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巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった  作者: ノラクラ
第二部 強者尊ぶ竜皇国-ヴァルゼリオン

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58.鬼畜教官の飴と鞭?胃袋を掴まれた陰キャは逃げられない!

毒付き氷ナイフの弾幕が、訓練場の内周を走る俺に襲いかかる中、

エルシェの間の抜けた声が響く。


『ではではぁ~、エルシェお姉さんのぉ、

 ドキハラ講義を始めますよぉ~♪』


「そう思うなら、ナイフを投げるのをやめてくれませんかね、お姉さん!?」


こんな心臓に悪い講義なんて求めていない、という気持ちが伝わったのか、

ナイフの飛来する速度が落ちた。


……が、その代わりに緩急をつけられ、

今まで直接狙ってきたナイフがわざと足元などへ投げられ、

転ばせにくるようなトリッキーさを加えてきやがった。


≪こんの……鬼畜ロリメイド!?≫


そんな心の内で叫んだ文句には、ナイフの速度を上げるという形で返ってくる。


『ちゃんとぉ~、聞く気がありますかぁ~?』


「聞く気があるから、もっと手加減してくれませんかね!?」


『弟君はぁ、わがままですねぇ~……』


という呆れたような声とともに、速度もトリッキーさも少しだけ落ちた。

……が、やめる気はまったくないらしい。


これ以上考えると、ろくなことにならないと悟り、

俺は諦めてエルシェの声に集中することにした。


『ではではぁ~、言った通りにしてくださいねぇ~』


そう言われ、俺は言葉を聞き逃すまいと神経を研ぎ澄ませる。


まず、【竜力循環】を、スキルに頼らず自分の意思で行う。

そして体の中心――へその上あたりに集め、限界まで凝縮させる。


≪これ、絶対に逃走しながらやることじゃないだろ……≫


そう思いながらも、限界まで凝縮できたので、

一気に解き放った。


すると――


バリバリバリッ!


暗い青紫の雷のようなものが、俺の周囲から激しく迸った。

正確には俺の竜力なのだが、見た目も音も雷そっくりで、

中二心が毎回くすぐられてしまうのは仕方ない。


『これが弟君の竜力ですかぁ~……』


感心したような声が耳に届く。


エルシェは演技ではなく、本当に驚いているのだろう。

さっきまで飛んできていたナイフが止まっているのが、その証拠だ。


だが、俺はそれどころではない。


「エルシェ! この後どうすればいいんだ?」


そう問いかけると、

『ふむふむぅ~……』という声のあと、

「これはこれはぁ~……」という声が――背後から聞こえた。


「うわっ!?」


驚いて振り返ると、

エルシェは袖で口元を隠しながら、楽しそうにクスクスと笑っている。


「頼むから、驚かせないでくれないか……?」

「お姉さんメイドの特権ですのでぇ~♪」

「そんな特権あるか!?」


そうツッコミを入れても、エルシェは態度を改める気はなさそうで、

ただでさえ疲れているのに、これ以上労力を割きたくないと俺は早々に諦める。


「それで、毒はどうなったんだ?」

「大丈夫ですぉ~。完全に消失してますからぁ~!」


「よくできましたねぇ~!」と彼女は言い、

その表情は、どこか温かさを帯びていた。


≪こういう顔をするけど……

 本心なのか演技なのか、ほんと分からないんだよなぁ……≫


どうやら、エルシェが言っていた“剥がす”というのは、

スキルを解除することではなく、

放出した竜力で害のあるものを“除去する”という意味だったらしい。


≪ヒヤヒヤするから、説明くらいしてほしいよ。まったく……≫


その後、「ちょうどいい時間だから」と昼食を提案され、

疲れ切っていた俺は素直に頷き、

訓練場の休憩室へと一緒に向かうのだった。



――――



「げ、幻術だったの!?」


休憩室に戻った俺に、

昼食の準備をしながらエルシェが衝撃の事実を告げてきた。


実際は、幻術と薬品を併用したもので、

ナイフには焦げ臭い匂いのする薬品を付着させていたらしい。


「当たり前じゃないですかぁ~。

 もし本物の毒だったらぁ、

 私がたくさんの方々に怒られちゃいますよぉ~」


どうやら彼女は、ヴェルミナさんたち――

というより、主にシアに怒られないギリギリのラインを攻めて、

特訓内容を調整していたらしい。


≪毒は幻術でも、ナイフ自体はガチだから、

 スパルタなのは変わらないんだけどな……≫


そう考えていると、食事の準備が整い、

エルシェは俺の向かいの席に腰を下ろした。


彼女も一緒に食事をとるらしい。


正直、セリィのように給仕に専念されるより、

こうして同席してくれた方が、ゆっくり食事を楽しめるから助かる。


「ではではぁ~、冷めないうちに食べましょうかぁ~」

「そうだね。じゃあ……」


俺たちはそろって手を合わせ――


「「いただきます(ますぅ~)!」」


と食べ始め、すぐに――


「うんまっ!?」


俺の声が、静かな休憩室に響いた。


「おやおやぁ~。

 そんなに喜んでいただけるとぉ、

 頑張ったかいがありますねぇ~♪」


嬉しそうに俺を見るエルシェに、少しだけ気恥ずかしさを覚えるが――

毒毒クッキーの件を思い出し、

俺はすぐに不審な視線を向けた。


「あらあらぁ~……。

 もしかして、まだ根に持ってるんですかぁ~?

 私の特製クッキーの件~」


「あれはマジで衝撃的だったからな」


「心配いりませんよぉ~。

 今回は、ちゃんと体にいいものですからぁ~!」


どうやらこの料理は、

消化吸収がよく、疲労回復に生命力と竜力の循環、

血行促進などさまざまな効果があり、

極めつけは就寝時間に合わせて睡眠の補助までしてくれるらしい。


「就寝前には特製の紅茶もご用意しますからぁ、

 明日の朝には、今日の疲れは残りませんよぉ~!」


「……飴と鞭がお上手なことで」


半ば呆れつつも、俺は素直に食事を楽しんでいた。

……が、もちろんこれで終わるわけがない。


「そうそうぉ~、午後の練習はぁ、

 私との模擬戦ですよぉ~♪」


和やかな昼食の席に、とんでもない爆弾が投下された。


「……はい?」


思わず、間の抜けた声が漏れる。


「も、模擬戦って……エルシェと?」

「今回はぁ【竜識眼】を全力で使って構いませんよぉ~」


「いや、そういう意味じゃなくて……」

「もちろん、使わなくても構いませんがぁ~。

 オススメはできませんねぇ~」


「だから、そういう問題じゃなくてさ!?」


ようやく俺の必死な訴えが伝わったのか、

エルシェはとびきり楽しそうな笑顔で、こう言った。


「大丈夫ですよぉ~。

 弟君の“今日の疲れ”は、明日に引きずりませんからぁ~♪」


……やっぱりこの人、本当は少女の皮を被った悪魔なんだろう。

可愛らしい笑顔が、邪悪なものにしか見えなくなってくる。


それでも……どれだけ鬼畜でも、

俺が早く強くなれることに変わりはない。


「ほんと……飴と鞭の使い方、お上手なこって……」

「クスクス……お褒めにあずかり光栄ですねぇ~♪」


きっと俺は、これから何度も体験することになるだろう。

命の危険がない“死線”というやつを。


その直感が正しかったことを、

これからの特訓で嫌というほど思い知らされることになるのだった。



――――



「今日はお疲れ様でしたぁ~」


夜。

俺はベッドにうつ伏せになりながら、エルシェの声を聞いていた。

返事をするのも億劫で、正直今すぐにでも眠りたい。


「ほらほらぁ~、

 せっかくお姉さんのスペシャルブレンドを用意したのですよぉ~」


「今度は……どんな薬だよ……?」


そう言いながら、差し出された紅茶を受け取るため、

俺は起き上がってベッドに腰掛ける。


エルシェから渡された琥珀色の美しい紅茶からは、心がほどけるような香りが漂っていた。

それを見つめながら、今日一日を思い返す。


午後の模擬戦は、正直言ってガチでヤバかった。


午前中に散々投げられ、軽くトラウマになった毒ナイフが、

縦横無尽に飛び交う。


しかも比喩じゃない。

気づけば真下にしゃがみ込んだエルシェが、

満面の笑みでこちらを見上げながらナイフを投げてくるのだ。


小柄な彼女だからこそ入り込める死角からの攻撃は、

本当に生きた心地がしなかった。


毒は幻術だと分かっていても、焦げ臭い薬品の匂いは健在で、

午前中の悪夢を容赦なく思い出させてくる。


そのうえ、この鬼畜メイドのナイフは、

俺の【天竜燐】や【多重障壁】に普通に“刺さる”。


しかも、教えられた“竜力の解放”で早く消失させないと、

エルシェの体術が刺さったナイフを、さらに深く押し込んでくるのだから、

たまったものではない。


≪目に張った【多重障壁】にナイフが刺さったときなんて、

 嬉々として狙ってくるんだから……

 今日の悪夢は、きっとこれだろうな……≫


そんなことを考えながら、紅茶をひと口飲む。


「紅茶や料理は最高なんだよなぁ~」

「なにやらぁ、引っかかる言い方ですねぇ~」


少し不満げな顔をするエルシェが、

なぜだか少しだけ可愛く見えた。


……なんだかんだで、

俺はもう、彼女に心を許し始めているのかもしれない。

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