65.氷結と太陽、強者たちの片鱗
※本話は一部残酷な描写を含みます。
◆視点:悠斗◆
「自業自得とは言え、マジでご愁傷さまだな……。同情なんてしないけど!」
「本当にそう思いますが、見過ごせば、きっと後が怖いですよ?」
「やめてくれない? 本当にエルシェのしごきってシャレにならないんだよ?」
「知っています。周囲の警戒は私が行いますので、ユウト様は観戦に集中してください」
「セリィは見なくていいの?」
「もちろん、ちゃんと見ますよ!」
俺とセリィが、今の状況にはまったく似つかわしくない空気感で話していると、
こちらへ向かってくるカイルの炎の熱気が伝わり、自然とこの会話も途切れる。
≪まだ十五メートルは離れてるのに、この熱気……本当に双竜家って規格外だな≫
今回はレオンもエルシェを本気で警戒しているのか、
怒り狂った金髪を止める気配はなさそうだ。
だが、その警戒も、実力差がありすぎれば意味をなさない――そんな光景を、俺は初めて目撃する。
今、扱えるスキルも竜力もすべて動員し、エルシェたちの動きを追う準備はできていた。
それでも、“気づけば”彼女はまたカイルのいた場所に立っており、
代わりに同じ壁からドゴォォーーンという轟音が訓練場に響いた。
「セリィ……見えた?」
「まったくです。おそらく特殊な足運びによるものかと……」
どうやらレオンにも見えていなかったらしく、
慌てて振り返ってカイルが吹き飛んだ先を確認したあと、
再びエルシェへ視線を戻し、睨みつける。
「エルシェリア殿!? これ以上はやりすぎです!」
そう叫んでも、彼女はまるで聞こえていないかのように視線を向けようともしない。
次の瞬間、先ほどよりもさらに早く、
カイルが埋もれている場所が爆風で吹き飛び、金色の炎が噴き上がった。
「あれ? 今度は気絶しなかったのか?」
「おそらく、あらかじめ障壁を張っていたのでしょう」
どうやら、あれだけ激情していても、わずかに理性は残っていたらしい。
見えないエルシェの攻撃を警戒し、対策をとっていたのだろう。
「テメェ……一度ならず二度までも、
親族だからって決闘の邪魔をするとはどういうつもりだ!?」
そう吼えるカイルに、エルシェはクスクスと笑うだけで答えない。
その態度にしびれを切らしたのか、
今度は金色の炎をまとって勢いよく突っ込んできた。
しかし――
「はっ……?」
そんな声が、俺の強化された聴力に届く。
高速で駆けていたカイルの脚が、唐突に砕け散り、
まとっていた炎は、まるで最初から存在しなかったかのように消えた。
「ぐわっ!?」
両脚を膝のあたりから失ったカイルは、
その勢いのまま、まるでコメディのように顔面から滑り込み、
エルシェが作り出した氷の壁に激突して止まった。
砕けた脚部は、凍りついているように見えた。
「変わった方ですねぇ~。
自分の足を犠牲にしてまで、そんなみっともない姿をさらすとはぁ~……」
呆れたようにそう言いながら、
エルシェは倒れたカイルの傍まで歩み寄り、見下ろした。
その瞬間――キィーン、という硬質な音が響く。
「エルシェリア殿!?」
レオンが剣で斬りかかるが、
彼女は視線すら向けず、閉じた扇子から生やした氷のツララで受け止めていた。
そして初めて、エルシェはレオンに視線を向け、驚いたように口を開く。
「これはこれはぁ、驚きましたぁ~……。
今のカカシは、動けるのですねぇ~!
ですがぁ、需要はあるのでしょうかぁ~……?」
そう言ったエルシェはレオンの耳元へ顔を寄せ、小声で何かをささやくと、
彼は青ざめた顔のまま、大きく距離を取るように飛びのく。
そして警戒はそのままに、しばらく考え込むような素振りを見せた後、
剣を鞘に納め、静観する構えを取った。
「なにを言ったのでしょうか……?」
「さ、さぁ……なんだろうね……」
セリィには聞こえなかったらしいが、
俺の強化された聴力は、その言葉を聞き逃さなかった。
『せっかくカカシとして扱ってあげているのです。
この意味すら分からないなら……』
その言葉を思い出し、俺は思わず身震いする。
≪こっわ……。しかも、普段の間延びした口調じゃないのが余計に怖いんだけど!?≫
絶対にこの狂気じみたメイドを怒らせまいと、心に固く誓いながら、
再びエルシェたちに意識を集中させる。
するとカイルが吼える。
「テメェ……こんなことして、ただで済むと思ってんのか!?」
だがエルシェは、困ったような表情を浮かべながらも、
その瞳だけはどこまでも冷たい。
「あらあらぁ~、どうしたのでしょうかぁ~?
ピーチクパーチク、小鳥みたいな真似をしてぇ……。
ダメですよぉ? あなたはぁ、薄汚れたトカゲなのですからぁ……」
「な!? 誰がトカゲだーー!?」
怒りに任せて立ち上がろうとするが、脚がないためその場に崩れ落ちる。
「クソが……脚が再生しねぇ……」
カイルは凍った足を自身の金炎で溶かし、再生を試みる。
だが、回復する兆しはなく、彼はエルシェを睨みつけながら言い放つ。
「相変わらず悪趣味な幻術を使いやがって! 芸がねえな!」
だがエルシェは扇子を開いて口元に当て、
より一層、蔑むような視線を向けた。
「まあまあ~……これだからトカゲもどきは嫌いなのですよぉ~……。
“幻術と現実”の区別がつかないのですからぁ~……」
「は? 何を言って……?」
答えぬまま、エルシェは片手をカイルへ向ける。
――明らかに、とどめを刺す構えだ。
そう感じた俺とセリィが、慌てて止めようとした瞬間――
「そこまでにしてもらおうか!」
突如、空から凄まじい威圧感を伴った声が降ってきた。
上空を見ると、
カイルより赤みを帯びた太陽を思わせる金髪と、同色の翼を持つ竜人が、
こちらを見下ろしていた。
「アウグスト様……」
レオンの呟きを聞き、セリィに確認すると、
どうやらカイルの兄で、ヴァルグラディオ家の次期当主らしい。
「おやおやぁ~、アウグスト様ではありませんかぁ~!
なにか御用でも~?」
エルシェの問いに応じるように、
アウグストは乱入してきた自分を見て一歩下がったエルシェと、
カイルとの間に降り立った。
「エルシェリアよ。
愚弟が悪いことをしたのは分かっている。
だが、ここまでで収めてもらおうか」
「あらあらぁ~……。
そこの薄汚れて醜いトカゲもどきを、永眠させたいだけなのですよぉ~?」
まるで愚弟など知らぬかのように言うエルシェに、
アウグストの瞳が細まり、威圧感が増す。
「それは看過できん話だな」
「ではぁ~、どうなさるのでしょうかぁ~?」
二人から放たれる凄まじい威圧感に、
俺は必死に意識を保ち続ける。
セリィも同様らしく、滝のような汗をかきながら耐えていた。
その時間が、一分だったのか……十分だったのか……。
どれほど続いたのか分からない、張り詰めた沈黙が――
ドガーン!!?
突如、金色の爆炎が渦のように立ち上り、
カイルを中心に燃え上がったかと思うと、すぐに掻き消えた。
直後――
「ぐあああ――――!!?」
というカイルの悲鳴が響く。
見ると、両脚の氷は解け、再生しているものの、
今度は右肩が凍りついていた。
氷の針のようなものが突き刺さり、
そこから凍結が広がっているようで、
肩を押さえる手すら、凍り始めている。
その様子を真剣に観察していたエルシェは、
やがて元の穏やかな笑顔に戻り、アウグストを見上げる。
「あらあらぁ~……さすがはアウグスト様ですねぇ~!」
「お前には言われたくないな」
俺たちには何が起きたのかは分からない。
だが、二人の一瞬の攻防に、決着がついたことだけは理解できた。
クスクスと笑いながら、エルシェはアウグストに背を向け、こちらへ歩いてくる。
途中で、
「今回はぁ、これくらいで許してあげますがぁ~、
次はどうなっちゃうのか、楽しみにしてますねぇ~!」
と言い残す。
アウグストは静かに、「肝に銘じておこう」と答えた。
こうして、濃密すぎる騒動は幕を閉じ、
俺たちはエルシェと共に訓練場を後にするのだった。




