9.皇女さまが惚れられた理由と、不完全だった魂約
俺はこれまでの情報を整理するため、そして心を落ち着けるために、紅茶をひと口飲んでから口を開いた。
「気になったんですけど、シンシアさん……」
「シアって呼んで!」
勢いよく割り込まれ、思わず言い直す。
えらく元気な訂正だ。
「えっと……シアさん」
「シンシア!
「……シア」
「うんっ!なにユウト?」
子供のように満面の笑みで頷く姿に、思わずため息が漏れる。いや、可愛いのは間違いない。間違いないんだが……。
「はぁ……シアは、俺のどこを好きになったんですか?」
恐る恐る尋ねた俺に、彼女は胸を張り、まるで当然だとばかりに――
「ぜんぶ!」
と、満面の笑み即答した。
……いや、全部って。いくらなんでも雑すぎないか?
迷いもゼロなら、説得力もゼロなんだけど……
俺があまりにも複雑な顔をしたのに気づいたのだろう、向かいに座っているヴェルミナさんが口を開いた。
「ユウトの気持ちもわからんではない。じゃがな、長命種――特に竜族は、魂を“視る”ことができるのじゃ」
「魂を……視る?」
聞き返す俺に、ヴェルミナさんはゆっくりと頷いた。
「うむ。妾もお主に会う前、シアに尋ねてみたのじゃが、要領を得なんだ。……妾の推測じゃが、シアとユウトの魂は、高い共鳴性を持っておる。それこそ、引き合うようにな」
「これについては僕も同感かな!」
朗らかな声で口を挟んだのはエリオスさんだ。
「最初は、まさかシアがここまでするくらいに惹かれるなんてッて思ってたんだけどね……実際に見てみると驚くくらい波長が一致してるんだ」
「そんなに褒められたら照れちゃうよぉ~」
シアは頬を赤らめ、両手を頬に当ててくねくねと体を揺らす。
「褒めてないけどね。それとシアはちゃんと椅子に座ろうね」
「完全に脳までふやけておるな……」
ヴェルミナさんの辛辣な突っ込みにも、シアは「えへへ」と幸せそうに笑いながらヴェルミナさんの隣に座る。
……あぁ、この子は完全に俺にベタ惚れなんだな。
そう理解するのと同時に、俺の心臓が大忙しで胸を叩き続ける。
「つまり、俺は……シアさ――」
「シア!」
「え?」
「“さん”とか要らないよ! 敬語もなし!」
元気いっぱいに遮ってくる。
「えぇ〜……」
どうやら反射的に出た“さん”付けもダメらしい……
見事に訂正を要求されたんだけど、俺だって陰キャなりに礼節は大事にしてるんだぞ?
今日初めて会ったばかりの、しかも王族相手に無茶な要求をしないでほしいんだけど……
「お主も頑固じゃのぅ……。そんなに外聞が気になるなら『命令』という大義名分を与えるぞ?」
「いやいや! 愛称で呼ぶような相手が今までいなかった俺に、それは横暴過ぎませんか!?」
俺は至極まっとうな訴えをしたつもりなのだが――
「ついでにこの部屋にいる者たちだけの時は、敬語も禁止しようかのう!」
「おぉ、それは名案だね!」
エリオスさんまで嬉しそうに乗っかってくる。やめろ、賛成多数で決定事項みたいにするな!
「……ああーもう! わかりましたよ。ただ、敬語を外すのはちょっと時間ください」
観念したように答えると、ヴェルミナさんは仕方なさそうに頷いた。
「仕方あるまいのぅ……。まぁ、この部屋にいる者たちはメイドを含め、それなりの地位を持ち、妾たちが信頼する者ばかりじゃ。そのことだけは覚えておけ」
「アハハ……ありがとうございます」
俺は力なく笑った。……陰キャメンタルは王族に分かってもらえないことが分かったよ。
そんな俺を見て、シアはまた嬉しそうに笑う。
彼女の笑顔は、まるで太陽みたいに眩しくて――
心の奥の不安を、一瞬だけ忘れさせてくれるのだった。
「えっと、それで……シアが一目惚れしたから俺はヴァルゼリオンに行くことになったんですか?」
そう尋ねると、エリオスさんは肩をすくめて、まるで雑談の延長のようにさらりと答えた。
「それもあるね!」
……それもってまだあるの!
「一応、他の王たちにも確認はするけど、ユウトには僕たちが帰るときに一緒に来てもらうことになると思うよ」
まるで「明日は晴れると思うよ」くらいの気軽さで、俺だけスタート地点の変更が告げられた。
「それからユリウス。ここから先の話は僕から王たちに説明するからね」
「分かりました。竜皇国の機密にまで触れるわけにはいきませんから、私はこれで失礼しますね」
ユリウスさんはそう言うと立ち上がり、礼をして退出しようとする。
「お主なら聞いていってもかまわぬぞ?」
ヴェルミナさんがそう言いユリウスさんを止めるが、彼は首を横に振った。
「そう言っていただけるのは光栄ですが、この後父上に相談して、明日の予定を決めなければなりませんので」
「ああ~確かに。明日は立て込むからね」
「うむ、それならユリウスよ。申し訳ついでにもう一つ頼まれてくれぬか」
「な、なんでしょうか?」
「明日の魔力測定で使う水晶じゃがな。確実に壊れるから、予備を用意しておいてほしいのじゃ」
「……ああ~なるほど。確かに今のユウトさんなら壊れますよね。まぁもともと準備してあるので大丈夫ですよ」
「うむ、それは助かるのう」
短いやりとりの後、ユリウスさんは優雅に一礼し、静かに部屋を後にした。扉が閉まると同時に、室内の空気がわずかに変わる。
「さて、ユウトよ」
ヴェルミナさんの紅い瞳が、真っ直ぐ俺を射抜いた。
「シアとの魂約についてじゃが……これにはまだ続きがあっての」
「え、続きって……?」
「この魂約はな、不完全なんじゃよ」
「えぇ〜……」
なんか嫌な予感しかしない。
「まあ順を追って話すから、ゆっくり聞け」
ヴェルミナさんは椅子が深く腰掛け直し、腕を組むと彼女の豊満な胸がより強調され目のやり場に困る。
仕方ないだろ?こっちは思春期真っただ中な少年だぞ!
そんな俺の心中を察したヴェルミナさんは呆れたため息をつき口を開いた。
「まず通常、魂約は互いの意思で魔力を循環させることで成立する」
「……はい」
俺は真剣な表情でヴェルミナさんの話に耳を傾ける。
「じゃが今回は、シアの一方的な力任せの魂約じゃった。ゆえに、シアの力がお主に流れ込むだけで、お主からシアには何も渡っておらん」
「……えっと、つまりどう言うことでしょう?」
「シアには良くも悪くも何も起きておらん、ということじゃ」
確か、婚約するとお互いの能力を共有したり、混ぜたりできるって言ってたよな。
それなのに勇者として召喚された俺の能力はシアに影響を与えていないとなると――
「……それなら俺は?」
「お主は違う」
「?」
え?シアは影響なくて、俺は影響がある?
意味が分からない状況の俺にヴェルミナさんはさらにとんでもないことを俺に告げる。
「どうやら召喚された時に得られるはずの力を、まったく手にできなかったようでの」
「は、はい? と言うことは俺、何もできないってことですか?」
思わず声が裏返った。
「大丈夫じゃ。落ち着け。シアと魂約する前であったとしても、少しずつ器が縮みながらも周囲の魔力を吸収して、そのうち魔法は使えるようになったはずじゃ」
「……そうなんですか?」
少しほっとした。異世界に来て魔法が使えないは残念な気持ちになるもんなぁ……
「ただ、その場合はせいぜいこの国のエリート兵士程度の力にしかならんかったがの」
「え? そうだったんですか!? でも今は――」
「器が小さくなる前に、シアの力がお主を満たした」
つまり俺にだけシアの力が流れるってことだから――
「それってシアは大丈夫なんですか?」
「そこは自分の心配をじゃないんだね。得体の知れない力に満たされる恐怖よりも、妹の負担を気にするとは」
エリオスさんが感心したように微笑む。
「恐怖なんてしませんよ!」
俺がきっぱり言うと、シアが胸に手を当て、安堵の笑みを浮かべた。
「よ、よかったぁ……」
……いや、安心されるとこっちが恥ずかしいんですけど!?
「それよりシアに負担は?」
「心配せんでよい。シアは十もの封印を重ねなければならぬほどに強いからの」
「……はい? 封印を十個……?」
俺の混乱をよそに、エリオスさんが「まぁそういう反応になるよね」と笑う。
いやいや強すぎて封印って、なんだよその少年漫画みたいな設定!?
俺、もしかしなくてもとんでもない女の子と魂約したってことか……




