78.竜族淑女たちの黒い笑み
竜の天秤の一人、レオリクスとの一件をエリオスさん達に報告すると、
竜皇リオネス様へ相談してくれるらしく、俺たちは別の客室で待つことになった。
一応、同じ組織のトルシアが細工を解除してくれたらしいが、
さすがに信用はできないと、エリオスさんが手配してくれたのだ。
話し合いのため別行動をとっていたエルシェも合流し、俺たちは用意された部屋へと入る。
――バタン。
扉が閉まった瞬間、エルシェが口を開いた。
「ではではぁ~、ことの経緯をお願いしますねぇ~?」
振り返った彼女は、穏やかな黒い笑みを浮かべている。
「えっと、エリオスさん達に報告したはずだけど……。
エルシェもそこに居たよね?」
俺がそう聞くと、エルシェは自分の頬に片手を添えて、
困ったような仕草をする。
「もちろんお聞きしましたよぉ~?
ですがぁ、私が聞きたいのはですねぇ~……」
そう言った瞬間、黒い笑みは禍々しい笑みへと進化し、
彼女の足元が凍り始める。
「セリィちゃんが受けたことについてなのですよぉ~」
確かにエリオスさん達への報告に、セリィのことは含まれていなかったが、
どうやらこの狂気メイドは、そこを詳しく知りたいらしい。
――――
「なるほど、なるほど〜。
そういうことがあったのですかぁ〜」
一通りの説明を終えるころには、
エルシェの表情から感情が消えていた。
完全な無表情なのに、言葉だけは間延びしているという、
もはやホラーシーンのように見えた。
「ヴァルグラディオ家はぁ、
私を怒らせるのがよほど好きなのですねぇ〜……」
「姉様、また殺気と冷気が漏れてますよ!?」
エルシェの座っている椅子が、また凍り始め、
セリィが慌てて指摘して止めていた。
「とりあえずはぁ、あの家の極秘情報を
拡散するところから始めましょうかねぇ〜」
少し考えるようなそぶりを見せたあと、エルシェが危ないことを口にする。
彼女はもともと単独行動を許された諜報員だったため、
持っている情報の価値は計り知れないだろう。
しかしそれを拡散するということは――。
「それは、エルシェが危険なんじゃないの?」
「確かにそうかもしれませんねぇ~。
ではぁ、トルシア様に拡散してもらいましょうぉ〜!」
さらりと別の意味で物騒な提案をする。
俺は今回の件でしか会ったことがないが、
間違いなく嬉々としてエルシェの提案に乗ると思う。
「あのロリコンの秘密なら問題ないでしょうからぁ〜」
「ロリコン?」
俺が思わず口にした疑問に、
シアとセリィの視線もエルシェに集中した。
そして――
エルシェの目が、本気で軽蔑する色に変わる。
「あのドクズはですねぇ。
当時400歳の……それも傷心中のヴェルちゃんに求婚したんですよ。
自分が竜皇国に残りたいがために」
その時のことを思い出したのだろう。
いつもの間延びした語尾は影を潜め、感情を一切排したような硬い声になる。
「エルシェ……詳しく聞かせてくれるかな?」
「いいですよね、姉さま?」
訂正。
シアとセリィの表情からも感情が消えていた。
≪あれ……? 俺とシアたちに温度差がありすぎるのは……。
気のせいじゃないよね≫
部屋の温度が数度下がったかのように錯覚するほどの、
濃密な殺気と怒気が充満している。
エルシェの話を聞いて怒りを感じるけど、
俺のものと、シアたちのものではあまりにも違い過ぎていた。
≪これが種族の違いなんだろうな……≫
はたして同じことを日本にいる家族にされたら、
俺も同じように怒れるだろうか。
エルシェは目を閉じ、一度深呼吸してから口を開いた。
「私もまだまだですねぇ~。
シンシア様もセリィちゃんも、落ち着きましょうかぁ~」
そう言われた二人も、感情が抑えられていないことに気が付き、深呼吸して落ち着かせようとする。
しかし、エルシェと違ってまだ完全に抑えきれていないみたいだ。
「ふふふ……淑女ならぁ、
ちゃんとコントロールできるようになりましょうねぇ~」
そう言ってエルシェは、
レオリクスの求婚について話し始めた。
その内容をまとめると――
新竜皇が即位する際、一定の年齢を過ぎた竜は、
前竜皇と共に隠居する決まりになっている。
その隠居先は、“久遠の竜都”と呼ばれ、
一度そこへ向かえば、許可なく竜皇国へ戻ることは許されない。
年齢の範囲に入っていたレオリクスは、
竜皇国に残るため、皇女であるヴェルミナさんへ求婚したそうだ。
「当時400歳のクール美少女に、
3200歳の老害がですよぉ~?
殺したくなるではないですかぁ~」
口調はいつものそれだが、その瞳には狂気の光しか宿していない。
しかし、その感情にも納得する。
だって、現代日本で例えるなら、
女子大生に40代中盤の男が求婚するようなものだろ。
≪好きあっているならともかく、そうじゃないなら特にさ≫
しかも、ヴェルミナさんの父、
竜皇リオネス様は当時2100歳だったそうだ。
さすがに自分の父より1000歳以上も
年上の相手からの求婚ってどうなのだろうか。
「確かにロリコンって言われても仕方ないな……」
厳密には違うのだろうけど、歳の差がありすぎるのは事実だ。
「どうしようセリィ……私、殺意が収まらない」
「わかります……が抑えましょう。
相手は執行者です」
そう言いながらも、二人の視線は鋭く、
握りしめた手の甲には白く血の気が引いていた。
そんな状況に、どうすることもできずエルシェに視線を向けると――。
彼女のシアとセリィを見る表情は、とても穏やかだった。
見た目は中学生ほどなのに、
そこにいるのは、間違いなく大人の女性に見える。
しかし、すぐにいつもの調子に戻り、
エルシェはパンパンと手を鳴らす。
「先代竜皇様が制裁しましたのでぇ、
シアちゃんもセリィちゃんもぉ、ヴェルちゃんには内緒ですよぉ~」
確かに、それなら掘り返さない方がいいだろう。
二人もなんとか、怒りを鎮められ始めているようだ。
≪竜族は、想像以上に繋がりを大切にするんだなぁ≫
そう思っていた時、ふと違和感が湧いた。
「あれ、シア……ちゃん?」
しばしの沈黙。
そして――
「エルシェー!」
さっきまでとは一転して、
感極まったシアがエルシェに飛びつこうとする。
しかし、すっと避けられてしまい――。
ドゴン!
「はうっ!?」
壁に見事な顔面ダイブをした。
普通なら心配するところなんだけど、
【天竜燐】のおかげで痛みはないと分かっている俺とセリィは苦笑する。
「酷いよエルシェ!どうして避けるの!?」
「あのまま飛びつかれてしまってはぁ、
竜妃様に怒られてしまいますからぁ~」
「お母さまに……?」
「もちろんご報告しますよぉ~♪」
「それはダメだよ!?」
「それよりもぉ、淑女らしくお座りになるのが先ではぁ~?」
そう言われたシアは、一瞬で竜皇女然とした雰囲気になり、
自分の席へと静かに座る。
「ユウト、先ほどは見苦しい姿をお見せしました。
ではエルシェ、今後について話し合いましょうか」
「おやおやぁ~。可愛いシアちゃんとのおしゃべりは終わりですかぁ~?」
「どうしたらいいの私!?」
そんなやり取りに、
俺とセリィは笑いを堪えきれず吹き出す。
シアはその様子にぷくぅっと頬を膨らませたが、
つられて笑い始めた。
そうして穏やかさを取り戻した部屋で、
俺たちは今後について話し合ったのだった。




