54.恐怖のエルシェリア?――毒に満ちた答え合わせ
「紅茶にもクッキーにも仕込むって……。
俺、なにかアンタの恨みを買ってたのか?」
そう問いかけると、対面のエルシェリアは
「あらあらぁ~……」と、頬に手を当てて困った表情をした。
「怖がらせすぎてしまいましたかぁ~?
大丈夫ですよぉ。殺す気でしたら、
とっくにこの部屋からお暇してますからぁ~」
そう言った彼女は出来の悪い弟を見るような目で続ける。
「それからぁ、勘違いしているようですがぁ~、
毒のありかは“全て”……ですよぉ~?」
「いや、だから俺が口にしたものに――」
言いかけた俺を遮るように、エルシェリアはクスクスと笑った。
「弟君の言う通り紅茶とクッキーはもちろんですがぁ、
私がこの部屋に入った時には“空気中”に、
弟君の死角に移動した際は、“弟君が座る椅子”に、毒針を仕込みましたぁ~」
淡々と、しかも楽しそうに語るエルシェリアに、背筋が冷える。
俺が使うティーカップに至っては、“持ち手・フチ・底”という徹底ぶりだ。
「……俺への殺意が、マシマシすぎてドン引きなんだけど」
カップルで来店した客へ、鬱憤を晴らすかのように
ニンニクを盛りまくる店長ですら、ここまではしないだろうレベルだ。
意味が分からなすぎて、例え話が完全に迷子になったが、気にしないことにした。
それよりも――。
≪これで殺す気がないって……一体、何が狙いなんだよ……≫
俺の考えを伝わったかのように、
エルシェリアは楽しそうに笑っていた。
すると――
――報告――
エルシェリアの発言内容について調査を開始。
結果、特に異常は――
――
そう【見識】が報告しようとした瞬間、
エルシェリアがすっと手を前に出し、またもや遮ってきた。
――まるで、俺の思考の流れを読んでいるかのように。
「エルシェリア……さっきからそうだけど、まさか……」
疑問を口にすると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「【見識】さんとのやり取りは聞こえていませんよぉ~?
私はただぁ、弟君の視線と表情、
それに竜力の流れを読んだだけですからぁ~」
「もう読心術レベルだろそれ!?」
……いや、驚くべきはそれだけじゃない。
≪どうしてエルシェリアが、
【見識】に“意思”があることを知ってるんだ?≫
その疑問をぶつけると、彼女はあっけらかんと答えた。
「隠れて見てましたからねぇ~♪」
……さらっと言っていい内容じゃない。
俺の訓練は周りに秘密にするため、皇族の訓練場を借りてたはずだ。
それは最上位に位置する華族で、双竜家の娘が知らないはずがない。
だがエルシェリアは、そんなの気にする様子もなく笑いながら――
「ヴェルちゃんやエリオス様くらいでは、私には気づけませんからぁ~♪」
とか言ってくる。
もちろん、ヴェルミナさんやエリオスさんが気づかないのだ。
シアやセリィでは気づけないだろうな。
≪……ヴェルちゃんって、ヴェルミナさんだよな?
愛称で呼ぶくらい仲がいいのか……?≫
そんな疑問を抱きつつ、俺は思考を切り替えた。
「つまり……だいたいのことは知っているってことか?」
「そうですねぇ~!」
「いつからいたんだよ……?」
「訓練場に来るのは分かってましたのでぇ~」
「先回りしてたってことか……」
思わず深くため息をつく。
エルシェリアの隠密性の高さにため息をこぼしつつ話を戻すことにした。
「それで毒の話だけど……。
アンタも影響を受けるんじゃないのか?」
解毒薬をあらかじめ飲んでいるのかと思ったが、
エルシェリアは不思議そうに首を傾げた。
「さっきから言ってるじゃないですかぁ~。
殺すつもりはないってぇ~」
彼女は「しつこい男性は嫌われてしまいますよぉ~」と
少し呆れた表情で着物の袖を口元に当て、毒について説明を始めた。
まとめると――
使用した毒は、
単体ではほとんど無害だが、
複数を組み合わせると、体内で強力な毒へと変質するもの、らしい。
≪言ってしまえば、食べ合わせが悪いと体調を崩すのと同じ感じか……?≫
今回の場合、
空気・肌・口――
それぞれ異なる経路で、八種類の毒を摂取させていたそうだ。
しかも極めつけは――
「このクッキーが“鍵”でしてぇ~。
一つ食べた程度では意味はありませんが、
二つ以上で、摂取した毒の効果を一気に高めてくれるんですよぉ~!」
そう言いながら、エルシェリアは
“毒毒クッキー”を一枚つまみ、平然と口に放り込んだ。
「……だから俺が二つ目を食べようとした時、止めたのか」
「もし食べていても、
弟君には効果は薄かったと思いますよぉ~」
彼女曰く、体内で循環している【竜力】には毒を分解する効果もあるらしく、
今回使用した程度の毒なら、猛烈な腹痛が1~2日間続くくらいみたいだ。
だがそれよりも――
≪組み合わせが重要なら、
常時発動の【天竜燐】に、
椅子の毒針は意味がないんじゃ……?≫
その疑問を察したのか、
エルシェリアは呆れたように肩をすくめた。
「弟君は、貰いものの力を過信しすぎですねぇ~……。
私の忠告、無意味でしたかぁ~?」
その言葉で、
初めて会った時の忠告が脳裏に蘇る。
――その身に流れる竜力。
蓄えられた知恵。
瞳に宿る意思。
それを自覚し、
知覚し、
行使なさい。
「……忘れてない。
でも、理解が足りてないのはわかったよ」
「おやおやぁ~?
素直ですねぇ~」
そう言うエルシェリアの視線は、どこか温かかったのだが……。
今回の件で、自分が置かれている状況を、
どれだけ軽く考えていたのか思い知らされた俺はそれに気づかなかった。
≪俺はシアの“魂約者”で、少し前までは平和な日本で生活をしてきたのに……。
強力な力をもらって浮かれすぎてたのかもしれないなぁ……≫
そんな風に考えこんでいたら、
エルシェリアがいつの間にか隣に座り、俺の頭をそっと撫でていた。
「……なんだよ、急に」
「可愛らしく思いましてぇ~」
その表情は、とても穏やかで温かい。
見た目は俺よりも年下のはずなのに、
頭を撫でられていると、
まるで年上の姉に甘やかされているようで――
不思議と、心が落ち着いていく。
「ゆるゆるですよぉ~?」
「全部台無しだよ!?」
エルシェリアは楽しそうにクスクスと笑い、話を続けた。
「大丈夫ですよぉ~。
私は弟君を、気に入りましたからぁ~♪」
「不穏なワードにしか聞こえないんだけど……?」
さっきまで毒を盛ってきた相手に
そう言われて安心できるわけがない。
そんな俺の反応を見て、なにが楽しいのかまたクスクスと笑うエルシェリアは、
すくっと椅子から立ち上がる。
「さてさてぇ~、そろそろお暇しましょうかぁ~」
「……何かあるのか?」
という質問に、彼女は鼻歌を歌いながら手際よくティーセットを片付け終えてから振り返る。
「明日のお楽しみと言うことでぇ~♪」
またもや不穏なことを言われて、
≪……今度は何をする気だよ≫と、そう思わずにはいられない。
彼女は俺に背を向けて扉の方に向かう――が、
ふと思い出したように振り返った。
「そうそうぉ、言い忘れてましたぁ~!」
反射的に、体が緊張する。
「私のことですがぁ、
“エルシェ”と呼んでくださいねぇ~!」
「……はい?」
予想外すぎて、間抜けな声が出た。
「明日からメイドさんとしてお仕えするんですよぉ~?
セリィちゃんは愛称なのにぃ、
私だけ仲間外れは寂しいじゃないですかぁ~……」
少し拗ねたような表情のエルシェリアに、
「いや、アンタを仲間外れにするも何も――」と俺が言い切る前に――
エルシェリアの指がそっと唇に当てられ遮られてしまった。
アイスブルーの瞳が、優しく細められる。
「アンタ、じゃなくてぇ~……
エルシェ、ですよぉ~♪」
そう言い残し、
彼女――エルシェは部屋を後にした。
「……何なんだよ、一体」
俺の心の呟きだけが、彼女の去った静かな部屋に溶けて消えていくのだった。




