5.残念美少女ふたたび!陰キャの安息は長続きしない
俺はいま、あてがわれた客室にいた。
分厚いカーテンは重そうなのに光を柔らかく通し、窓辺には透けるようなレースが二重にかかっている。寝台は絹のようにすべすべしたシーツにふかふかの羽毛布団。大理石の床の上には、豪奢な模様が織り込まれた絨毯が一面に敷かれていた。壁にはよくわからないけど高そうな絵画や花瓶が飾られ、空気すら違う気がする。
どう見ても庶民の俺には不釣り合いな、異世界仕様のハイグレードルームだ。ベッドに体を投げ出して「ふぅ〜」と一息つきたいのに、逆に落ち着かない。シーツを汚そうものなら「弁償しろ」なんて言われかねない、そんな恐怖感が先に来る。陰キャ特有の被害妄想かもしれないけど。
だって怖いじゃん? ジュースでもこぼしたら「金貨十枚ね!あ、日本円だと100万円だからよろしくね!」って言われるかもしれないじゃん!?
いや、ここの貨幣価値はしらんけどさ……
しかもここ異世界だから、奴隷制度とか普通にありそうだし。「払えないなら働いて返せ」って鎖でつながれる未来が頭をよぎる。
「……まあ、あの王様ならそんなこと言わないだろうけどさ」
ぽつりと呟いた声は誰に届くこともなく、広すぎる部屋に溶けていった。
――あの後、国王から話を聞いたクラスメイトたちの反応は、実に様々だった。
まず赤城。さっきまで「誘拐だ!」と怒鳴り散らしていたのに、何かを思いついたのか口元をニヤリと歪めた。
「……向こうより好き勝手できそうだよな」
なんて呟きが聞こえた俺はゾッとした。完全に悪役フラグじゃねーか。漫画なら背景にドクロとか黒いオーラが出てるやつだ。けどその後は何かを考え込むように黙り込み、別人みたいに静かになった。……うん、赤城は赤城で勝手に生き残りそうだな。ラスボスの隣に立ってても違和感ない。
次に天条院。彼は目を閉じ、片手を口元にあてながら、まるで哲学者みたいに難しい顔をしていた。光の加減で横顔がやたらと絵になるのが腹立つ。やっぱりこういう時でも動じないのは、陽キャの王子様ポジションはが板についてるからか?
絶対に異世界チートもらって「救世の勇者」とか呼ばれるタイプだ。なんだかんだで男子グループは大丈夫そうに思えた。
問題なのは女子グループだよな。この先どうするか考える余裕なんてないだろう。
一番ショックを受けていたのは柊だった。
「会いたいよ……お父さん……お母さん……美鈴……」
そう言って泣き崩れる姿は、さすがに胸にくる。普段しっかり者で真面目な彼女が、子供みたいに嗚咽するのは見ていられなかった。羽里はそんな柊を必死に慰めていた。驚いたのは、羽里の目からは涙がこぼれていなかったことだ。
≪……きっと、柊が泣いてるから泣けなかったんだろうな≫
強がりなのか、責任感なのか。ともあれ彼女は冷静さを保っていた。柊に寄り添いながら、背中をさすって「大丈夫だよ」と何度も繰り返すその姿は、いつもの明るさとはまた違う強さを感じさせた。
国王は俺たちに気を遣ってくれたのか、「気持ちを整理する時間も必要だろう。今日はゆっくり休むとよい。」と告げて、その場は解散になった。
勇者召喚というからには、もっと切羽詰まった状況を想像していたけど、意外と余裕があるらしい。正直ありがたい。俺も心の整理が追いついていないし。
……というか。俺だってやり残したことが山ほどある。
特にゲーム。
小遣いをかき集め、深夜に公式ショップでポチった新作RPG。発売日まで毎日PVを見ては「神ゲー確定!」とわくわくしてたのに、まだチュートリアルも終わってない。
それに、課金しまくって育て上げたソシャゲの推しキャラたち。限定衣装を手に入れるためにお年玉をすべて突っ込み、天井までガチャ回したってのにさ。
あれらが全部、水の泡になったと思うと……。
≪くっそ! 思い出したら絶望してきたぞ……≫
布団に頭を突っ込み、バタバタと手足を動かして悶える俺。陰キャの絶望は、こうして地味に爆発する。誰にも見られてないのが救いだ。
ふと――家族の顔が脳裏をよぎった。
「父さん……母さん……じいちゃん。元気にしてるかなぁ」
だけど同時に思い出す。この世界に来た時点で、俺は向こうの人たちの記憶から消えている。誰も俺のことを思い出さない。存在の痕跡は、きれいさっぱり消えているのだ。
「……はぁ」
ため息が漏れる。しんみりするなってことは分かってるけど、心は勝手に沈んでいく。
「どうするかなぁ、これから……」
天井を見上げながらつぶやく。
「異世界だから魔法とかスキルがあるだろしなぁ。そっちに熱中すれば、余計なことを考えずに済むかもな」
俺がそんなことを言った直後だった。
――外がやけに騒がしい。
「皇女様! こ、困ります!!」
「お願い! とっても大切な話があるの!!」
「いえ、そんなことを言われましても!」
「大丈夫! 国王様からちゃんと許可取るから!」
「許可を取られていないのですか!? って、あ! 皇女様!!」
……あれ? この声、聞き覚えがある。
俺はがばっと起き上がる。
「今度はなんだよ……」と呟いた瞬間――。
――ドンッ!
木製の扉が勢いよく開かれた。俺の目の前に飛び込んできたのは、桃色がかった銀髪をなびかせる“残念美少女”。
「会いたかったよぉ~~~!!!」
両手を広げ、全力疾走で突撃してくるその姿に、俺は反射的に叫んだ。
「うわっ、またこの展開かぁぁぁ!!!」
◆シンシアの視点◆
あぁ〜、なんでかな! なんでかな!?
胸の奥から湧き上がるこの気持ちが、ぜんぜん収まらない。心臓が暴れて、息が苦しいのに、全然嫌じゃない。むしろ幸せで怖いくらい……。
「はぁ〜……いい加減落ち着かんか、シアよ」
お姉さまが呆れたようにため息をつく。けれど私はそれどころじゃない。
「落ち着いてなんて居られないよお姉さま! 胸がいっぱいで、息苦しいのに……でも苦しくない。不思議で幸せで、でもあの人がいないのが不安で居ても立ってもいられないの……!」
あの時の抱きしめた感覚が、まだ全身に残っている――。
「……あ、でも。なんか下半身に硬いものが当たってた気がし……。」
だけど私の言葉は突然の衝撃に最後まで言えなかった。
ドゴンッ!
「それは即刻忘れよ!」
お姉さまの鉄拳が降り、私の顔はテーブルにめり込んだ。
「姉さん、流石に備品を壊すのはよくないよ」
お兄様が苦笑混じりに言うと、お姉さまも当然のようにうなずいて、召喚の魔で床を修復したアイテムをさらりと取り出す。
「うむ、確かに借りている客室を壊すのは良くないな」
……ちょっと待って!? 私の心配より調度品!? 顔面から突っ込んだんだよ!? 妹にすることかなこれ!?
そう抗議しようと思ったんだけど、今度はお兄様がぞくりとするような笑みを私に向けてきた。
「――そしてシア?」
「は、はいっ!」
私は反射的に姿勢を正す。ひぃ……な、なんで? お姉さまもお兄さまも、あの人に会ってからちょっと怖くなってない?
「さっき言ってた“黒髪の彼が触れていた部分”は、決して誰にも言ってはいけないし、忘れなさい。いいね?」
あわわ……コクコク、と首を縦に振ることしかできなかった。
≪……でも、仲良くなった時にあの人本人に聞いてみれば……≫
「仮に仲良くなってもダメだよ?」
「え? なんで??」
私は小首をかしげる。するとお姉さまもお兄さまも顔を赤くしてそっぽを向いた。いつもこういうことすると、なぜか視線を逸らされるんだよね。家庭教師の先生に相談したら「時と場所を考えれば問題ないので、そのままで!」って返されたし……。
「それは彼の尊厳を守るために必要なことだからかな」
呆れたようにお兄様が言った。
「そ、それなら忘れる! あの人を傷つけたくないもん!」




