7.秘密のお茶会と王族たちの願い
俺たちが近くの談話室に入ると、すでに別のメイドさんがお茶の準備をしてくれていた。
磨かれた木製のテーブルの上には白磁のポットと、湯気を立てるカップが並んでいる。窓から差し込む昼の光が銀のトレイに反射し、室内を柔らかく照らしていた。
どうやら、このメイドさんはエリオスさんたちが連れてきている専属の侍女らしい。
ちなみにここまで案内してくれたメイドさんの姿はもうなくなっていた。
……つまり、ここは完全に彼らの領分というわけだ。
俺たちはそれぞれソファーに腰を下ろす。分厚い背もたれが身体を優しく受け止め、思わず息が漏れた。
その正面、上座に当たる席に腰かけたエリオスさんが、いつもの柔らかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「さて、改めて自己紹介をさせてね。僕はエリオス。エリオス・ヴァルゼリオンだよ。一応、竜皇国ヴァルゼリオンの皇太子なんて肩書があるけど、普段通りに接してくれると嬉しいな!」
軽快な口調に場が和む。まるで友達に気軽に名乗っているだけのように聞こえるが、その肩書の重みを考えると背筋が伸びた。
「妾はヴェルミナ・ヴァルゼリオンじゃ。エリオスと、この馬鹿者の姉じゃな」
ヴェルミナさんが腕を組みながら、視線を隣に座る少女へと向ける。
「ば、馬鹿者はヒドイと思う! あ、私はシンシア・ヴァルゼリオンだよ! シアって呼んでほしいな! あなたは?」
ぱっと咲いた花のような笑顔を向けられて、俺は思わず言葉に詰まった。
……圧がすごい。目がキラキラしすぎて正面から見るのがつらい。
「あ、俺は霧島悠斗と言います。ええと、悠斗が名前で霧島が苗字です」
「ユウトって呼んでいい?」
「え? あ、はい……」
勢いに押されて頷いてしまった。
するとその瞬間、彼女はぱぁっとさらに輝きを増したように笑った。
……太陽のような笑顔ってこういくことを言うんだろうな。
結局、みんなが俺のことを「ユウト」と呼ぶことになった。日本式のように苗字で呼び合うのは、関係があまり深くない貴族同士くらいなものだそうだ。
そうして一息ついたところで、コンコン、と扉がノックされる。
「どうやら来たみたいだね」
エリオスさんが「どうぞ」と声を掛けると、扉が開き、どこかで見たことのある男性が「失礼します」と入ってきた。
「待っていたよ、ユリウス!」
「いきなりのことで心臓が止まるかと思いましたよ、エリオス様」
やり取りの軽さからして、どうやらかなり親しい間柄らしい。
エリオスさんが俺に向き直り、紹介してくれる。
「ユウト、こちらはユリウス・セレディア。ここセレディア王国の第一皇子で、王太子をしている僕の友人だよ!」
「エリオス様にそう言ってもらえると嬉しいですね! 初めまして勇者様。私のことはユリウスとお呼びください!」
エリオス様たちご兄弟は、竜皇国への留学時代にとてもお世話になったんですよ!
丁寧な所作で手を差し伸べながら俺にエリオスさんとの関係を簡単に教えてくれた。
俺は慌てて立ち上がり、その手を握り返した。
「え、えっと……霧島悠斗です。ユウトと呼んでください」
「ユウトさんですね!」
ユリウスさんは後光が差したように眩しい笑顔を浮かべた。
やばい、なんだこの人。金糸のように光る髪と、空をそのまま閉じ込めたみたいな澄んだ瞳。あまりの輝きに、見ているだけで目がくらみそうになる。
……対面して数秒で悟った。俺、この人に勝てる要素ゼロだわ。
――――
「やぁ~、ユリウスが来てくれて助かったよ!」
「エリオス様。もうこんなことはこれっきりにしてくださいね」
笑顔で言うエリオスさんに、ユリウスさんは苦笑いをしながら答える。
「そうだね、気を付けるよ……ね、シア?」
「は、はいお兄さま! これからはちゃんと淑女らしくします!」
エリオスさんはそう言って黒い笑顔でシンシアさんに視線を向けると、彼女はピシッと接辞を伸ばして答えたのだが――
「無理じゃろうな」
「お姉さま!? ひどい!」
と、ヴェルミナさんがばっさり切り捨て、それに抗議するシンシアさんを無視してユリウスさんに視線を向けた。
「ユリウスよ、すまぬがここに防音の結界を張らせてもらうぞ?」
「ええ、かまいませんが……」
無視なの!?ねぇ、お姉さま!と抗議するも、少し静かにしてようね、と言うエリオスさんの言葉にショボーンと落ち込む彼女は可愛い小動物か何かなのかと思ってしまう。
それはユリウスさんも同じだったらしく「アハハ」と笑っていたが、少しすると表情を引き締めていた。
「かなり込み入った話なんですね?」
「そうじゃ。お主たちにとっても深刻な問題じゃからな。あらかじめ王の耳に入れてほしい」
ヴェルミナさんが重々しく告げる。
「だけど、それ以外の人たちには俺から話すから秘密で頼むよ」
とエリオスさんが続ける。
「分かりました。それで……ユウト様のことについてですよね?」
ユリウスさんの言葉に、ヴェルミナさんはうむとうなずいてから俺を見る。
あれ?俺なんかいけないことしたか?
いや、マナーとか知らないから何が失礼になったのか分かんないんだけど……とビクビクしていたのだが――
「その前に、ユウトよ」
突然名を呼ばれ、俺はビクッと肩を震わせた。
「妾はお主と同じ勇者に会ったことがあってな。ここに居る者たちよりも、お主たちの事情には詳しい。じゃから、そう緊張せずともよい。言葉遣いについても何かあれば妾がフォローしてやるから、普段通りに喋ってもらっても構わぬよ」
と、ヴェルミナさん優しそうな視線で俺を見た。
≪み、見透かされてるぅぅーーー!!≫
と、内心で叫んでいたのだが、エリオスさんが続けて
「そうだね。いきなりは難しいと思うけど、ここは非公式の場だから口調を崩しても何もないよ」
ね、ユリウス?と言って彼を見た。
振られた彼も「ええ、その通りですね!」と、笑顔で同意を示してくれる
やわらかなやり取りが続き、少しだけ肩の力が抜けた気がする。
と言うか、王族の皆さんイケメン過ぎない!
「それにね!」
シアが突然身を乗り出し、力強く拳を握る。
「何かあれば私がユウトを守るから安心してね!」
「え~と……」
……いや、どう見ても同い年にしか見えない見た目の彼女に言われたら反応に困るんだけど。
でも彼女は皇女様なので、何かあったらすぐに助けを求めよう!
チキン?こんな右も左も分からない場所なうえ、権力者が大勢いるのに虚勢を張っても美味しく調理されるだけだろ?
そんな心情を知ってか知らずか、彼女は私がユウトを守る!と意気込んでいた。
しかし――
「さて、盛り上がってるところ悪いがシアは少し静かにしておれ」
「え?」
「ユウトのことを話すのからな。お主に暴走されると話がややこしくなる」
こちらとしてもまだやることが多いからね。
と言うエリオスに彼女は不満顔だ。
「えぇ~、でもぉ~……」
「もし騒いだら、ここから追い出すぞ?」
「静かにしてます!」
「うむ、良い娘じゃ!」
さらに抗議を続けようとする彼女に、ヴェルミナさんの追い出すという言葉ですぐに口をつぐんだ。
そのあと褒められたシアは「えへへ」と笑い、ハッ!となって口を押さえたのだが。
……足はそわそわしていて、すでに落ち着きゼロである。不安だ。
しかしエリオスさんはそんな妹を見て小さく微笑み、俺へと向き直った。
「さて、どこから話したものかな」
「まずはユウトたちをこの世界に呼んだ目的を話した方がよかろう」
「そうだね。国王からも話があると思うから、ここでは簡単に説明しようか」
「では、それは私が請け負いましょう」
ユリウスさんがすっと手をかるく挙げた。その顔は、王太子としての威厳を纏ったものに変わっていた。
「お願いするよ!」
エリオスさんが頷き、場の視線が一斉にユリウスさんへと集まる。
俺は、胸の奥がどくんと鳴るのを感じた。――ついに、本題だ。
――――
◇勇者召喚をした理由とヴァルグランデの歴史◇
この世界――ヴァルグランデでは、かつて二度にわたって魔族との大戦がありました。
最初の戦では魔族が優勢に立ち、人間たちは不利な条件で停戦を受け入れるしかなかったのです。
しかしその後、飢饉や奴隷狩りなどの深刻な問題が各地で広がり……ついには人の側から再び戦火を起こすことになりました。
その時、神より異世界召喚の術が授けられ、五人の勇者が呼び出されたのです。
彼らは強く、賢く、そして誰よりも優しい方々でした。
その力と導きによって、人間たちは失われた領土を取り戻し、さらにもともとの三分の一もの魔族の土地を奪うに至りました。
最終的に魔族側が降伏することで、奴隷制度は廃され、両者は平等の立場で新たな協定を結ぶこともでき、その時に奪った魔族の土地も返還しました。
その協議を見届けたのが、第一次戦争では中立を保っていた龍族です。彼らの監視のもとで協定は守られ、五百年の時が流れました。
けれども、恨みというものはそう容易には消えません。
五百年の歳月を経てもなお、寿命の長い種族の中には戦争の怨嗟を抱き続ける者も多く、龍族の監視が解かれるや、再び対立の芽が顔を出したのです。
現在は、大きく三つの勢力に分かれています。
「再び戦を望む対立派」、
「二度と同じ惨禍を繰り返すまいとする共存派」、
そして「どちらにも与せず、今が安らかであればよいと願う中立派」。
今回の召喚は、共存派の願いから成されたものです。
勇者様の皆さんには旗頭として立ち、共に未来を築く希望の象徴となっていただきたい
……そのように我らは考えているのですよ




