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フライパンの上の物語

 なんとなくだ、なんとなく俺は早く学校に来てしまった。

 現在の時刻は六時半。起きたのは大体六時で、二度寝をしようものなら間違いなく遅刻すると感じたから仕方なく学校に来た。

 決して昨日の純白の演説や、笑顔が忘れられなくて眠れなかったわけじゃない。

 そんなわけない……


 純白の事を考えていたからか、今も校舎裏を掃除している白髪の少女が視界の端で映る。

 ついに幻覚まで見えるようになったか、と思いつつ幻覚であることを確かめる為に校舎裏を見る。


「ほらやっぱ――」


 居た! 幻覚じゃなかったわ!


 急いで物陰に隠れる。

 校舎裏の脇道はあまり生徒が使わない道で、多分おそらく純白も安心しているんだろう。

 鼻歌まで歌っている。


 あいつ……朝早くから何してんだ?


 純粋な疑問だった。

 こんな朝早くから来てやることなど思いつかなかったから。

 しかし、純白のやっていることを見て目を見開く。


 あいつ校舎裏に付いたインクを拭いてる!?

 確かに、火野の話で校舎裏が汚れていることを知ってはいた。

 だがどうだ、少しのインクが飛び散っていたという予想だったが、少しどころかかなり飛び散っている。

 しかも、見るに純白が半分くらい掃除している感じだった。

 つまり六時くらいから学校に来ていることになる。


「なんであいつ……こんなこと……」


 脚立に乗りながら壁を拭く姿を見つめながら、しばらく物陰に隠れていた。


「よし、奇麗になった!」


 どうやら終わったらしく、確かに壁や地面にインクが付いていない。

 見始めてから三十分が経過していたので、大体一時間ほどやっているのだろう。


「時間無いから早く次の事しないと……」


 次の事……まだなんかやるのか?

 純白の後をつける俺。

 周りから見れば変態じみた行動だが、それでも気になって仕方ない。


 校舎内に入ったかと思うと、おもむろにゴミ箱を持って校舎内を駆け回る。

 ゴミ箱を置いては、トングでゴミを拾い投げ入れていく。

 あまりも慣れた手つき、ゴミを投げるのは良くないがしっかりとゴミ箱に入っており、最近始めたことではない事がわかる。


「あいつ、いつからこんな事やってるんだ?」

「高等部に入ってからです。柚木様」

「うわッ!!!」


 あまりに自然に後ろから話しかけてきたその人物を確認する。


「広羽か、ビックリさせないでくれ」


 一応純白の様子も確認するが、俺の驚いた声があちらにも聞こえたらしく、驚き周りを見渡している。


「バレたらどうするんだ!」

「わたしとしては、バレても気にならないので」


 こいつッ


「そして、先ほどの質問なんですが。高等部に入ってからやられてますよ」

「インクを落とす事か? それとも今やってるゴミを回収する事か?」

「両方ですね。目に見えないだけで、陰ながらこの学校にやってることはもっとありますよ?」

「嘘だろ……」


 しかし、それを聞いて納得している自分もいる。

 慣れすぎなのだ。

 無駄が少ないと言うべきか、あまりにも洗練されすぎている。

 一人でやるには多すぎる作業量をこなしている。しかも、このあと朝の挨拶間やっているとなると、校舎内のゴミを三十分でどうにかしている事になる。

  この学園は三つの棟に分かれていて、一つの棟あたり十分それを四階までやっている事になる。


「な、なんであいつ一人でやってるんだ。頼れる人ぐらいいるだろ」


 純白の誘いを断った柚木だったが、そんなことすら忘れ自分の事を棚に上げ静かに怒りをあらわにする。


「輝実月様本人の意思なんですよ。わたしも、目白様も協力しようとしましたが断られました」

「なんで……?」

「言葉だけじゃなく、誰かに頼るのではなく、背中を見せることで周りを動かしたい。と言っておりました」

「――――ッ」


 チクリと胸が痛む。

 かつて柚木も世界を変えたいと願った。しかし、周りの圧力や視線により耐え切れずに辞めてしまっていた。

 世の中が悪いと、世界が悪いと、俺は間違ってないと、腐りきったこの世界が嫌いだった。


 世界は変わらず腐っていると思う。

 現状も考え方も歪んでいると思う。

 でも、()()()()()()()()のは俺もか。


 目の前の純白を見てそう感じてしまった。

 かつての俺は、口だけだったと。

 少しの圧力で逃げていたと。

 そんな俺でも、今熱くなっていた。かつてないほどに心が締め付けられる。

 中等部の頃に後ろ指刺されていた時よりもだ。


「それに、城宮様は他人の力を把握し上手く協力し合いながら動く、誰かと一緒に歩めるそんな王様だとわたしは思っています」


 確かに、人付き合いは苦手な方じゃない。


「しかし、輝実月様はカリスマ性で周りを引っ張り先導する王様。どちらがこの業界でトップになるかで全然違うものになると思っています」


 だから、一人でやり続けるだと……

 だからって駄目だろッ! 一人でやっていてもいつか限界が来るかもしれない。

 誰も見ていない今だってそうなのだ。

 馬鹿正直に自分のやりたいことを貫いている。

 見ていて痛々しい、しかしクソかっこいい姿を見て気づく。


 ――あぁ、そうか。これが憧れか。


 なら、動くしかない。

 別にこの世界は変わらずクソだと思う、変わらないと思ってもいる。

 それでも、純白の行動が想いが苦労が無駄になってはいけない。

 

 この時、広羽は純白の言葉を思い出していた。


「彼……私の憧れた人はもういないわ。今の彼は抜け殻ね。でも、この世界をゴミだと言う言葉の裏に彼の本心があると、私は信じて疑わないわ」


 何を言っているんだコイツは? わが主ながらそう思ったが、訂正しよう確かにこの人は腐っていた。

 だが、腐りきってはいなかった。

 

 ゴミはゴミ箱に。

 柚木はその言葉を高等部入ってから掲げていた。

 もし、柚木の心にコインと同じように裏と表があるなら。

 表は、世の中に対する恨み。

 裏は、こんな腐った世界で一生懸命に頑張っている人たちへの尊敬だった。

 


()()居るか?」

「はい、なんでしょうか柚木様」


 いつものうずら呼びではなく小歩と呼ばれ、いつものふざけた雰囲気の無いうずらがどこからともなく姿を現す。


「力を貸してほしい」

「良いんですか?」

「良いも悪いもあるか、頑張っている人間が居る、それを見て見ぬふりをする。俺はそれが大っ嫌いなんだ」

「ふふっわかりました。お供します。どこまでも」


 再度言おう、これはフライパンの上の物語。

 フライパンの上で収まるような小さな物語。

 そして、卵の物語。

 卵とは、黄身だけではなく、白身だけでもない。

 両方あっての物である。

 こうして、城宮柚木(しろみ)輝実月純白(きみ)はフライパンの上に揃い、本当の意味で物語は動き始めた。

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