63.譲れない思いと、蹂躙される現実
キンキンキン――
金属同士がぶつかる硬質な音とともに、
セリィがカイルに向けて投げたナイフは弾かれ、地面に落ちる。
俺は音の発生源に視線を向けると、
カイルの筆頭護衛騎士――
レオンがいつの間にか剣を抜き、あの金髪野郎を守るように立っていた。
「セリーネ殿。貴方の気持ちも分からないではない……。
しかし、これはやりすぎだ」
レオンはセリィをたしなめるように言ったあと、今度は俺に顔を向ける。
「ユウト殿も落ち着いてください。
このままでは、双竜家と皇族との溝が広がりかねません」
そう言われて、俺はようやく気づいた。
視界の左端に見識録、右上にはこの場所のマップが表示されている。
おそらく感情に反応して【竜識眼】が発動したのだろう。
だが、先にケンカを売ってきたのは向こうだ。
解除する気にはなれない。
「カイル様……戦ってください」
「セリーネ殿!?」
静かに告げたセリィに、レオンは慌てて止めようとするが、
「ほお~?」と、にやついたカイルが割って入る。
「いいだろう。そこの寄生虫は腰抜けみたいだからな!」
「ユウト様は腰抜けではありません。
これは、親族を侮辱された私の戦いです」
「なんとでも言えよ。
どうせ、自分の下僕すらまともに守れん虫けらだ!」
その言葉で、場の空気がさらに冷え込む。
セリィは俺を振り返り、困ったように「申し訳ありません」と頭を下げた。
「気にしないで。
セリィは何も悪くないし、家族を馬鹿にされれば誰だって怒るよ」
「ありがとうございます、ユウト様!」
そんなやり取りを見ていたレオンも諦めたのか、
「こうなっては致し方ありません」と審判役を引き受けると名乗り出た。
「ユウト殿は危険ですので、あちらの皇族席へと移動をお願いします。
護衛にはこのミーゴを付けますので、ご安心ください」
そう言ったレオンは、ミーゴと呼ばれたもう一人の護衛騎士に、
「失礼のないようにな」と釘を刺す。
「わかってますよぉ~!」
軽い調子でそう返したミーゴが、俺の前に出てくる。
「そんじゃま……え~っと、何て名前でしたっけ?
まあ逆玉さんでいっか! ほら、ついてきてください!」
「おい、ミーゴ!」とレオンがとがめるも、
「いいじゃないですか! 本当のことなんですし!」と聞く耳を持たない。
≪いや、本当のことだけども……さすがに失礼すぎるだろ≫
そう思っていると、セリィがミーゴに向かって声をかける。
「その言動については、我が家から抗議文を送らせていただきます。
また、第二皇女殿下にも報告しますので、同様に抗議文が送られるでしょう」
セリィから「覚悟しておきなさい」と
言い放たれたミーゴは一瞬たじろぐが、すぐに持ち直す。
「人から借りた力で粋がる虫けらに、
本当のことを言って何が悪いんですか?」
とセリィに向かって反論するが、レオンが割って入り「早くお連れしろ!」と命じると、
ミーゴは不機嫌さを隠さず、「ほら行きますよ!」と俺を皇族席へ案内し始めた。
歩き出す途中、振り返ると、
セリィに謝罪するレオンと、ふんぞり返るカイルの姿が見えた。
――――
ミーゴに案内され、俺は個室付きの豪華な皇族席に座らされた。
上質な素材で作られているのか、驚くほどフカフカで座り心地がいい。
そんな俺に対して、
「この逆玉風情が……」
と、隣に立つミーゴが聞こえるように呟く。
≪いや……さっき注意されてたのに、まだ言うのかよ……≫
どうやらこのミーゴという騎士は、相当に陰険らしい。
彼が席に座らず立ったままなのは、
ここが皇族専用の席で、身分の低い者が座ることは不敬に当たるからだ。
ミーゴは今は護衛として同行しているので特別扱いだが、
座れば処罰対象になるらしく、下手をすれば殺されてもおかしくないという。
≪一応皇族扱いだし、勇者で賓客でもあるんだけどな……俺……≫
まあいいかと思いつつ、気を取り直してセリィたちの方を見ると、
ちょうど戦闘が始まるところだった。
俺は心の中で【見識】に問いかけると――
「……マジかよ……」
あまりの結果に、思わず声が漏れた。
ミーゴが怪訝そうな目を向けてくるが、それどころではない。
【見識】によると、セリィの戦闘勝率はゼロ。
――勝利の可能性は存在しない。
≪冗談だろ!? あのイケメン、そんなに強いのか!?≫
無意識にカイルへ鑑定を使おうとしたが、
【見識】から「確実に気づかれる」と警告され、思いとどまる。
そんな俺を見て、ミーゴが「なに気持ち悪い顔してんですか?」などと言ってくる。
深呼吸して心を落ち着かせようとした、その瞬間――
ドガァン!!!
爆発音が響き、広場中央から巨大な土煙が立ち上る。
そこから飛び出したセリィが、
氷のナイフや鉄のナイフを次々に投擲する。
しかし――
「ハッ! さっきまでなめた口きいておいて、この程度かぁ!?」
金色の炎がすべてを焼き尽くすように奔流となって迫る。
セリィは紙一重でかわすが、そこにはすでにカイルが待ち構えており――。
蹴撃。
ドガン!?という轟音とともに、セリィの身体が吹き飛ぶ。
≪俺と義孝が戦ったときとは、レベルが違いすぎる……≫
打撃も、魔法も――すべての次元が違う。
地面に叩きつけられたセリィを、
カイルはまるでボールのように蹴り上げる。
さらに金色の炎が追撃する。
セリィは咄嗟に【竜化】し、背に翼を生やしてギリギリで回避した。
以前見たとき、竜化率は50%台だったはずだ。
あの火力なら、回避できなければ即死だっただろう。
「冗談だろ……これ、模擬戦だぞ……」
俺の呟きに、ミーゴが反応する。
「はぁ~、これだから虫けらは……。
いいっすか? 竜にとって戦闘は娯楽みたいなもんっすけど、
命を落としたら、そこまでなんすよ?」
ミーゴは俺を嘲るように見下ろしていた。
「いや……娯楽なら、ここまで……」
言い終える前に、
ズガァァン!!
轟音とともに土煙が晴れ、
そこには――
「ハッ! 力の差も分からねぇ混ざり者は、これだからなぁ!」
ぐったりと倒れるセリィの背中を踏みつけるカイルの姿があった。
そしてミーゴが呆れたように言い放つ。
「バカっすねぇ~アンタ。
カイル様が本気出すわけないじゃないっすかぁ!」
……だが、その声は俺の耳に入らなかった。
セリィを踏みつけている。
それだけで、十分だった。
俺の中で、何かが切れるのには……。
瞬間――
「ひっ!?」と、隣から悲鳴が上がる。
見ると、ミーゴが青ざめていた。
≪……なんだ?≫
俺は、さっきまで粋がっていたこのクズに鑑定をかける。
――鑑定結果――
名前:ミーゴ・ズーク
種族:竜(中級)
状態:畏怖(97%)/恐怖(98%)/錯乱(92%)
魔力量:C(残量95%)
竜力量:D(残量98%)
魔力適性:火
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〔通常スキル〕
<戦闘系スキル>
剣術Lv3/体術Lv2
<機動・補助スキル>
疾走Lv2
────────────────────
〔竜族系スキル〕
竜燐Lv2(物理・魔法耐性)
竜力Lv1(属性特効・スキル強化・耐性強化・竜装具現化)
〔未覚醒スキル〕
竜眼/竜化
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[備考]
マスターの【覇気】スキルに当てられ、畏怖および恐怖を発現。
見下してはならない相手だと理解し、錯乱しているようです。
――。
鑑定結果を見た俺は、
「……なんだ。ただのゴミクズか」
と、心の声が漏れてしまった。
だがミーゴは怒りもせず、喚きもせず、
ただ恐怖の表情を浮かべて立ち尽くしている。
完全に戦意喪失しているようだ。
≪ラノベなら失禁してそうだよな……≫
そんなどうでもいいことが頭によぎるが、
実際にやられたら困るので、その思考は切り捨てる。
すると、広場から声が届いてきた。
「落ち着いてください、ユウト殿!?
カイル様もです!
このままでは皇族との抗争になりかねません!」
「ああ!? ケンカ売ってきたのはあっちだろうが!?」
「だとしても、状況が良くありません!」
客席まで届くほどのやり取りが続く中――
「おやおやぁ~?
これはどういう状況でしょうかぁ~?」
間延びした声が、俺の隣から聞こえた。
「エルシェ?」
気づけば、いつの間にかエルシェが隣に立っていて、
訓練場の中心――カイルの方をじっと見つめていた。
だが、俺の声に気づいたのか、ふっと笑顔を向けてくる。
「今度はぁ、スキルの練習もしましょうねぇ~弟君!」
そんなエルシェの言葉に『そんなこと言ってる場合か!?』という
不満が顔に出かけたが、すぐに霧散した。
この笑顔には、温かさがない。
どこまでも冷たく、暗い。
その雰囲気に当てられ、荒れていた心が次第に静まっていく。
「申し訳ありませんがぁ、少し離れますねぇ~」
「あ、あぁ……ごめん。冷静さを欠いてた……」
俺の言葉に、手すりの上にひょいと飛び乗ったエルシェが振り返ると、
きょとんとした表情を浮かべ、クスクスと笑う。
そうしてすぐに訓練場へと飛び降り、
セリィたちのいる場所へと歩いていくのだった。




