第12話 マッチョ令嬢、悪魔への拷問を宣告する
寄宿舎は3階建てであり、貴族が通う学園の施設ということもあり、豪奢なつくりであった。
いまや炎につつまれ、王国お抱えの建築家や職人が腕をふるったその外観は見る影もないが、自然に崩落したのではありえぬ入口の壊れかたに、オーランドはなにごとが起きたのかと眉間にしわを寄せて怪しんだ。
すると、火事のなかから、「ひとつの黒い山」が姿をあらわす。
大きな山である。
入口付近に底があり、2階の天井にまでとどこうかといういびつなかたちの山。
なぜ、寄宿舎のなかに山が出現したのか……?
いや、見よ。
目をこらせば、たったひとつの人影が、山とみまがうばかりの大荷物をその両肩にのせているではないか!
「コ、コマンゾネスさま……ッ!」
地面にたおれながら回復を受けていたマクシミリアンが、歓喜の声を発する。
そう、彼が呼んだとおりその人影はコマンゾネスであり、彼女がなかにいた生徒計29名を、残らずその両肩に負って燃える寄宿舎から救出してみせたのである。
「この、短時間で……?」
とまどうオーランドであったが、その言葉を受けた一瞬、コマンゾネスが消えた。
しかしまばたきをした直後には同じところ──寄宿舎を出てすぐのところにコマンゾネスがいて、いま消えたのはまぼろしだったかとオーランドは目をこする。
「ベネクトリックスさま」
しずかにコマンゾネスが呼びかける。
「は、はい」
「中庭のところへ、みなさまを寝かせておきました。ヤケドを負われている方も少なくありません。マクシミリアンさまのあと、みなさまの治療をお願いできればと……」
「あっ、ぼ、ぼくはもう大丈夫です! ベネクトリックスさま、みなさまのところへ……!」
見れば、たしかにコマンゾネスが大量にかかえていた人々はいつのまにやら消えている。
まだ少しほおの腫れたマクシミリアンがグスグスと鼻をすすり、目もとをぬぐってうながすと、応じてうなずいたベネクトリックスが中庭へと走った。
やや放心したオーランドは、クク、と笑ったあと、黒く鈍く光る腰の剣をスラリと抜いた。
笑い声とは裏腹に、不愉快そうに首をなで、にごりを増した漆黒の白目にてにらみつける。
『やはり、貴様が一番の障害か……。しかし、先ほどとはちがうぞ! このあふれる魔力、最初から脆弱な小娘などではなく、こうした強者に憑依すればよかったのだ……。もう貴様ごときに後れは取らんぞ!』
声も変化し、先ほど聞いた暗鬱なる悪魔の声がこだました。
コマンゾネスは拳をにぎってボキボキと鳴らし、ニタリと邪悪に笑ってみせる。
「へぇ……それは楽しみですわね。強者の力、見せていただきましょうか。あなたには、ご自身を召喚した首謀者の正体をお吐きいただきませんとね。悪魔を拷問するのって、わたくしはじめてですわ。舌を抜くか、爪をはぐか、腕の見せどころですわね……」
『ひぃ! 人間相手の拷問はもう経験ずみみたいに聞こえるんですけど、これじゃどっちが悪魔かわからん!』
その悲鳴とともに悪魔の気配はひそみ、オーランドが惑乱するように指で顔をおおう。
むろんこれはコマンゾネス一流のジョークであって、拷問経験などはないのだが、からだを折って呼吸を乱すオーランドは内奥で悪魔とせめぎ合っているようにも見えた。
「オーランドさまッ! まえに、ぼくに女の子との接しかたを教えてくださったじゃないですか。悪魔に負けるなんて、そんな、あなたらしくないです!」
おさないころからの交流を呼び起こそうと、マクシミリアンが必死に語りかける。
しかし、
「女の子……そうだ……」
とオーランドは片手で頭をかきむしりながら、憎悪に満ちた視線とともに剣の切っ先をコマンゾネスへと向ける。
「おれの人生でただひとつの汚点、それは、学園の武術大会でキミに敗れたこと……。大ぜいの観客のまえで味わった苦杯と恥辱、いまでも夢に見る。あのときは、女性であるキミへの配慮で全力を出せなかったが、いまなら違う……。キミへの憎しみが、無限にあふれて、たたきつぶすのに、なんの躊躇もない……」
コマンゾネスは一瞬だけかなしそうに目を伏せたあと、問いかけた。
「オーランドさま、その感情は、悪魔に増幅させられているにすぎないのではありませんか……? わたくしのみならず、この世のすべてが憎く感じてはいませんか。呼吸をととのえて、一度冷静になることで──」
「オマエが、おれに説教をするなッ! おれのほうが上なんだッ!!」
オーランドは咆哮すると、
「〈炎の祝福〉」
と魔法をとなえた。
すると、その手にもっていた黒い剣に、炎がヘビのごとく螺旋をえがいて濃密にからんでいく。
炎が頂点に達すると、その周囲だけ昼になったかのように熱くかがやき、刀身が灼熱をまとった。
「特注でつくらせたこの黒曜石の剣に、炎をまとわせると攻撃力は何倍にもなる……。いまのおれの魔力なら、さらに……」
彼のもつ黒曜石の剣は模造刀のようなもので、切ることはできないが、打ち据えるにはこれ以上ない威力を発揮する。
第一王子の私兵隊のようなごく一部の例外をのぞき、殺傷能力の高い武具の持ちこみが原則禁止されている魔法学園にあって、ほかの生徒は木剣を用いることが多いのだが、公爵家だけあってオーランドはこの特製武器の帯刀がゆるされていたことをコマンゾネスは思い出していた。
同時に、「女性であるキミへの配慮があって全力を出せなかった」という彼の言葉が、頭のなかで反響していた。
いつもそうだった。
コマンゾネスはあまりにも強すぎた。
学園が開催する武術大会で、オーランドとぶつかったのは決勝戦であったが、コマンゾネスはそれも含めたすべての試合で傷ひとつ負わずに優勝してみせた。
そうして男性たちを打ち負かすと、「あんなバケモノだけど一応女性だから、本気は出せないよな」とヘラヘラまわりにもらす人間が、少なからずいた。
「ゴチャゴチャ言わずに本気を出してみなさいよ!」
「それをこの筋肉で上回ってみせるから!」
そうさけぼうとしたことは、一度や二度ではない。
だが、結局は「紳士のお心づかい、痛み入りますわ」と優雅に頭をさげることで、やりすごしてきた。
それがよかったのかわるかったのかはわからない。
だが──
(もしも本当に、わたくしの筋肉をたたきつぶすことができるような相手がいるのなら……)
未知の衝撃を想像して、コマンゾネスの誇る大胸筋が浮き足立つようにピクンとはねた。
目のまえのオーランドは、片足を出して重心をのせ、剣の切っ先をうしろに下げて、チリチリと髪の毛の先が焦げつくほどに強く濃く魔力を練りあげている。
「──行くぞ」
オーランドの前傾姿勢が、一段と深まった。




