42.竜皇族と思惑が渦巻く多種族会議 ~前編~
――勇者たちの魔力検査が行われた翌日
◆視点:第三者(全体)◆
王城の会議室へと続く長い廊下を、二人の男女が並んで歩いていた。
二人の髪はどちらも銀色。
男性の髪は肩にかかるかどうかという長さで後ろへ流され、揺れる一房が頬に触れるたびに落ち着いた気品をまとわせる。
対する女性は、男性より淡い色味の銀髪を腰まで伸ばし、夜会を思わせるほど露出の高いドレスを身に着けていた。だが下品さはなく、妖艶さと優雅さが見事に同居している。
差し込む朝の光に照らされるたび、二人の髪は蒼味を帯びる輝きを放ち、
礼服とドレスは互いの存在を引き立て合う。
整った容姿、静かな歩調、寄り添うような距離感――
まるで意思を宿した芸術品が、歩いているかのようだった。
この二人はエリオス・ヴァンデリオンとヴェルミナ・ヴァンデリオン。
シンシアの兄と姉である。
「さて、姉さん。そろそろ着くけど大丈夫そう?」
「今更そんな心配などいらんよ。
ちゃんとコレの準備もしておるから問題ないじゃろ」
エリオスの問いに、ヴェルミナは余裕の表情で応じる。
おもむろに彼女が何もない場所に手を伸ばし、現れた黒い靄――【アイテムボックス】スキルを使用して躊躇なく差し込む。
そして引き出されたその手には八面体をした青い石――召喚の間を修復した魔道具が握られていた。
「でも良かったの? それを交渉材料に使って……」
この魔道具は、使用すればほぼすべての無機物を修復できるため、
各国の要人が喉から手が出るほど欲しがる代物だ。
もちろん、その価値は計り知れない。
そんなものを交渉材料にする姉を心配しての言葉だったが――
「問題ない。どうせ手遊びで作ったものじゃ」
「手遊びで国家予算を稼ぐもの作ってるあたり、相変わらずと言うべきなのか……」
呆れを隠しきれない弟の言葉に、ヴェルミナはくすりと微笑んだ。
「褒めてもなにも出んぞ?」
「わかってるよ……」
エリオスは苦笑しながらも歩みを緩めない。
「ほれ、着いたぞ」
ヴェルミナの言葉に、会議室の前に立っている近衛騎士へエリオスが声をかけると、二人の騎士が扉に手を掛け、ゆっくりと押し開けた。
そこには──
それぞれの国を束ねる王や、各種族の族長たちが長い机を挟んで座していた。
エリオスは「待たせちゃったかな?」と軽い挨拶をし、空いている二つの席へヴェルミナと並んで腰を下ろした。
「あははは、問題ないよエリオス君!
こちらとしても、君たちが来る間に色々と話をしていたからさ!」
最初に口を開いたのはセレディア国王の隣に座る青年。
明るい金髪、長い耳、新緑の瞳をもつ若いエルフだ。
親戚の子どもと接するかのような気軽さ、場にそぐわないほど柔らかい雰囲気――
だが、この場で最も年長なのは彼である。千年を生きるヴェルミナよりさらに長命。
彼こそエルフ族の王、ハイエルフであり、今回の話し合いの進行役を務めるらしい。
「話し合っていた、ということは……だいたい決まったと見ていいですか?」
エルフ王に対しては、さすがのエリオスも丁寧な口調だ。
「もちろん! じゃあさっそくなんだけどさ──君たち、“どういうつもりかな?”」
問いかけた瞬間、彼から恐ろしい魔力が放たれた。
圧倒的な威圧。
向けられた竜姉弟は揺らぐことなく表情ひとつ変えない。
だが周囲はそうもいかない。
王たちの多く──特に人族・獣人族は顔を少し引きつらせ、
後ろに控える側近たちは意識を保つのがやっとという有様だった。
「その辺で納めてもらえますか?」
柔らかな声が響く。
背に純白の翼を生やした優しげな男性──天使族の長が、エルフ王の威圧を止めるよう促す。
「あははは、ごめんごめん! つい遊びたくなっちゃってね!」
イタズラを咎められた子供のような笑顔を向けるエルフ王。
魔力の威圧に晒された者たちは誰も文句を言えず、寿命を削る“遊び”はやめてほしいという言葉を飲み込むしかなかった。
「そんで? まずはそっちの話を聞こうじゃねえか。ほれ、話してみ?」
言葉遣いなど知らぬと言わんばかりの粗雑な口調、
ずんぐりむっくりした体型、白い口髭、丸太のような太い腕──
ドワーフ国の王である。
「そうだね。じゃあこれまでのことを含め、要望をまとめて話そうか」
こうして──
“種族間会議”が始まった。
――――
「なるほど、こちらがあらかじめ聞いている内容と相違はなさそうだね」
「ですが……その条件を簡単に受け入れるわけにはいきませんよ?」
「確かにな。召喚前の会議では“抜け駆けはなし”って話だったかんな!」
声を上げたのは──エルフ王、天使長、ドワーフ王の三名。
長命種ということもあり、勇者たちが召喚される以前からあった魔族との“人魔大戦”で活躍した大英雄である。
それは初代勇者たちが召喚された五百年前の大戦も例外ではなく、ゆえにこの場で最も発言力が強い。
他の王たちも軽々しく口を挟まず、様子をうかがっている。
エリオスとヴェルミナはそれを理解したうえで、まず彼ら三名を味方につけようと口を開いた。
「それは本当に申し訳ないとしか言えませんね」
「妾も、妹がとった行動を謝罪したい」
二人はそろって深く頭を下げる。
“最強種”と知られる竜族といえど、王ではない立場で各国のトップに無礼を働くつもりは毛頭ない。
もっとも、必要以上にへりくだる気もないのが竜族であるが。
「しかしな、魂約は簡単に解消できるものではない。
じゃから誠意として、この魔道具を各国の王たちに送ろうと思っておる」
ヴェルミナは手に、召喚の間を修復した八面体の青い石──“リ・アクタ”を掲げる。
その瞬間、王たちだけでなく後方の側近たちからもどよめきが起きた。
「それは……あの惨状を修復したアーティファクトですか……」
「へぇ〜太っ腹だねヴィルミナちゃん! それでいくつ渡してくれるのかな?」
天使長は興味深そうに、エルフ王は当然のごとく交渉に入る。
ヴェルミナは優雅に微笑みながら答えた。
「各国に、このリ・アクタを三つほど送ろう」
するとエルフ王は即座に食い気味で返す。
「五つかな。それで手を打つよ!」
勝手に上乗せしてまとめようとする交渉術。
人族の側近が口を挟もうとしたが──
ドワーフ王に軽く睨まれて黙らされた。
帝国と王国のトップがドワーフ王へ軽く謝意を示し、議論はそのまま続行される。
要求が想定の範囲だったのか、ヴェルミナはため息まじりに応じる。
「仕方ないのう。じゃがこちらも、それなりの素材を使っておってな」
「なにが欲しいんだい?」
「世界樹の枝……それをもらえんかの?」
全員が目を瞬かせ、さきほどより大きなどよめきが広がった。
ドワーフ王も、天使長も驚きを隠せないほどの要求──
それほど世界樹の枝は希少で高価だ。
しかしエルフ王は楽しげに笑って言った。
「なるほどぉ〜そうきたか!
それならあと三つ……つけてくれたら世界樹の葉を三枚。用意する枝には若葉付きのものを準備しよう!」
「ほぉ! それはいいのう!」
「待て待て! それならワシらにも加わらせろ!」
「まったく……。こちらのことも考えてくれませんかね」
交渉があっさり成立しそうになり、ドワーフ王と天使長の二人が呆れた表情で勝手に進む交渉を制止する。
もう一人の長命種も苦笑しながらどこかほっとした表情になっていた。
そうもう一人──
この場の交渉に積極的に加われる者は六人いるのだ。
ヴェルミナの弟・エリオス
エルフ王
ドワーフ王
天使長
そして──
「この場では静観するつもりだったのですが……。
今のお話が本当でしたら、私も加わらせていただきますね」
“魔族”の女王である。




