52.取扱注意?狂気の側近に下されたメイド任務
◆視点:エリオス◆
「さてと……ユウトに付けるメイドだけど……どうしたものかな」
能力検証を終え、執務室に戻った僕は、
執務をしながら、これから来る最有力候補を待っている。
一応は他に数人の候補はいるけど、彼女以上の人物はいないので慎重に打診をするつもりだが……。
≪それ以上に取扱注意な人物だからなぁ……≫
有能すぎるがゆえに、“僕も含めて”誰も強く文句が言えない人物……。
そんな相手のことを考えていると、コンコンコン、と控えめなノック音が執務室に響いた。
同時に部屋が一気に張りつめるのを感じる。
≪さて……吉と出るか、凶と出るか≫
最有力候補が来たと悟り、内心の緊張を押し隠して入室を許可する。
「失礼しますぅ~、エリオスさまぁ~。
お呼びと聞きましたがぁ、どのようなご用件でしょう~?」
間延びした語尾。
おっとりとした口調と、少女のような容姿。
初対面なら、警戒心など簡単に溶かされるだろう。
――だが、この部屋にいる者たちは違う。
護衛も側近も、一斉に空気を張り詰めさせた。
彼女――エルシェリアは、それほどの危険人物であり、
そして今回の依頼に、最も適した存在だった。
「やぁエルシェリア。任務中に呼び戻して悪かったね」
「あらあら~。もう終盤でしたのでぇ~、問題ありませんよぉ~」
互いに穏やかな笑顔。
しかし、感情が一切読めないエルシェリアに、
僕はこの緊張感を隠せているだろうか不安になる。
≪長年の付き合いでも……本心がまるで読めないのが困りものだね≫
エルシェリアは僕の側近の一人で、つい先日まで諜報任務に就いていた。
だがユウトの件を受け、急遽戻ってもらったのだ。
「今日はお願いがあってね。……まずは紅茶でも飲みながら話そうか」
すでにユウトの存在を知り、興味を示していた彼女。
この依頼をどう受け取るのか――そう考えながら、僕は説明を始めた。
――――
僕の説明を聞き終えると、エルシェリアは紅茶を一口含み、
静かにカップをソーサーへ戻した。
「なるほどぉ~。未来の弟君の、メイドさんですかぁ~……」
ふむふむ~、と小さく頷きながら体を左右に揺らす。
皇太子の前で不敬と取られてもおかしくない仕草だが、
それを咎める者は、この場にいない。
≪本当に……彼女と相対するときは精神をすり減らすね≫
エルシェリアは僕の側近ではあるが、
一般的な意味での忠誠心は、ほとんど感じられない。
それどころか上司と部下という意識もなく、
むしろ仲のいい親戚の子どもを相手にしているような雰囲気すら感じられる。
だからこそ、彼女の扱いを知る者だけで対応しなければならない。
でなければ、面倒すぎることになる。
「エルシェリア。……もう答えは出ているんじゃないかい?」
そう問うと、彼女はきょとんと目を瞬かせ――
すぐに、意味深な微笑みを浮かべた。
「おやおやぁ~? 気づかれていましたかぁ~」
今度はわざとらしく肩を落とす。
「残念ですねぇ~……」
表情と態度で相手を油断させ、反応を引き出す。
たぶん彼女は抗議してきた相手を――“幻影の氷像”にする気だったのだろう。
そうやって彼女は、上下関係を肉体的にも精神的にも叩き込んでくるのだ。
「その癖……何とかならないかな?」
「なりませんねぇ~!」
軽く諫めても、聞く気はないらしい。
≪……このやり取りも、何度目だろうね≫
僕は小さく息を吐き、話を本題へ戻した。
「それで、どうかな?」
「もちろんお受けしますよぉ~。エリオス様のお願いでしたらぁ~」
予想外の即答に、少しあっけにとられるが、
この反応からして何かしらの条件があるのだろう。
「……何か条件でも?」
「服装は、私の自由でいいのであればぁ~!」
あまりに間の抜けた条件に、思わず笑ってしまう。
エルシェリアは、過去の勇者の影響なのか、仕事柄便利だからなのか……。
ことさらに着物を着たがる。
それは潜入任務でも変わることがなく、幻術を巧みに使い仕事をするほどだ。
「いいよ。服装は好きにしてくれて構わない」
「ありがとうございますぅ~!」
僕が他に条件はあるかと聞くと、
エルシェリアはそうですねぇといくつかの条件を出してきた。
どれも些細なものなので許可を出し、これから行ってもらう仕事内容について話し合っていく。
――――
「それでは、失礼しますねぇ~!」
親しい友人の家を出るかのような気安さで、
エルシェリアは執務室を後にした。
扉が閉まった瞬間、張り詰めていた空気が一気に緩み、
側近の一人が改めて紅茶を用意してくれる。
「お疲れ様でした、エリオス様」
「ああ、ありがとう」
どうやら、僕も相当緊張していたようで
手のひらを見ると、うっすらと汗が滲んでいた。
≪残りの仕事は紅茶を飲んでからにしようかな……≫
それはこの場の全員が同じだったらしく、
各々で紅茶を準備したり、引き出しにしまっていたお菓子を食べたりしていた。
「……今日の大仕事は、ひとまず終わりだね」
「ですが、本当によろしかったのですか?」
護衛の一人が、もっともな疑問を口にする。
エルシェリアに皇族への忠誠心がないことは、周知の事実だからだろう。
「だからこそ、彼女が適任なんだよ」
僕の答えに、意味が分からないというような表情をする護衛騎士。
それは他の側近たちも同じだったらしく、耳を傾けているのがわかる。
「彼女が近くにいれば、ユウトにちょっかいをかける者はいなくなるだろ?」
権力も立場も、彼女には通じない。
そんな彼女の機嫌を損ねれば、有力者は経済的にも精神的にも追い詰められるだろうし、
そこら辺の有象無象にいたっては、肉体的に潰されるだろう。
≪どうやらユウトは、相当エルシェリアに気に入られているみたいだからね。
僕の期待以上の結果を出してくれそうだ!≫
それでもユウトに――ひいては皇族に近づこうとする者は少なくない。
だが――
“エルシェリア・ヴァルティエル”がメイドとしてユウトの側にいると噂になれば?
「たったそれだけで、近づく愚か者は少なくなるだろう?」
僕の言葉に、側近たちは一斉に顔を引きつらせ、
なぜか静かに黙祷を捧げ始めた。
≪休憩中とはいえ、ここは執務室なんだけどね……。
そもそも、全員が紅茶とお菓子を楽しんでいる状況もおかしいんだけどさ≫
注意すべきか、気心の知れた関係を喜ぶべきか。
少し迷って――結局、何も言わないことにした。
「さて。愚か者に同情するのはこの辺りにしようか」
その一言で、全員がすぐに休憩をやめて仕事へ戻る。
僕も気持ちを切り替え、執務机へ向かった。
≪……僕もユウトに、黙祷を捧げておいた方がいいかもしれないね≫
これからエルシェリアに振り回されるであろう、
妹の魂約者を思い浮かべ、心の中でそっと手を合わせた。




