6.残念美少女ふたたび!
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「さて、そろそろ本題に入ろうか」
お兄さまがそう言うと、お姉さまが腕を組み真剣な表情になる。
「問題が多すぎじゃしのう」
「うぅ……ごめんなさい」
今回はほんとに、お姉さまとお兄さまに迷惑ばかりかけてしまった。肩身が狭いよ……。
「別に過ぎてしまったことだからね。気にしないでとは言わないけど、次は気をつけなきゃダメだよ」
「はい……」
お兄様の言葉に小さくうなずいたところで、話題は切り替わった。
「それで各国の王達は何と?」
「うん、まずこちらで問題を整理してから、明日に説明と謝罪をすることになったよ」
「ほう、明日まで待ってくれるのか」
二人のやり取りを聞きながらも、私は内心そわそわしていた。
「……で、シア? どうしてあんなことを?」
「えっと……ごめんなさい。わかんないの。あの人を見た瞬間、気がついたら飛び出してて」
「ふむ。別にそう難しいことではない。単なる一目惚れじゃよ」
「え〜っ!? それだけじゃ説明がつかないんだけど!」
一目ぼれなんてしたことない私でも、そんな風に言うお姉さまに抗議したい気持ちでいっぱいになる。
だって胸が苦しいのに苦しくなくて、切ない気持ちになのに幸せなんだよ?
不思議が多すぎてパニック状態である。
けれどそんな私をよそにお姉様は、しれっと言い切った。
「まあ確かにそうじゃのう。じゃが事実じゃよ。何しろ妾がシアを納めた時には、すでに魂約まで済ませとった。一方的にじゃがな」
「……魂約!?」
前へ乗り出したお兄様が驚愕して叫ぶ。
「やめてよ、二人とも! 恥ずかしすぎるんだから!」
顔が真っ赤になる。魂との契約――そんな重大なこと、どうして了承なく勝手にしちゃったのかな私……。
そんな私を見たお兄さまはため息をついたあと座り直し、お姉さまとの話を再開する。
「普通そこまでするの? しかも一方的にって……?」
と、お兄さまがここまで取り乱しているのは初めて見るかも……。
「まあ妾も驚いたがな。おそらくじゃが、魂の波長がとてつもなく合っていたのじゃろう」
「な、なるほど? ……納得できないけど、このままだと話が進まないし……」
私が照れ笑いを浮かべると、二人は同時に「はぁ〜」と深いため息をついた。
――余計に面倒なことになっちゃった。でも、魂約は簡単に解消できないし……。
「ていうか、よくできたよね? 勇者だからなのかな?」
「さぁのう。気になるが今は置いておけ」
「そうだね。次の話をしよう」
お兄様が真顔に戻る。
「シアが魂約をしたという事実は、各国の王達に報告した方がいいと思う」
「それは同感じゃな。仮にも竜族の姫が魂の契約をしたのじゃ、十分に連れ帰る理由になるじゃろう」
「えっ!? あの人と一緒に帰れるの!?」
思わず身を乗り出してしまった。
「それしかない。なにせあの男にはシアの力がその身に流されておる。このまま放置すればアヤツも周囲も危うい」
「それに本人にも説明して、無闇に使わないよう注意させないといけないね」
≪――ってことは、あの人と一緒に……!≫
「じゃあ私、あの人に伝えて、連れてくるね! きっとその方が話しやすいし!」
「ちょっ!? 待つんじゃシア!!」
そんな静止の声はもう私には届いていない。
だってお姉さまたちの許可が下りて、またあの人に会えるんだもん!
居てもたってもいられるわけない!
「……あの馬鹿者は」
「すごいね、恋は盲目って言うけど、ここまで手がつけられなくなるとは」
「悠長なこと言ってる場合か! さっさと追うぞ!」
お兄様とお姉様の声を背に、私はただひたすらあの人の元へ走っていた。
そしてあの人の部屋の前で待機していた制止を振り切り扉を勢いよく開け――
「会いたかったよぉ~~~!!!」
両手を広げ、全力で私の運命の人に飛び込む。
「うわっ、またこの展開かぁぁぁ!!!」
――――
◆視点:悠斗◆
と、飛びついてきたのは――召喚の間で散々騒動を巻き起こした原因その人。そう、“残念美少女”だった!
勢いそのままに突っ込んできて、俺の頭をその胸にぐいっと埋め込む。
「ねぇねぇ! 聞いて聞いて!! 私と一緒に帰れるんだって! 私もう幸せなの!! もうね、もうね!」
「むぐっ!?」
……いや、息できないんですけど!?
ふかふかの柔らかさに包まれるといった、そういうのを楽しむ余裕はまったくない。
≪だから俺は天国だけでいいんだってば!死神が鎌をもって歩み寄って来る幻聴まで聞こえて来たぞ!!≫
そう思いながら必死にジタバタ手足を動かす俺だが、まったく解放される気配がない。そして――
――ドゴン!
鈍い衝撃音が響き渡った。
「お、おぉ〜……」
俺がかろうじて顔を上げると、残念美少女の頭にお姉さんの鉄拳が突き刺さっていた。
髪がふわりと揺れ、当の本人は俺の前で頭をおさえうずくまっている。
「少しは落ち着かんか馬鹿者! 大切な婿殿を殺したいのか!?」
声は凛と響き、しかし有無を言わせぬ迫力を帯びていた。
「え!? 嘘やだ! 死んじゃわないよね!? 大丈夫だよね!?」
「し、死なないから……少し落ち着いて……」
俺は念願の酸素を取り込むのに必死になりながら答える。
肺の奥に生の源が行き渡るたび、なんとも言えない安堵が広がる。……が、束の間だった。
次の瞬間、彼女は俺の両肩を掴み、今度は前後に激しく揺さぶってきたのだ。
「本当!? ねぇ本当なの!? 大丈夫なの!? 死なないの!?」
いや、今死ぬって! 視界がぐらんぐらん揺れる。床も天井も交互に見えるんだけど!? これ完全に首飛ぶやつだろ!?
「だから落ち着かんか!」
――ドゴンッ!!バキンッ!!
再び拳骨。残念美少女は「ひぃん」と情けない声を上げ、ふたたび頭を抱えて床にしゃがみ込んだ。
「お、お姉様? 同じところはね……ダメだと思うの……」
涙目で震える彼女を見下ろしながら、俺はただ呆然とする。助けるべきか、関わらない方がいいのか、判断がつかない。
……いや、正直どっちでも危険な気しかしない。
「え、えっと~……」
俺がオロオロしていると、苦笑混じりの柔らかな声が割って入った。
「あはは、ごめんね。僕の兄妹が迷惑かけてさ」
銀髪の青年――お兄さんが軽やかに歩み寄ってくる。その口調は穏やかで笑顔すら浮かべていたが、纏う空気はなぜか底冷えするように黒い。
妹を庇うようでもなく、姉を制するようでもなく、ただ静かに二人を見ているだけなのに、背筋が凍る。
「エリオス、妾は迷惑などかけておらぬぞ」
「わ、私も迷惑かけてないよ!」
姉妹が同時に抗議の声を上げるが、エリオスと呼ばれた彼はすっと片手を挙げた。その仕草だけで空気がぴたりと凍りつく。
「とりあえず僕が話すから、二人は静かにしてね?」
にっこりとした笑顔。だが俺の背筋を這い上がるのは冷たい恐怖だった。いやこれ絶対、怒らせちゃいけないタイプだろ……!
エリオスさんが、すっと俺へ視線を向けた。
「さて、突然押しかけてしまってすまないね。君もゆっくり心の整理をしたかっただろうけど、こちらにも事情があるんだ」
「はぁ……ところであなた達は?」
俺が恐る恐る尋ねると、エリオスさんは「あぁ、そっか」と小さく呟き、やや間の抜けたように笑った。
「そうだよね、君は知らなくて当然だ。……あはは、失念してたよ」
こめかみをかく仕草とともに、彼は「何度も失礼なことをしてしまったね」と頭を下げる。
その丁寧さに、俺は少しだけ好感を抱いた。……でも思った。
ここの王族っぽい人たち、やたら謝ってばかりで大丈夫なのか?
いや、ぽいじゃないな。廊下から「皇女様」とか聞こえてきてたし、確定なんだけどさ。
「まずは自己紹介からだけど……シア、今度また同じことしたらそろそろ僕も怒るからね?」
エリオスさんの声が落ち着いているのに、背筋にぞわりと悪寒が走る。呼ばれたシア――残念美少女は勢いよくコクコクと頷き、お姉さんの手を両手で包み込んでいて、その手のひらから発生しいるのか、淡い光が彼女たちの手を優しく包んでいるように見える。
……あれって、魔法か? でも何のために?
何も知らない俺には判断できないが、なんとなく優しい光だなぁと思う。
エリオスさんは気を取り直したように、再び俺へ向き直る。
「さて、せっかくだ。一緒にお茶でもどうかな? 君の今後について話したいんだ」
「俺の……今後ですか?」
「うん。詳しく話すと長くなるからね」
自分の今後ついてと言われたら断るという選択肢はない。
俺たちは外でなぜかオロオロしていたメイドさんに案内してもらって談話室に向かうのだった
そう言えばここ俺の寝室だったね……恥ずかし!




