34.厨房は大混乱!精霊と妖精と“恐怖の叫び”!?
◆視点:友莉◆
――獅童が貴族男と接触する三十分前。
アタシと奏、それから魔法を教えてくれたカタリナ先生は、王城の厨房に来ていた。
理由はというと――
「カナデ! カナデ! これたべてもいい?」
「ちょっと! 奏が皆で食べるって言ってたでしょ!」
「聞き分けない妖精は吹き飛ばしますわよ?」
「でもでも、おいしそう!」
「あじみ! あじみ!」
……という具合に、精霊と妖精たちが終始大騒ぎして、授業にならなくなったからだ。
今は奏が作ったお菓子を巡って、
背中に半透明の羽を持つ小人――妖精たちと、
ぬいぐるみサイズの女の子――精霊たちが、
まるで攻防戦でもするかのように大騒ぎしている。
その中心にいる奏はというと――「皆、落ち着いて!」とお菓子を作りながら奮闘中だ。
「……まさにカオスって感じね」
アタシはカタリナ先生の【共感】スキルのおかげで妖精も精霊も見えている。
でも、厨房の他の人たちには見えていないので――
「なんでお菓子が浮いてるんだ?」
「そ、それよりあの女の子は誰と話して?」
「お、俺に毎朝お味噌汁を作ってほしい!」
お菓子が勝手に宙を飛んだり、奏が何もない空間に話しかけたり。
その異様な光景に、周りの料理人たちは遠巻きに奏を見ている。
≪と言うかそこ! 料理人のプライドないヤツがプロポーズとかすんな!≫
そんな状況でも、カタリナ先生はというと――
「カナデって、本当に凄いのね。
スキルを持っていても、人間でここまで懐かれるなんて……」
と、妙に感心している。
「そうなの?」
アタシは奏のドタバタ劇を眺めながら答えた。
カタリナ先生は、呆れ半分・感心半分の表情で説明してくれる。
「精霊は比較的対話しやすいけど、妖精はね……イタズラが大好きで。
相性が悪いと、本当にひどい目に遭うのよ?」
先生によると――
奏が持つ二つの特殊スキル【妖精の悪戯】と【精霊の祝福】は、
“持っているだけ”ではダメで、相性がすごく重要らしい。
精霊の場合は、相性が悪いと「力を貸さない」程度で済むけど、
妖精はもっとタチが悪い。
戦闘中に邪魔してきたり、
持ち物を隠されたり――
子どものイタズラを濃縮してぶつけてくるような感じだとか。
しかも、精霊と妖精はあまり仲が良くないらしく、
両方同時に相手するのは、本来かなり大変なはず。
「そのはずなのに、カナデは上手くまとめているのよね……」
「振り回されてるの間違いじゃない?」
「ケンカしないだけでも大したものよ!」
先生にそう言われて奏の様子を見てみる。
確かに――
精霊たちが魔法を使って攻撃しようとする気配も、妖精たちがイタズラで奏を困らせる気配もない。
≪なんていうか……仲良し親子の日常風景を見ている気分になるわね≫
しかも不思議なことに、
どの子も奏の作業を邪魔しないどころか、ちゃんと話を聞いて動いているように見える。
気になったアタシは、カタリナ先生に尋ねてみた。
「ねぇ先生。相性が悪いと酷い目にあうのは分かったけど……逆に相性が良いと?」
「そうね……奏くらい相性が良いと、私生活ではそこまで影響はないと思うわ」
そこで先生は一度言葉を切り、表情を引き締めた。
「戦闘面で言うと――ほとんどの相手が奏を避けるでしょうね」
「そんなに!?」
先生の話は続く。
広範囲の索敵・偵察、罠探知や罠解除、簡易的な罠設置、
攻撃への付与、魔法の属性強化、さらに適性外属性のサポートまで――
とにかく“できることが桁違いに増える”らしい。
さらに、奏は弓使い。
射程距離の強化、軌道の変化、風精霊を使った誘導など……
遠距離戦ではとんでもない脅威になるとのことだった。
≪……つまり、あの子も普通にチート能力持ちってことね≫
アタシは心に誓った。
――絶対に奏を怒らせない、と。
その時だった。
「っ!?」
突然、背筋が凍りつくような悪寒が走り、反射的にそちらを振り向く。
「どうかしたの?」
カタリナ先生は何も感じなかったらしい。
そこへ、精霊たちを引き連れた奏が駆け寄ってきた。
「友莉ちゃん!?」
「奏も何か感じたの?」
彼女は首を横に振り、
「私じゃなくて、フウやシャイが変な気配がするって……! トトたちも“危険”って言ってる!」
――フウ(風精霊)、シャイ(光精霊)、トト(妖精)。
奏が名付けた、この子たちのことだ。
アタシたちの様子を見て、カタリナ先生はすぐに目を閉じて集中した。
「……どうやら西の森で何かが起きているわ」
「「西の森?」」
アタシと奏は同時に首を傾げる。
「ここから少し離れたところにある、小さな森よ。
とりあえず二人は私と――」
――「ギエエェェェーーーッ!?!?!?」
突然、厨房まで響き渡った叫び声に先生の言葉が遮られ、アタシも奏も恐怖で身体がびくりと震えた。
まるで背骨の内側へと“冷たい手”が滑り込んでくるような感覚。
意識の奥に、見えない何かが触れたような“拒絶反応”アタシの思考は恐怖に塗りつぶされる。
「私としたことが……。ごめんなさい、ユリ!」
カタリナ先生はすぐさま私を抱きしめ、身体を支えてくれた。
でも――震えが、全然止まらない。
≪なにこれ……? なにこれ!?≫
胸がぎゅっと掴まれたみたいで呼吸もうまくできない。
頭も真っ白。
心臓だけがバクバク暴れて、身体が勝手に震えて――
――過呼吸みたいになっているのが自分でも分かる。
「シャイ! 緊急事態よ、力を貸しなさい!」
先生が叫ぶ声が聞こえる。でも、その意味を考える余裕すらない。
≪奏……。奏は!?≫
アタシは先生の服をつかみ、なんとか言葉を出そうとするけれど――
喉がひきつって、声が、出ない。
≪奏は!? 奏は無事なの!? なんで……なんで声が出ないのよ……!≫
焦りで涙が滲みそうになったそのとき、
胸の奥に“温かい何か”が静かに流れ込んできた。
張り詰めていた心が――すぅ、と落ち着いていく。
震えが止まる。
呼吸が深くできる。
視界がはっきりしてくる。
「友莉ちゃん、大丈夫?」
その声と同時に、先生の腕の力がゆるみ、
目の前に――奏の顔が映った。
「か、奏! 無事なの!?」
勢いで抱きつくと、奏は優しく背中をさすってくれた。
「うん、大丈夫。ここにいるよ。落ち着いて、友莉ちゃん」
その声を聞いた瞬間、緊張の糸が切れたみたいに力が抜けて、
「よかったぁ……っ」
思わず涙がこぼれそうになる。
そのとき、誰かが私の頭をそっと撫でた。
見上げると、カタリナ先生が申し訳なさそうに微笑んでいた。
「ごめんなさい、ユリ。もっと注意していれば……」
事情を聞くと――
さっきの「叫び声」は、ただの音じゃなくて
“恐怖を植え付ける精神攻撃”の一種だったらしい。
本来なら、ここまでは届かない。
普通にしていれば、私には影響がないはずのもの。
けれど、
・さっきの声は“魔力に乗せて”広範囲に放たれた特殊なもの
・私は先生の【共感】で感覚をリンクしていた
そして何より……。
≪私たちの元の世界はあまりにも平和で、
“本気の殺意”なんて、触れたことすらなかったものね≫
そんな悪条件が重なって、
私だけがその精神攻撃を“直撃”で受けてしまったらしい。
先生はすぐさまリンクを切り、
光精霊シャイに精神回復の魔法を頼んでくれて――
それでアタシは落ち着きを取り戻した、というわけだ。
先生は私の異変に気づくとすぐにリンクを切り、
光精霊・シャイに精神回復魔法を頼んでくれたらしい。
≪つまり……偶然が重なった“事故”ってことね≫
アタシはそう結論づけたのだけど――
カタリナ先生は、まるで全部自分の責任みたいに深く落ち込んでいた。
≪この先生は優しすぎるわよねぇ~……≫
アタシの中でカタリナ先生の好感度が急上昇中だ。
……なので、さっさと雰囲気を変えるためにアタシは一つの提案をしてみた。
「じゃあ先生! アタシと奏に、オススメのスイーツをご馳走してください!」
「……え? ……えーと……え?」
「ふふっ、友莉ちゃんったら。
先生、私も友莉ちゃんも味にはうるさいですよ! 覚悟してくださいね!」
奏がすぐさまノッてくれた。
≪さすが親友! 察しが早くて助かるわ!≫
アタシと奏がニコニコしながら返事を待っていると、
ようやく先生は状況を飲み込んだらしく、苦笑しながら肩をすくめた。
「わかったわ。あなた達の町への外出が許可されたら、
オススメのお店に連れていってあげる!」
「約束ですよ先生!」
「もし破ったら、奏の妖精たちに嫌がらせさせてもらうから!」
「それはやめて!?」
「や! やりませんよ!? 友莉ちゃんが勝手に言ってるだけで!」
……といういつものやり取りを交わし、
ようやく場の空気が明るさを取り戻した。
「さて……次は、トラブルの原因をどうするか考えないとね」
「少し待ってね」
そう言うと、カタリナ先生は再び目を閉じ、しばらく集中したあと——
「どうやらもう大丈夫みたいね!」と、アタシたちに笑顔で言葉を続けた。
「今、通信魔法で確認したんだけど……
原因になっていた相手は、無事排除されたみたい!」
「そんな魔法まであるの!?」
先生の声はすっかりいつもの調子に戻っていて、
落ち込んでいた雰囲気は完全に消えていた。
「使い方は今度教えてあげるわ。
とりあえず今日は部屋まで送っていくから、ゆっくり休みなさい」
「うん……ありがとう、先生」
そうして今日は解散とすることになった。
≪なんだか……いやな予感は残ってるけど、
今はゆっくり寝たい気分ね≫
胸の奥にわずかなざわめきを抱えたまま、
アタシはカタリナ先生について行くのだった。




