56.敵じゃなくて良かった!恐怖の専属メイド
◆視点:悠斗◆
「……と……お……くん……」
気持ちのいい眠りの底で、誰かの声が聞こえた。
同時に、頬をなにかでつつかれるような感触に、俺の意識は緩やかに浮上していく。
「ん~……」
そう声を漏らした次の瞬間、カーテンが開く、シャッという音とともに、
明るく温かな光が顔を照らし――
「眩しっ!?」
思わず叫び、手で目を覆う。
すると、セリィやシアとは違う聞き慣れない声が、上から降ってきた。
「弟君! 朝ですよぉ~!」
まぶしさに目が慣れ始めた俺は、ゆっくりと声のした方を見るとそこには……。
「なんで……アンタがここにいるんだ?」
昨日とは違い、紺色の生地の着物に、
シンプルなエプロン姿のエルシェリアが立っている。
着物には小さな雪の刺繍がちりばめられているようで、
エプロンの裾から覗いており、どこか上品さを感じさせる。
「さてさてぇ~、弟君!
リピート・アフター・ミー! エルシェ!」
「は、はい? どういうこと?」
いきなりのどこかぎこちない英語に戸惑っていると、エルシェリアは再び、
「リピート・アフター・ミー! エルシェ!」
と底冷えするような笑顔で繰り返してきた。
どうやら彼女は、俺に愛称で呼ばせたいらしい。
そういえば、昨日の別れ際にそう呼んでほしいと言われたことを思い出し、
おそらく呼ぶまで続くのだろうと察した俺は、
「……エルシェ」と小さく呼んだ。
すると彼女は満足そうに頷いたかと思うと、
パチン、と俺の額にデコピンをしてきた。
しかも――
「イッテェー!?」
「淑女に恥をかかせたのですからぁ、当然ですよぉ~?」
どうやら、愛称で呼ぶことを許したのにもかかわらず、
俺が彼女の名前すら呼ばなかったことにご立腹だったらしい。
エルシェリア――もとい、エルシェは、
自分でプンプンと言う擬音を口にしながら俺を睨んでいる。
「……悪かったよ。ところで、なんで朝からエルシェがここにいるんだ?」
「昨日言ったじゃないですかぁ~!
私がぁ、弟君の専属メイドさんだってぇ~!」
再度愛称で呼ぶと、一瞬満足そうな笑顔を見せた彼女だったが、
次の俺の質問に『忘れてたんですかぁ~?』、と言わんばかりのジト目で俺を見てきた。
≪やっぱり、セリィと姉妹なんだなぁ……≫
セリィも俺やシアの前では表情がコロコロ変わるが、
姉のエルシェはそれ以上で、正直演技だと思いつつも少し面白い。
「それにしてもぉ、弟君はなんと言いますかぁ~……」
「えっと、なに?」
彼女は「う~ん……う~ん……」と唸ったあと、
「すごく穏やかな頭ですねぇ~!」
「平和ボケしてて悪かったな!?」
どうやら、また呆れさせてしまったらしい。
「何が原因かぁ分からないという、顔をしてますよぉ~?」
「思考を読まないでくれません!?」
俺は反射的にツッコミを入れるが、エルシェは楽しそうに受け流すと、
「朝食ですのでぇ~、お着替えをお手伝いしますよぉ~♪」
と言ってきた。
もちろん恥ずかしいので着替えは断り、外で待っていてもらい、
身支度を手早く済ませ、エルシェと並んで食堂へ向かうことにした。
その途中、気になっていたことを尋ねてみる。
「ふむふむぅ~、弟君の頭についてですかぁ~……」
「俺が馬鹿みたいに聞こえるから、その言い方はやめような?」
「申し訳ありません~……。
その緩々な頭と言えばよかったですねぇ~!」
「よくないから!?」
朝からエルシェへのツッコミで精神を削られ、
正直げんなりしてきたが、彼女は満足したのか理由を語り始める。
「弟君はですねぇ~、
【天竜燐】を持っていることを、もっと知覚するべきですよぉ~?」
「……っ!?」
その言葉に、俺はハッとしてエルシェを見る。
≪確かに……【天竜燐】は自動発動しているのに、
エルシェのデコピンは普通に痛かった≫
しかも、当たった時の音も“普通”だった。
俺は続きを促すように黙って耳を傾ける。
「それほど難しい技術ではないのですよぉ~?
浸透させる衝撃に魔力を載せて、
内側から破裂させただけですからぁ~!」
「え? 何その達人技……」
昔、練り上げた氣でエルシェの言うようなことをするアニメを見たことがある。
≪まさか同じような技術があるってこと……?≫
この世界では、どうやらフィクションがフィクションじゃないらしい。
魔法があるなら、再現も容易なんだろうけど……。
「一応、補足するとですねぇ~。
【天竜燐】は突破しにくいだけでぇ、
抜く方法はそれなりにあるのですよぉ~」
エルシェが昨日、俺の椅子に仕込んだ毒針もその一つらしく、
詳細な仕組みを語り始めたエルシェに、俺は思わず黙り込んだ。
簡単に言えば、竜力に浸透する毒で、
今は無害になっているという話だった。
「私はぁ、暗殺などの任務も請け負うんですよぉ~!
その標的にはぁ、もちろん【天竜燐】を持つ相手も含まれますからぁ~!」
そう語るエルシェの瞳に、冷たい色はない。
それが逆に、ぞっとする感覚を覚えさせる。
「あ、あのさ……何度も聞くけど……」
思わず想像してしまった俺が言葉を濁すと、
彼女は「心配性ですねぇ~」と笑って続ける。
「あの毒は一時的にですがぁ~、
竜力を身体全体へと浸透・循環・調和させてぇ、
心身を活性化させるものなのですよぉ~」
地球で言えば、漢方に近いものらしい。
しかもこの毒は、エルシェの完全オリジナルで、
解毒できるのも彼女だけだという。
「なのでぇ~、
私を愛称で呼んでいただけるとぉ、
お仕事が減って助かるのですよぉ~♪」
つまり、エルシェと親しいと周囲に示せば、
彼女を敵に回したくない相手は、
俺に手を出さなくなる、ということらしい。
≪確かに……権力者って、
正面からだけじゃなく、暗殺とか普通にやりそうだしな……≫
しかも、そういう相手の多くは力の強い華族。
それ以外は、権力も武力もエルシェには及ばず、
圧倒的な諜報力によって、逆に吊るし上げられるのだとか。
≪どうやら、俺の専属メイドは、
最恐で、最狂で、最凶の三拍子が揃ってるってことね……≫
少女の皮を被った悪魔――
そう表現しても、過言ではないだろう。
そんな恐ろしいことを考えつつ、
俺は他にも気になったことを質問しながら食堂へ向かう。
意外と言うべきか、エルシェの説明はとても分かりやすく、
細かいことまで嫌な顔ひとつせず教えてくれた。
だが、その中でも一番の衝撃は――
「ちょっと待って!?
エルシェって、エリオスさんより年上なの!?」
「そうですよぉ~!」
ヴェルミナさんと一緒に、
五百年前の勇者たちと交流があったらしく、
ところどころ見え隠れする日本の空気は、勇者たちの影響なのだろう。
当時のエリオスさんは、生まれて十数年ほどで、
皇太子になる予定でもあったため、会うことは許されなかったという。
「ちなみにぃ、【見識】さ~ん?
私のプライバシーを守ってくれればぁ、
有力な情報をたくさんお渡ししますよぉ~!」
「なんでエルシェが、所有者を無視して
俺のスキルと交渉してるんだ!?」
俺のツッコミに、彼女は、
「気にしたら負けですよぉ~♪」
と、軽く流してくる。
しかし【見識】さんや……。
熟考するならともかく、即答で承諾するのはどうなんだ?
しかも俺が答える前にエルシェが――
「交渉成立ですねぇ~!」
とか言ってるんだけど……。
ツッコミを入れる気力すら失った俺は、
ようやく辿り着いた食堂の扉を開き、中へ入る。
せめて、この消耗した気力を、
朝の美味しい食事で癒すことにしよう。




