭が熱くなる。
それでも。
「わたくしは、それでも──」
そうつぶやくと、頭を振り、灼熱の壁へ額をぶちあてた。
「わたくしが筋肉を鍛えるのは、ただ自分のため……。わたくしが、ただ、わたくしとして生きていくためです……。そうして鍛えた筋肉で、助けられる人がいるのであれば、助ける。ただ、それだけのこと……」
ズズと、少しだけ壁を押し戻す。
「そのおふたりも、わたくしへの暴言はあとでおしおきするとして、それは助けたあとの話ですわ……。あのブチのめしたくなるほどに気に入らない『死』を世界からひとつでも減らせるなら、バケモノと嗤われる程度のことは、わたくしが、助けるのをやめる理由にはならない。わたくしが、いま、膝を折る理由にはならないッ!!」
額の皮膚が、激痛とともに焦げていく。
歯をくいしばり、腕の筋肉を、もっと、もっとと膨張させて押し返す。
しかし──
『ふぅー、絶望して死んでいってほしかったんですが、精神のほうもマッチョですねぇ。ま、言葉とは裏腹に、だいぶ筋力が弱ってきているようで……。死ねば同じですし、そろそろ楽にしてさしあげますよ。みなさん、あの世でもどうぞお元気で』
悪魔が優美に頭をさげると、壁の圧力がさらに増し、コマンゾネスがついに塀の間際にまで押しさげられる。




