61.加護の中の陰キャ!?水面下に潜む気配!
シアに問われ、左後ろにいたエルシェは俺の隣へ歩み寄り、
理由を口にする前に、ヴェルミナさんへ視線を向けた。
「そうですねぇ~、まずヴェルちゃんにお聞きしますがぁ~、
私に教えていただいたぁ、シンシア様の状態と変わりませんかぁ~?」
そう問いかけられ、ヴェルミナさんは「変わっておらんな」と短く答える。
するとエルシェは目を閉じて「ふむふむぅ~」と考える素振りを見せたあと、
再びシアへ視線を向けた。
「ではではぁ~、今の特訓内容をお話ししないとですねぇ~」
そう言って、これまでの特訓内容を説明し始め――。
話を聞き終えた瞬間、使用人を含めこの場の全員がポカーンとした表情になった。
しばらくして状況を理解したエリオスさん、ヴェルミナさん、セリィの三人は頭を抱え、
使用人たちは俺に憐れみの視線を向けてきた。
≪まあ、エルシェの強さと性格をみんな知ってるみたいだし、
実際、模擬戦は特訓というには過酷だからなぁ……≫
猫に遊ばれるネズミの気分に――いや、やめおこう。
どうせ、今日の特訓は昨日よりもレベルが上がるのだから……。
ちなみに、シアだけは目をキラキラさせながらエルシェの話を聞いていた。
だが、
「なのでぇ~、弟君に攻撃のできないシンシア様では、不向きなのですよぉ~」
とエルシェが締めくくった瞬間、シアの表情は一転して絶望に染まる。
≪いやシアさん?
少し前はあんなに真剣な顔してたのに、
エルシェの話を聞き始めた途端、ワクワクした表情になって、
どうして今はそんなに落ち込んでるの?≫
あれだけ楽しそうに俺の特訓の話を聞いていたのに、
参加できないと分かった瞬間、ここまで露骨に沈むとは……。
≪たぶん、エルシェの意見が正しかったって納得したんだろうけど、
俺にはシアが参加できない理由にピンとこないんだよなぁ……≫
シアは紛れもなくチートだが皇女なので、
俺と同じ地獄のようなしごきを周りが許さないだろう……。
まあ彼女の場合、【天竜燐】が強固過ぎて、
特訓にならないだろうけど、今回は俺が相手をしてもらう側だ。
≪たぶんシアに施された“封印”に関係してるんだろうけど、それ以外はさっぱりだ……≫
俺は、落ち込みながら朝食をとるシアの様子を見ていると、
先ほどまで頭を抱えていたエリオスさんたちが我に返ったようで、
エルシェへと鋭い視線を向ける。
「さて……君にお願いしたユウトの特訓内容とは、
だいぶ違うように思えるんだけど……」
そう言って、エリオスさんはエルシェに威圧を向けながら問いかけた。
どうやら彼が依頼していた特訓内容は――
・竜力の循環とコントロール
・竜識眼の使用に慣れる
・基礎体力の強化
・基本的な戦闘方法
・スキル全般の理解と扱い
これらを重点的に行う、というものだったらしい。
≪確かに……あの模擬戦とは天と地の差だよな……≫
だが当の本人はどこ吹く風――
どころか、なぜ責められているのか理解できない様子で答える。
「私はぁ、ちゃんとその内容に沿って教えていましたよぉ~」
「どこが!?」
エリオスさんが語気を強めて指摘する。
そこへ、ヴェルミナさんが呆れたように問いかけてきた。
「お主……模擬戦なら手っ取り早くすべて教えられて、
なおかつ楽しそうだ、とでも思っておらんじゃろうな?」
ジトっとした視線を向けられたエルシェは、
「さすがヴェルちゃんですねぇ~♪」と楽しそうに答えた。
≪やっぱり確信犯だったか、この鬼畜メイド……≫
まあ、ここまで見ていれば、
だろうなぁとは思っていたけど。
しかも、この愉快犯の恐ろしいところは――
「エリオス様の目的とぉ、私の娯楽などを踏まえて考えましたぁ~」
「君の娯楽が大多数を占めているように感じるのは?」
「誤解ですよぉ~」
エリオスさんが不満に満ちた視線を受けても、
エルシェはまったく気にした様子がない。
二人のやり取りを見ていたヴェルミナさんが、
何かを察したように「やめよ、二人とも……」と制止に入った。
場の視線が、自然と彼女へ集まる。
「エリオスよ……。
エルシェの話した内容を、お主はどう捉える?」
「そう言われても、ただの好奇心……。
いや、そうか……」
エリオスさんは途中で言葉を区切り、
エルシェへと真剣な視線を向ける。
「君の行動の目的……いや、その“理由”を教えてくれるかい?」
問われたエルシェは、
「ふむふむぅ~、潮時ですかねぇ~」と呟き、
いつもの軽い笑顔を引っ込め、珍しく真面目な表情になった。
「理由はぁ、二つの単純なものですぅ~」
間延びした口調はそのままに、言葉を続ける。
「一つはぁ、シアちゃんの魂約者様ですからねぇ~」
「えっと……つまり?」
自分の話なのに状況がまったく掴めず、
思わずそう口にしてしまった。
だが、その答えは俺には返ってこなかった。
代わりに、エリオスさんたちの納得した声だけが響く。
「なるほどね……」
「予想はしておったが、存外早く動いたのぉ……」
「仕方ありません……あの方々も双竜家……隠し通せるものではありませんから……」
さらにシアが問いかける。
「エルシェ? あの人たちは、何回くらい接触してきたの?」
「まだ数回ですねぇ~」
エリオスさん、ヴェルミナさん、セリィ、シア。
全員が理解しているような会話をしている。
……俺だけを置いて。
≪よし! 分からないことは、分かってる人に丸投げしよう!≫
自分のことなのに完全に蚊帳の外だが、
水面下で不穏な動きがあると分かっている状況で、
積極的に首を突っ込みたい奴なんていないだろう。
俺なら安全が確保されるまで、
籠の中の鳥……いや、加護の中に引きこもる!
ニート万歳!
≪下手に動いて事故るくらいなら、
できる人に任せた方がうまくいくって、世の常だよな≫
協力プレイ重視のオンラインゲームだと思うことにして、
素人プレイヤーの俺は、
古参プレイヤーたちの動きを乱さないことを最優先しようと心に決めた。
≪適材適所って便利な言葉もあるし、
時期が来たらエリオスさんたちが教えてくれるだろう≫
仮に何かの理由で教えてくれなかったとしても、
シアやセリィ、エルシェあたりが、きっと教えてくれそうだ。
≪他力本願? 今の俺にピッタリな言葉だよな!
石橋を叩いて、誰かが渡ったあとに渡れば問題なしだ!≫
……と、そんなことを考えていたら、
いつの間にか話し合いは終わっていたらしく、
皆が心配そうな表情で俺を見ていた。
「どうかしたの、ユウト?」
「体調が優れませんか?」
「なにか懸念があるなら、遠慮することはないぞ?」
「皆さ~ん!
覚悟を決めたぁ、弟君の邪魔をしちゃだめですよぉ~」
「いや、どんな覚悟を決めたって言うんだい……?」
シア、セリィ、ヴェルミナさんが順に俺を気遣い、
エルシェが俺の心を読んだかのようなことを言い、
それにエリオスさんがツッコミを入れていた。
どうやら俺の沈黙は、
何か深く考え込んでいるように見えたらしく、
みんなを心配させてしまったようだ。
「い、いえ……大丈夫です!」と、俺は慌てて答える。
それでも、シアはまだ心配そうに俺を見つめていた。
「ユウト、無理してない?」
正直に、
「面倒ごとは全部丸投げして引きこもろうとしてました」
なんて言えるわけがないので、
俺は安心させるように笑顔を作った。
……というより、
エルシェの読心術の精度が上がっている気がするのが一番怖い。
今は、考えないことにしよう。




