79.天秤たちの会議と、洗脳未遂
◆視点:第三者(全体)◆
小さな会議室。円卓を囲むように、五人の男女が座っている。
ここは竜皇が“竜の天秤”のために与えた部屋で、今は定例会議の最中だ。
「以上が、観測者としての報告だ。
個人的に見ても統治は良好――
正直な感想を言えば、久遠の竜都に帰りたくないな」
黒銀の艶を帯びた髪の男が、資料をバサリと机に置き、
背もたれにゆったりと体を預ける。
すると隣から、快活な声が飛んだ。
「いやぁ~、ティルはまとめるのが上手くて助かるよ!
正直、アタシこういうのは苦手だからさぁ~!」
「苦手ではなく、面倒なだけでしょう、トルシアは……」
「いいぞフィーディア! もっと言ってやれ!」
「ちょっと! なに結託してんのさ!?」
フィーディアの冷静な指摘に、トルシアからティルと呼ばれた男――
ティルヴェインは小さく笑って追撃する。
そんな二人にトルシアは身を乗り出し、抗議の声を上げた。
「戯れはそこまでだ。会議を続ける」
それまで静かに様子を見ていた男が、淡々と告げる。
しかし――
「イヤ!」
即座に拒否するトルシア。
だが他の二人には――
「すまんな、続けてくれ」
「お願いしますね、ガルディア」
「裏切者ぉー!」
あっさりと裏切られたトルシアは、
ドカリと椅子に腰を落とすのだった。
「さて――次はお前の件だ、レオリクス」
ガルディアの一言で、他の三人の視線が、
赤みがかった白金の髪の男――レオリクスに集中する。
しかし当の本人は悪びれた様子もなく静かに見返した。
「私の件、とは?」
「とぼけるな。リオネスから苦情が来ている」
「ほう、どのような苦情で――っ!?」
その瞬間、心臓を握りつぶされたような錯覚に襲われ、
即座に顔を向けると、原因はすぐに分かった。
目が据わったトルシアだ。
「なぁ小僧? アタシはさぁ、会議っての嫌いなんだよ。
さっさと終わらせて、孫の顔が見たいの」
軽い口調とは裏腹に、存在感が一気に跳ね上がる。
威圧とは異なる、底の見えない重圧。
レオリクスの額に冷や汗が滲み、他の者の表情もわずかに歪んだ。
「そこまでにしておけ」
ガルディアの声で部屋を支配していた重圧が霧散し、
全員が静かに息を吐いた。
レオリクスも全身から汗を流しながらも、どうにか平静を装う。
「……トルシアの短気は、どうにかならないものでしょうかね」
「言っておくが、この場でお前と同じ感想を抱いている者はいないぞ?」
「巻き込まれるので、こちらとしても迷惑なのですよ。
早急な説明を要求します」
全員からそう言われてしまい、レオリクスは渋々といった様子で口を開く。
「はぁ……。
先に言っておきますが、害は――」
「ねぇ、表でな?
苦しませてから殺してあげるからさ」
再びトルシアが割って入る。
そのあまりの激昂に、全員が異常を感じて言葉が詰まる。
「トルシア、どういうことだ?」
進行不能と判断したガルディアが問いかけると、
トルシアはひとつ溜息をつき、呆れた目でレオリクスを見た。
「このバカはさぁ……。
勇者君の部屋に洗脳の魔法陣仕掛けてたんだよ」
「「「!?」」」
その発言に空気が凍りつき、
全員の鋭い視線がレオリクスに突き刺さる。
彼は否定しない――それが答えだった。
「その魔法陣は、どのようなものですか?」
フィーディアが冷静に問う。
「かなり質の悪いやつだよ。
対象を深い眠りに落として、時間をかけて洗脳していくの」
しかもさぁ、とトルシアが続ける。
「その魔法陣、相手の精神に寄生するタイプなんだよねぇ。
ホント、製作者の陰湿さが湧きだしてて笑っちゃうよね!」
「催眠の類な上に、証拠が消えるのか……。
確かに、悪質だな……」
「入手経路は?」
すぐさまティルヴェインが悪態をつき、
ガルディアが出所を問う。
だがレオリクスは静かに首を振った。
「あの魔法陣は、私が開発したものですよ」
「……ほう?
お前にそこまでの技術があったなんて驚きだな」
全員から疑念を含んだ視線を向けられるも、
レオリクスはそれを受け流しながら、身に着けていた魔道具の一つをさりげなく“停止”させる。
この場でトルシアだけがそのことに気づく。
そして、彼女の口角がわずかに上がった。
「アタシもティルに同意だね」
「事実ですので」
「で? 何のために作ったの?」
そうトルシアに問われ、レオリクスは話し始める。
本来は観測者を希望していたこと。
不審者を泳がせ、根を探るためのものだったこと。
執行者となり、使用機会を失ったこと。
そして――異世界人であり、竜族と魂約を結べる者に通じるのか試したくなったこと。
レオリクスが話し終えた頃には、部屋に呆れた溜息が広がっていた。
「愚かな行為だった自覚はあります。
ですが――皆さんも気になりませんか?
異世界の技術について」
その言葉に全員が反応する。
長命種最大の敵――それは、“退屈”。
竜族の中には退屈を紛らわせるため旅に出る者もおり、
古竜ですら例外ではない。
もっとも、久遠の竜都から出るには、先代竜皇の許可が必要なうえ、
出られたとしても、大きく力を封じられる。
そのため、興味はあるが出ようと思うものは少ない。
「なるほどな。
確かに異世界の技術には興味がある」
「ですが、ヴェルミナから危険な技術も多いと聞いています」
「我らが知れば血縁の若龍へ……。
そして人族へと伝わる可能性があるってことも言っていたな」
「人間ってのは貪欲だからねぇ」
興味と警戒。
その両方の空気が混じる中、ガルディアが口を開く。
「結論だ。
今後この手の魔法陣の使用及び研究を禁ずる。
そして、内容はすべて提出しろ」
「かしこまりました」
その決定にレオリクスが同意したとき。
「ちょっと待とうか、ガルディア。
提出じゃなくて、廃棄にすべきじゃない?」
トルシアの一言に視線が集まる。
「廃棄と言ってもどうするんだ?」
「記憶がある以上、完全消去は不可能では?」
ティルヴェインとフィーディアに指摘されるが、
トルシアは得意げに人差し指を振る。
「チッチッチ!
アタシなら記憶ごと消せるよ?」
レオリクス以外が納得する。
「脳の電気信号への干渉ですか……」
「相変わらず規格外だな」
「あっちの世界じゃ“えすぱー”とか言うらしいよ!」
厳密には違うのだが、この場にそれを指摘する者はいない。
彼女は電気分野において右に出る者がいないほどの竜であり、
過去、雷の華族と呼ばれるヴォルゼクス家の当主でもあった。
そんなトルシアにとって、記憶の閲覧も消去も造作もないと言ってもいいだろう。
「ちなみに加減を間違えると、
相手の脳みそがウェルダンになるから注意してね」
「誰もやらん」
「私にできるのは雷魔法の模倣程度です」
「ってことは、洗脳魔法はトルシアだけが知ることになるな?」
「おや? 不満かい、ティル?」
「挑発には乗らねえぞ。
お前なら信用できるし、そもそも争う気がない」
そう返答されたトルシアは満足げに頷いた。
「そもそも、貴女の意見を覆せる者はいませんよ、トルシア。
この場で最も強き竜なのですから」
「いっそ調律者を代わってほしいものだ」
「めんどくさいからパス!」
ガルディアの提案をバッサリと切り捨てたトルシアは、
席を立ち、軽く伸びをしてから口を開く。
「じゃ、話は終わり?
小僧の件を片付けたいんだけど」
そう彼女が問うと、視線で確認を取り合い、全員がうなずいた。
「概ね終わっている」
「問題ありません」
「だがな不満は言わせろ!
観測者の報告を執行者の俺に回すな!
報告する相手は、調律者であるガルディアだろう!」
「美女に頼られて役得でしょ?」
「ティルヴェインにまとめてもらった方が、
会議がスムーズですので!」
観測者である女性陣の反撃に、
ガルディアがティルヴェインの肩を叩く。
「最終防波堤はお前だ。頼む」
トルシアは、肩を落とすティルヴェインから、
静かに様子を伺っていたレオリクスに視線を向ける。
「さて、待たせたね小僧」
「かまいません。
今の私が何を言っても進行を妨げるだけなので」
「じゃ、連れてくね!」
そう言って、トルシアはレオリクスを連れて会議室を後にした。




