53.警戒を緩めた代償?狂気メイドのおもてなし
◆視点:悠斗◆
――報告――
これにて、報告は以上になります。
また、マスターの要請を受託しました。
――
俺は借りている客室にある応接用の椅子に座り、
【竜識眼】――いや、【見識】との対話を終えたところだった。
予想通り、このスキルは明確な意思を持っている。
しかも……正直、俺よりもめちゃくちゃ優秀だった。
≪わかっていたことだけど、ちょっと――いや、かなりへこむ……。≫
なにしろ、知能面で自分のスキルに圧倒的な差を突きつけられ、
所有者の俺は喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら複雑な気持ちになっていた。
≪部下が優秀過ぎて、お飾り社長になっている人がいだく
最初の気持ちは絶対にこれだろうな……≫
もうスキルって考えるよりも、相棒とかって考えた方が心の平穏を保てるかもしれない。
≪それにしても、あっちの世界に【見識】があれば、
受験勉強で苦労せずに済んだだろうに……≫
そんな現実逃避じみたことを考えていると、
コンコンコン、と扉を叩く音がした。
直後、頭の中に【見識】の声が響く。
――警告――
気配を一切確認できません。
不穏因子と推定。
仮想敵として警戒を推奨します。
――
……は?
戸惑う間もなく、扉がガチャリと開きそちらに視線を向けると……。
新雪のような長い髪と、雪の模様があしらわれた着物姿の少女が立っていた。
セリィの姉、エルシェリアだ。
彼女は、警戒で固まっている俺を見て、
アイスブルーの瞳をぱちぱちと瞬かせている。
≪いや、なんで許可なく入ってきて、
こっちを不思議そうに見てるんだよ!?≫
内心で全力ツッコミを入れていると、
彼女は困ったように袖で口元を隠した。
「おやおやぁ~……困りましたねぇ~。
無反応だと、空気がどんどん重くなってしまいますよぉ~?」
「なんで俺が悪いみたいになってんだよ!?」
許可なく入室してきた張本人が、
さも被害者のような顔で言ってくるもんだから、
反射的にツッコミを入れてしまうが、エルシェリアは困った表情のままだ。
「弟君は短期ですねぇ~……。
ご飯はちゃんと食べないと大きくなれませんよ?」
「見た目が小学生のヤツに言われたくねぇよ!」
どうやら彼女は人をおちょくるのが好きなようで、クスクスと楽しそうに笑い始め
俺は呆れてため息を吐き、要件を聞くことにした。
「……それで、何しに来たんだ?」
「あ~、そうでしたぁ~。
実はですねぇ、今日から弟君のメイドさんになったので
ご挨拶に来ましたぁ~!」
「……はい?」
満面の笑みのエルシェリアとは対照的に、
俺の思考は完全に停止した。
疑問符だけが、頭の中を埋め尽くしていく。
≪……今なんて言った?
メイド? 今日から?≫
確かにエリオスさんは、
専属メイドを付けるとは言っていた。
でも、なんでよりにもよってエルシェリア……?
そう考えた瞬間、口が勝手に動いていた。
「チェンジで……」
次の瞬間、
今度はエルシェリアの方が固まった。
どうやら、これは想定していなかったのか演技をしているようには見えず、
綺麗なアイスブルーの瞳が、ぱちぱちと瞬いていた。
≪なんでアンタが驚くんだよ……?
……いや、それより≫
その反応がさっきまでと違っていて、
不覚にも可愛いと思ってしまう。
――が、すぐにエルシェリアの異常性を思い出し、
緩んだ警戒心を引き締め直す。
同時に、彼女は楽しげに呟いた。
「ふむふむ~……」
「仕方ありませんねぇ~。
では、少し弟君の警戒心を解いてあげましょう~!」
そう言うと、エルシェリアは当然のように椅子へ座り、
俺にも向かいに座るよう手招きする。
≪……借りてるとはいえ、一応は俺の部屋だよな?≫
あまりに自然な動作に、
一瞬、自分が客の立場なのか錯覚しそうになる。
しかも、いつの間にかティーカップに紅茶、
さらにはお菓子まで並んでいた。
≪アイテムボックス……だよな?
いつ出したんだ……?≫
疑問は尽きないが、
エルシェリアに「さぁさぁ~♪」と急かされ、
俺は渋々席に着いた。
「……で? 警戒心を解くって、どうするつもりだ?」
正直、こんなことで警戒が解けるほど甘くない。
しかも、さっきまで対話していたせいか、
【見識】の警戒する意思がはっきり伝わってくる。
だがエルシェリアは気にした様子もなく、
自分で用意したお菓子を口にし、
紅茶を飲んでから俺に勧めてきた。
呆れつつ、一口。
「……うまっ!?」
「あらあら~♪
そんなに喜んでいただけるとはぁ~」
クッキーはサクサクで、
控えめな甘さと香りが紅茶と完璧に合っている。
冗談抜きで、美味い。
「……これ、エルシェリアが作ったのか?」
「そうですよぉ~♪」
次に手を伸ばすと、手を軽く前に出したエルシェリアに止められた。
「なんで止めるんだ?」
「警戒心……ゆるゆるですよぉ~?」
図星を突かれ、俺は手を引っ込める。
「どうですかぁ~?
私をメイドさんにしてくれるならぁ、
これからも食べ放題ですよぉ~♪」
「くっ……確かに魅力的だけど……」
楽しそうに笑うエルシェリア。
「それにしても弟君は物好きですねぇ~……」
微笑みながらそう言った、彼女の瞳からは光が消え――
「そんなに私お手製の“毒毒クッキー”は、美味しかったですかぁ~?」
「……は?」
まったく予想してなかった言葉に、
一瞬、呼吸の仕方を忘れた。
――報告――
クッキー、紅茶、食器類すべてに毒反応は――。
――
俺が【見識】からの報告を受けていると、
唐突に「弟君?」とエルシェリアが呼び掛けてきた。
なんとなくだが、【見識】の報告を“遮られた”ような違和感を覚える。
≪いやいや、さすがに考えすぎだろ。エルシェリアが【見識】のことを知るはずのないんだし≫
そう自分に考え直した俺は、エルシェリアに視線を向けた。
「……なんだよ?」
「いえいえ~。
ここまで言っても気づけなかったようなのでぇ、
答えを教えてあげようかとぉ~」
その言葉を聞いた瞬間に俺の警戒心が、一気に跳ね上がる。
≪なんだ、この違和感……。
まるで“俺の思考の流れ”を読んでいるみたいじゃないか?≫
しかしエルシェリアは、
まるで些事のように紅茶を口にする。
「同じ物を食べてるんだろ?
どこに毒が入ってたんだよ」
「おやおやぁ~。
そんなに焦らなくても大丈夫ですよぉ~」
「……焦らすなよ」
毒が本当だとしたら、どこに仕込まれていたのか――
早く突き止めなきゃいけない。
≪……大丈夫だ。落ち着け俺!
さすがに解毒薬くらいは持ってるはずだ≫
不安と苛立ちが募っていくのがわかり、俺は何とか心を落ち着かせるように努める。
そんな俺を見て満足したようにエルシェリアは微笑むと、
彼女はとんでもない答えを口にした。
「どこか、と言われましてもぉ……
“すべて”としか言えませんねぇ~」
「……は?」
何度目かわからない衝撃に、
俺の思考が完全にフリーズした。
「だから言ったじゃないですかぁ~。
“警戒心……ゆるゆるですよぉ~”って♪」
柔らかな声とは裏腹に、
アイスブルーの瞳が冷気を宿す。
真冬の夜に、薄着で立たされているような――
そんな逃げ場のない寒さが体にまとわりつくのだった。




