43.竜皇族と思惑が渦巻く多種族会議 ~後編~
すっと手を挙げ、発言の許可を求めたのは──五百年前の“人魔大戦”で敗れ、代替わりした“魔族の女王”だった。
魔族は戦争に敗れるまでの長い年月、奴隷狩りをはじめとする他種族への暴虐を行ってきた歴史がある。
今では同盟国の一つとして迎えられているとはいえ、周囲からの信頼はまだ浅く、彼女の発言力は高くない。
ゆえに長卓の末席で静観していたのだが、この件だけは黙っているわけにはいかないと判断したのだろう。
発言許可を求める魔王に、ヴェルミナがうなずく。
「ありがとうございます」
「かまわぬよ。むしろもっと発言してほしいくらいじゃ」
「ふふふ、さすがに緊張してしまいますので……もう少しお時間をくださいませ」
緊張など欠片も感じさせない声音に会場の数人が目を細める中、魔王はヴェルミナへ質問を投げかけた。
「そのアーティファクトは、わたくしども魔族にもいただけるのでしょうか?」
彼女の真剣な表情に、ヴェルミナは当然とばかりにうなずく。
──その直後。
「お待ちください、“賢竜姫”殿!」
割って入ったのは学園都市の副学長だった。
“賢竜姫ヴェルミナ”
それは彼女が数々の魔道具――他の種族からはアーティファクトと呼ばれている――を創出してきたことから付いた通り名で、彼女は周りが言っているだけと特に気にも留めていない。
しかし、それを好まぬ相手に使われるのは不愉快にしか感じない。
ヴェルミナは面倒くさそうに副学長を見やる。
「なんじゃ……意見でもあるのか?」
「もちろんです! なぜ魔族のようなまが──」
「ふむ、ないようじゃな! ほれ、続けよ魔王!」
最後まで言わせずに、一刀両断。
副学長はなおも食ってかかろうと身を乗り出す──だが。
「いい加減になさいな。みっともない……」
蒼味を帯びた銀髪をハーフアップにし、凛とした女性が制止した。
学園長だ。
「し、しかし学園長!?」
「黙りなさい。今この場であなたの発言は必要ありません」
低い声音に副学長は青ざめ、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません……」
会議室には、冷たい沈黙が落ちるなか、「さ、続けてもらえるかしら?」と学園長が促すと
魔王は「ありがとうございます」と礼を述べ、話を戻した。
「お二人のやり取りから察するに──
こちらがあなた方の望むものを提示できれば、
いただけるアーティファクトの個数を増やしていただける、ということでしょうか?」
「そう受け取ってもらって構わぬよ」
ヴェルミナの返答に、魔王は一度瞳を閉じて深く思案すると、一層真剣な表情で見つめる。
「できうる限りで構いません。リ・アクタをお譲りください。
貴女が望むものは、可能な範囲で必ず準備いたします」
その表情を見たヴェルミナは、少し考えてから問い返した。
「それは魔国の復興のためか?」
魔王は静かに首肯する。
その瞬間、豪快な笑い声が会議室に響き渡った。
「ガハハハ! ならワシらはアーティファクト三つでいいぜ! そん代わり、竜国の素材をくれ!」
ドワーフ王が嬉しそうに口を開く。
「それでしたら、私の国も三つでお願いします。
代わりと言っては言いにくいのですが……竜族の血をいただきたいのです」
やはり便乗してきたか、とヴェルミナは内心で肩をすくめた。
竜族の素材──とりわけ牙や竜燐は武具・防具の最高素材になり、
竜の血液は万能薬“エリクサー”の素材として欠かせない素材と言われている。
もっとも、下手に欲望を出せば扱いを誤れば、竜族の逆鱗に触れ身を亡ぼす。
つまり慎重を要する交渉のはずなのだが――ヴェルミナは気にも留めていないようだ。
「うむ、今言われたものは準備しよう。
ただし妾も、エルフ王にしたのと同じく条件を提示するが良いか?」
そのヴェルミナの返答にドワーフ王も天使長もうなずいて答える。
その異常さに会議室がざわつく中──
「みんな魔国に優しいなぁ!」
面白そうに笑うエルフ王の声が混ざっていた。
すると獣王が腕を組みながら問いかける。
「エルフの旦那は何もしないんですか? ちなみに俺たちは“人材”を提供しますぜ!」
「いやいや獣王君……その前に君は《リ・アクタ以外》に欲しいものはないのかい?」
“あるなら早く言いなよ、チャンスを逃すよ”という含みを持たせて言うエルフ王。
獣王は「ああ確かに!」と納得し、ヴェルミナへ向き直る。
「賢竜姫様! そいつぁ“物”じゃなくてもいいですか?」
「ん? 他に何か欲しいものがあるかの?」
意図が読めず問い返すと、獣王は照れ臭そうに頭を掻いた。
「いやですね……俺たちゃぁアーティファクトより、別のもんがいいんですよ!
なんで、アーティファクトは二つ。その代わり──
竜国から魔国に“派遣部隊”を送ってもらうってのはどうでしょう?」
その発言に獣王側の側近が青ざめて慌てる一方、その中の数人は目を輝かせて期待の眼差しを向ける。
エルフ王とドワーフ王は理由を察して大爆笑。
ヴェルミナ・エリオス・天使長は苦笑している。
セレディア国王と帝国皇帝など、他の代表は成り行きを静観している。
そして──
話題の中心であるはずの魔国は置いてけぼりで、どう口を挟むべきか判断できず戸惑っていた。
――――
「さて、なにやら話の主旨が魔国の復興に変わっちゃったけど、まぁいっか!」
「こちらとしては有意義な時間でしたが……皆様、自由すぎますね」
シンシアと悠斗の魂約については、ヴェルミナの創ったアーティファクト“リ・アクタ”と
各国の望みを送ることで決着がついた。
その後は魔国の復興について、さらに各国で“問題となっている派閥”への対応案が話し合われ──結果として、
「魔国には、獣人族と人族が中心となって人材を派遣し、他の国は人材と物資の両方を送ることになりましたね」
「本当によろしいのですか……?」
と言う天使長の言葉に魔王が申し訳なさそうに問うと、エルフ王がそれを笑い飛ばす。
「ぜ〜んぜん大丈夫だよ! 僕たちは“約束”を守っているだけだからね!」
「なるほど……勇者たちと交わした“約束”ですか」
魔王の言葉にエルフ王がうなずく。
彼女が言う勇者とは──五百年前に召喚された初代勇者たち。
暴虐を極めていた魔族の時代に、暗躍する元凶と当時の魔王を討ち倒し、戦いを終わらせた英雄たちのことだ。
「本当に……感謝いたします!」
魔族の女王は深々と頭を下げた。
――――
会議が終わり、予想以上の収穫に上機嫌で歩くヴェルミナとは対照的に、
エリオスは少し複雑そうな顔で隣を歩いていた。
「良かったの? ドワーフ王の要望を聞いて。たぶん言ってるのって姉さんの竜鱗のことだよね?」
“賢竜姫ヴェルミナ”──その竜鱗は武具・防具のみならず、多くの錬金術分野で“至高”とされる素材。
ドワーフ王の言う“素材”には当然、ヴェルミナの竜鱗が含まれる。
もちろん竜化した彼女から直接剥ぐわけではなく、自然に剥離したものだとはいえ、
弟としては気分が良いものではない。
その不満を察し、ヴェルミナは優しく微笑んで答える。
「あやつは物作りがしたいだけじゃ。落ちた鱗など捨てるほどにあるし、気にする必要などないよ」
「そういうことじゃないんだけどね……」
エリオスが苦笑気味に返すと、ヴェルミナはクックックと笑ってかわいい弟を見つめた。
「それに、どのみち“妾たち”の鱗を提供するつもりじゃったしな」
「妾たちって……もしかして!?」
「シアとエリオスにも提供してもらうぞ」
答えを聞いたエリオスは一瞬考え込み──やがて思い至って息を吐く。
「……なるほど、ユウトのためってことか。確かに──
世界樹の枝、高位天使の羽、高純度魔核、魔鉱をはじめとしたレア鉱石……
それらを使ってドワーフ王が装備を作れば……“国宝級”どころじゃない物ができるね」
“これからの”ユウトに必要だと続ける弟に、ヴェルミナは満足そうに笑う。
「じゃろ? 妾たちとは違い純粋な竜力を持つあやつに、下手な装備では耐えられんからの」
通常の戦闘では、装備に魔力を流し“強化”して戦う。
それはスキルとしても存在するが、熟練者なら魔力操作のみで可能な技術でもある。
だが──
“魔力ではなく竜力しか持たない”悠斗が装備に力を流せば、瞬時に破壊してしまうだろう。
ゆえにヴェルミナはユウトを案じ、ドワーフ王に“防具の制作”を依頼するつもりだったのだ。
この点についてはエリオスも賛成しているのだが──ひとつだけ見落としている。
――【天竜燐】を持つユウトにダメージを与えられる存在は極めて少なく
それよりも彼に合う武器を主軸に作り、残った材料で防具を作ることになるのだが……。
「ふふふ、ユウトが武具を装備した姿が楽しみじゃな!」
「それを見たシアがはしゃぐ姿がもう目に浮かぶようだね!」
妹とその未来の伴侶が喜ぶ姿を想像し、上機嫌で歩く二人が気づくのはまだ先の話だ。




