76.不穏を纏う来訪者
◆視点:悠斗◆
竜皇城の離れ――俺の部屋がある屋敷に到着したらしく、
竜車がゆっくりと減速し、やがて静止した。
御者が扉を開けてくれ、俺たちが降り立ったとき――
「ごめんユウト!
セリィと先に部屋で待ってて!」
「え!? シア様!?」
「急にどうしたんだよ……?」
シアがいきなりそんなことを言い出し、俺とセリィは揃って面食らってしまった。
「えっへっへ!
実はね、ユウトに見てほしいものがあるんだ!」
本人はとても楽しそうに目をキラキラさせているが、
シアの専属メイドであるセリィは、明らかに困惑していた。
俺も状況が飲み込めないまま立ち尽くしていると――
「それじゃあ、ちょっと行ってくるねぇ!」
そう言い残し、シアは敷地内の転移陣へ駆け出し、
俺たちが止める間もなく、その姿は光と一緒に消えてしまった。
「……行っちゃったね」
「……行ってしまいましたね」
残された俺はしばらく茫然としていたが、
隣でセリィがこめかみを押さえ、小さく息をついた。
「申し訳ありません、ユウト様。
これからは必ずシア様の腰に紐を巻き付けます」
黒い笑みを浮かべながら宣言するセリィの手には、
いつもの透明化する迷子紐が握られていた。
俺は苦笑しながら、今から追いかけようと提案したが、
彼女は静かに首を横に振る。
「もう追いつけないでしょう。
シア様はあれでとても足がお速いのです」
特に今は封印の調整のおかげか、
使えるスキルが増えているらしく、本気のセリィでも追いつけないらしい。
≪竜族だからなのか、シアが特殊だからなのか……。
どちらにしろ、俺が知る皇女とのギャップが凄まじい……≫
護衛兼専属メイドのエルシェが居ないので、
シアの護衛も兼ねているセリィとしては、頭が痛いだろう。
「仕方ありません……。
シア様のお言葉通り、先にユウト様のお部屋へ向かいましょう」
「いいの?」
「ヴェルミナ様からも、
ユウト様を優先するよう仰せつかっていますので」
そう、にこりと微笑んだあと、
彼女は再びシアが消えた転移陣をじっと見つめる。
「シア様には……しっかり反省していただきますが」
そう言ったセリィの表情は、同じ笑顔のはずなのに――
どこか黒いものを含んでいたが、俺はそっと視線を逸らすことにする。
≪……とりあえず、【思考伝達】で早く戻って来るように伝えておこうかな≫
そう思い連絡を取ろうとしたのだが――
「あれ?」
「どうかされましたか?」
屋敷の扉を開けたセリィが、
俺の様子に気づき声をかけてくれる。
「あ、うん……。【思考伝達】でシアに連絡を取ろうと思ったんだけど、
上手くいかなくてさ」
「上手くいかないですか……」
魂約スキルは、お互いの魂の回路を使うので、
そうそう妨害できないはずだ……。
「シアに何かあった?」
俺の問いに、セリィが少し考えるような表情をする。
「いえ、その可能性は薄いでしょう。
シア様に危害を加えられる存在なら、
竜皇様や竜妃様が、気づかないとは思えません」
恐らく封印の調整時による影響ではと言うセリィは、
後でヴェルミナさんに報告してくるそうだ。
それに、入れ違いの危険もあるので、
ひとまず待ち合わせしている俺の部屋へと向かうことにした。
――そして俺たちは気づかない。
「ふ~ん……。
あれがシンシアちゃんの魂約者ねぇ……」
空中に立つ人影がそう口にすると、
クスリと笑って姿を消す。
ほんの一瞬、紫電を残して……。
――――
「それにしても、シアは何を取りに行ったんだろう?」
「そうですね……私にも見当がつきません」
屋敷に入り、俺の借りている部屋へ向かいながら尋ねると、
セリィは少し考えてから首を横に振った。
「ですが……きっと、ユウト様に
“自分の大切なもの”をお見せしたいのではないでしょうか?」
竜族は大切なものを共有したがる性質があるらしい。
特に女性は、その傾向が強いのだとか。
「シアの大切なものか……なんか、こっちが照れるな」
「ふふ。
シア様はことのほか家族想いですから、
どなたかからの贈り物かもしれませんね」
クスクスと笑うセリィは、どこか楽しそうだ。
そのまま歩きながら、
俺とカイルの戦闘の話や、増え続ける面会依頼、今日の夜会について話題は移っていく。
「それにしても……。
この衣装って、ずっと着たままなんだよねぇ……」
【天竜燐】のおかげで怪我も汚れもないのだが、
汗まではどうにもならないので正直、シャワーを浴びたい。
「しきたりですからね……。
よろしければ、洗浄魔法を使用しましょうか?
不快感を軽減できますので!」
俺はその言葉に甘え、セリィに魔法を使用してもらう。
暖かな風が身体を包み、次いで涼風が駆け抜ける。
すると、服の着心地まで元通りになり、とても気分が軽くなった。
「ありがとう、セリィ」
「どういたしまして!」
満面の笑みで返され、俺も自然と笑ってしまう。
それから、他愛のない会話を続けながら歩いていると――
少し先にある部屋の扉が突然開き、誰かが出てきた。
「あれ? あそこって俺の部屋だよな?」
「……ユウト様、警戒を」
セリィの声が、一瞬で硬くなり、
彼女の纏う空気が一変したのを感じる。
俺も即座に【竜識眼】を発動し、周囲を探る。
≪反応は……三人。俺とセリィ、そしてあの男。
あと残りの反応はいつもの使用人たちだけ……外部侵入はなし。
でもエルシェみたいに、気配を消す手練れもいるから油断はできないな≫
俺は【見識】にも警戒を最大で維持させながら、
ゆっくりとこちらへ歩いてくる男を見る。
――そして。
何事もなかったかのように、俺たちの横を通り過ぎていった。
「待ちなさい!」
あまりの自然さに、反応するのが遅れてしまったが、
慌てて振り返ったセリィが鋭く男を制止する。
しかし、紳士服に黒のロングコートを着た男は足を止めない。
≪は? 俺の部屋から出てきて、その住人をガン無視?≫
するとセリィはいつの間にか投げナイフを手にし、
男に殺気と威圧を向ける。
「最終警告です」
さすがに今度は反応し、
男はゆっくりと振り返った。
少し赤みがかった白金の髪と橙色の瞳。
二十代半ばほどに見える男が、俺たちを“石ころ”を見るような視線を向けてきた。
「その容姿……ヴァルグラディオ家ゆかりですね。
誰の許可を得て、その部屋へ侵入したのですか?」
そうセリィが問い詰めても、男は答えない。
ただ――俺を値踏みするように見つめるだけだった。
「ほう……その男が今代の勇者か」
「答えなさい!」
語気を強めて言うセリィに、男は小さく肩をすくめて見せた。
「騒がしいのは好まんのだがな」
そう言った男は一歩、こちらへ歩み出る。
「名を聞かせてもらえるか?」
「……まずはご自身から――っ!?」
次の瞬間。
とてつもない重圧が降りかかった。
「私はそこの“勇者”に聞いている。
小娘ごときが分を弁えろ」
さらに増す威圧に、セリィが片膝をついた。
額には滝のような汗が流れ、息をするのもやっとの様子だ。
≪なんだコイツ……カイルどころじゃない≫
闘技場で感じた威圧など比べるのも馬鹿らしくなる圧力に、
膝が折れそうになるのを必死にこらえる。
「人に名を聞くときは……
自分からって、教わらなかった?」
これは賭けだ。
この男が短気なら即死。
そして――
「ふむ……少しは骨があるのだな」
そう男が言った瞬間に、
先ほどまでの威圧が幻だったのかのように消えた。
すると隣で、バタンと音がする。
「セリィ!」
俺は急いで抱き起こして様子を見る。
威圧が急になくなったことで、気絶してしまったようだ。
「まったく大袈裟だな。
スキルも使っていないのだから、すぐに目を覚ます」
男は興味なさそうに言い放ち、俺を見下ろしながら
言葉を付け加えた。
「私の威圧は解いたのだ。
君も【覇気】を収めたらどうだ?」
その言葉で、無意識に【覇気】を全開にしていたのに気が付き、
男の言う通り収めた。
「広範囲に覇気を飛ばすとは未熟だな。
……いや、召喚されて日も浅いのだったか。
ならば仕方ないか」
一人で納得したように頷く男に、
先に仕掛けてきたのはお前だろうと、込み上げる怒りをぐっと堪える。
今は【覇気】を抑えているが、
少しでも刺激されれば爆発しそうだった。
そのとき――
「両者、そこまでです」
張りつめた空間に聞き慣れた声が響き、
俺と男は同時に意識をその主に向ける。
そこには、皇女としての威厳を纏った、シアが立っていた。




