第15話 マッチョ令嬢 vs 悪魔(火)2
『ハハハ、なにが「この程度の熱は無効化できる」だ! ウソつきめ。におう、におうぞ!』
炎の壁に押しこまれていくコマンゾネスを見て、自身もうしろから〈劫火の壁〉にさらなる圧力を加えながら、悪魔がたのしそうに嗤った。
コマンゾネスの手の皮膚の焼けるにおいが、一帯にただよいはじめたのである。
『そりゃそうだ、筋肉を鍛えるだけでそんなことができるわけがないッ! 貴様がいかに規格外の存在だろうと、しょせんは人間、限界があるはず……。オマエは、ここで、殺すッ!』
押し合いでもするかのように、悪魔が両腕をまえに出しながら一歩を踏み出すと、その分コマンゾネスの足もとの土がえぐれる。
目のまえの高熱によって、頭から首にまで汗が流れていきながら、コマンゾネスがなお笑う。
「あら、筋トレすると、不可能が可能になるのよ……。証明してさしあげるから、今度いっしょに筋トレでもいかがかしら……?」
『するかそんなモンッ!』
悪魔が大声を発すると、また一段壁が押しこまれていく。
あせりをおもてに出すことはなかったが、コマンゾネスは、
(これは、ちょっと、まずいかもしれないわね……)
と内心で考えはじめた。
少ない魔力でてのひらを保護しているものの、壁の表面があまりにも熱く、うまく力を入れることができない。
熱した鉄板にてのひらを押しつけつづけるようなものだ。
てのひらが、焼けていく。
皮膚が溶け、壁と癒着していくのを感じる。
頭の中心がしびれてくるほどに、痛みが増していく。
コマンゾネスはちらりとうしろを見た。
『よけるか? この壁、よけてもかまわないぞ。オマエのジャンプ力ならこの壁を超えることもたやすいだろう。それでオレを殺すのもいい』
悪魔がニヤリとくちびるをゆがませながらコマンゾネスの狙いを推測する。
『だが、この壁はオレを殺してもとまらん。オマエのうしろの、学園の塀……そのうしろにあるのは王立病院だろう? 入院患者も多くいる……オマエが避ければ病院は壊滅するだろうなぁ、中の医師や患者ごと。火事があったから多少は避難しているかもしれんが、寝たきりの患者がこの短時間で逃げられるとも思えん……。オマエがよけたせいで、彼らが死ぬとしたら、それは公爵令嬢としてゆるされる所業なんだろうか? しかも、おやおや、こいつは……』
言葉を切った悪魔は、片手だけ壁を支えるのをやめると、二本の指をクンと振って小さな火の玉を投げた。
コマンゾネスのうしろにある灌木が焼ける。
その裏には──
「あなたたちはッ!?」
塀のすぐそばで抱きあってふるえるひと組の男女が、いた。
衣服が少しみだれている。
生徒同士のカップルが、周囲の目を忍んで逢引きしていたのだろうことが見てとれた。
コマンゾネスは、「寄宿舎のそばに見つかりにくい場所がある」と一部の生徒がうわさしていたことを思い出していた。
「や、やめ、殺さないで、くだ……」
男子のほうが、悪魔にむかって懇願する。
悪魔はまたニヤリと笑った。
『だいじょうぶ、オレは殺さんよ。キミらが死ぬとしたら、この公爵令嬢コマンゾネスさまが炎の壁に押し負けたときか、あきらめて逃げるときか、どっちかだろうなぁ』
愉悦をのどに宿したように、ケタケタと高笑いをつづける。
「なにをしてらっしゃるの!? 早く、早く逃げなさい!」
「こ、腰が、抜けてしまって……」
『なにをあせっておられるのです、コマンゾネスさま。せっかくの観戦者なのですから、最後まで見てもらいましょうよ』
悪魔が下から上へ指を振ると、ふたりの影から黒いツタのようなものがのび、それぞれの肉体を拘束する。
「あなたは、なにを……ッ!」
『なに、ちょっと縛らせてもらっただけですよ。大した魔法じゃないし、痛くもありません』
コマンゾネスの狼狽が筋肉に伝わったのか、グンと壁に押され、あわててどうにか体勢を立て直しもちこたえる。
マクシミリアンは、とすばやく目を走らせると、いつのまにやら姿が見えない。
ふたりを助けてもらえないかという考えが頭をよぎったが、彼の小柄な体格ではむずかしいだろうし、王族である彼に万一のことがあってもいけないので、逃げてくれたならそれでよかったと思考をめぐらせる。
自分が──なんとかしなくてはならない。
そうしたコマンゾネスの焦慮を察したように、くつくつと、悪魔が笑った。




