31.勇者と団長と癒しの乙女?砕かれた自信に癒しの笑みを!
◆視点:義孝◆
――時は、少しさかのぼる。
訓練場へ向かう廊下を歩きながら、俺は昨日の出来事を思い返していた。
魔力検査の時、水晶が友莉よりも弱く光ったことが少しショックだった。
司祭のおじいさんが「魔力量が多いほど光が強くなる」と言っていたからだ。
だが、自分のステータスを確認した瞬間、今度はいい意味で驚かされた。
――ステータス――
名前:天条院 義孝
年齢:16歳
性別:男
魔力:B+
魔力適性:光 / 風 / 雷 / 水 / 火 / 地
〔通常スキル〕
剣術Lv5 / 精神耐性Lv4 / 状態異常耐性Lv2 / 先見Lv2 / 身体強化Lv3 / 魔力回復Lv2
〔特殊スキル〕
勇者の資質Lv3(物理耐性【中】 / 魔力耐性【中】 / 聖剣適性 / 戦技習熟)
――。
魔力量こそ友莉に及ばないものの、適性属性は六種類。
スキルも豊富で、その中でも【勇者の資質】という特別な力を持っていた。
それを見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
――これなら、あの少女を守れる。
そう思った。
皇女シンシア・ヴァルゼリオン。
“お姫様”なんて、物語の中でしか見たことのない存在だと思っていた。
けど、シンシアは皇女様――つまり本物の“お姫様”だ。
≪魔力量は努力で伸ばせるって聞いたし、まだ負けたわけじゃない≫
適性はどうにもならないが、魔力もスキルも鍛えることができる。
そう信じて、努力で道を切り開くつもりだった。
――あのときまでは。
霧島悠斗。
俺の前にすぐに現れた“障害”。
友莉から“同じクラスメイト”と聞いたとき、思わず耳を疑った。
クラスでは人付き合いも多く、顔も名前もだいたい覚えていたはずだ。
それなのに、悠斗だけは印象が薄く、記憶がない。
≪言い方は悪いけど、存在感が薄い奴だったんだろう≫
しかし今、その彼が――
シンシア・ヴァルゼリオンと“魂約”を結んだ、というのだ。
それは“婚約”などという生易しいものではない。
魂と魂を結ぶ、永遠の契り。
その話を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
そして、ようやく自分の気持ちを自覚した。
≪まさか俺が、誰かに恋をするなんてな≫
そう――俺はシンシアに一目惚れしていた。
考えるだけで胸が高鳴り、息が苦しくなる。
あの柔らかな笑顔が脳裏に浮かぶたび、心がざわめいた。
そして同時に、かつての自分を思い出して苦笑した。
≪一目惚れした女性たちの気持ちを“軽い”と思って悪かったな……≫
前の世界では、何人もの女の子から告白された。
だが俺はいつも、「中身も知らずにどうして惚れられるんだろう」と思っていた。
けれど今、俺自身が同じことをしている。
彼女を知る前に、心を奪われたのだ。
≪……友莉には気づかれてるかもしれないな≫
けれど相談はできない。
友莉は奏の親友。
そして奏は……たぶん、俺に好意を持っている。
奏とは、今のまま“友達としての関係”が心地いい。
だが、そんな親友が想いを寄せる相手の恋を、友莉は素直に応援してくれるだろうか。
いや、下手したら、逆に邪魔してくるかもしれない。
≪……いや、友莉はあれで公平なやつだ。邪魔はしないだろう≫
そう思った瞬間、ふと――今朝の出来事を思い出した。
朝食を終え、紅茶を飲みながら談笑していたときのことだ。
友莉が、まるで挑発するような笑みを浮かべて俺に言った。
――『予言してあげる。義孝は――“手加減した悠斗”に手も足も出ずに負ける!』
その言葉が頭の奥に刺さったまま離れない。
ちょうどそのとき、悠斗がすでにシンシアを“愛称”で呼んでいると知った直後で、感情のブレーキを踏み損ねてしまった。
≪……あの時は、正直カッとなってしまったからな……。これからは気を付けよう……≫
悠斗が見せた力は、確かに圧倒的だった。
けれど、あの“禍々しさ”は――どうにも普通じゃない。
≪もしかしてこっちに召喚されるとき、邪神か何かに魅入られたのか……?≫
そう考えると、妙に納得がいった。
確かにシンシアの力が悠斗に流れているのは間違いないのだろう。
だが、それをあんな異様な色に染め上げたのは……きっと悠斗の中に眠る、何か別の力だ。
≪あれは、人が扱っていい力じゃない≫
証拠なんてない。
それでも――感じるのだ。
あの黒い気配を、俺の何かが拒絶するように。
≪もしかして【勇者の資質】が反応したのか?≫
そう思考を巡らせているうちに、耳に騒音が飛び込んできた。
金属のぶつかり合う音。掛け声。
「……あそこが騎士団の訓練場か」
視線の先には、重厚な造りの大きな建物が見える。
入り口には、壁に背を預けて腕を組む屈強な男が一人。
「確か、騎士団長が待ってくれていると聞いていたけど……彼がそうなのか?」
その男はこちらに気づき、ゆっくりと歩み寄ってきた。
俺も歩幅を少し速めて迎えに行く。
「お待たせしました。えっと、騎士団長で――」
「ガッハッハッハ! さすが勇者殿、礼儀正しい!」
豪快に笑い声を上げた彼は、途中で「あっ」と何かに気づいたように姿勢を正した。
「いやぁ~すまんな。うちの連中は血の気が多くてな。
改めて名乗らせてもらおう。俺がこの国の騎士団長――ヴォルフ・アイゼンだ!」
その大きな手が差し出される。
「歓迎するぞ、勇者殿!」
俺も慌てて手を出し、しっかりと握手を返した。
「天条院 義孝です。……義孝が名前です」
「ほう、いい名だな! じゃあ“ヨシタカ”と呼ばせてもらう!」
「え、あ、はい……!」
どうやらヴォルフさんは、かなりフレンドリーな人らしい。
――――
「ふむ……ヨシタカの実力は、大体わかった」
「はぁ……はぁ……」
俺は今、訓練場の地面に仰向けで倒れていた。
全身の力が抜け、青い空からの光がやけに眩しい。
最初にステータスを見せてほしいと言われ、ヴォルフさんに見せたとき――
「これじゃ練習相手が限られるな!」と、やたら嬉しそうに俺の肩をバシバシ叩かれた。
どうやら強い相手が現れて喜んでいるらしいが……叩かれた側は、正直かなり痛い。
そして始まった模擬戦。
結果は――惨敗だった。
≪はぁ……はぁ……。まさか、剣道と実戦の剣がここまで違うとはな≫
完全に遊ばれていた。
後半はもう稽古のようにさえ感じるほどで、俺の攻撃はことごとく見切られていた。
「ガッハッハ! さすが勇者だ! 初めてにしては合格点をやってもいいだろう!」
豪快な笑い声が訓練場に響く。
周囲で見ていた騎士たちがざわめき、すぐに歓声へと変わった。
「あの騎士団長が合格点を出すなんて……!」
「さすが勇者様だ!」
「【勇者の資質】持ちらしいぞ!」
「マジかよ! じゃあ本物の勇者様じゃねぇか!」
どうやら俺のスキルや戦いぶりの噂が、すっかり広まっているらしい。
少し気恥ずかしいが、悪い気はしない。
≪それにしても……ヴォルフさんって、案外厳しい人なのか?≫
息を整えながら上体を起こすと、ヴォルフさんが歩み寄ってきた。
「お、もう休憩は終わりか?」
「はい……と言いたいところですが、模擬戦を続けられるほどの体力は残ってません」
自分の手を見ると、小刻みに震えている。
足にも力が入らず、立つのもやっとだった。
「ガッハッハ! あれだけ打ちのめされて、意識を保ってるだけで上出来だ!」
ヴォルフさんは愉快そうに笑い、訓練場の端に声を張り上げた。
「おい、サーシャ! ヨシタカを医務室に連れていってやれ!」
「了解しました!」
声に応えて、一人の若い女性騎士が駆け寄ってくる。
柔らかな金髪を後ろでまとめた、明るい印象の女性だった。
「大丈夫ですか、勇者様?」
「あぁ、大丈夫……って言いたいけど、ごめん、肩を貸してもらってもいい?」
「もちろんです!」
立ち上がろうとして、見事に失敗。
情けなさが胸を刺す。
それでも、彼女――サーシャの肩を借りて、俺は医務室へと向かった。
――――
医務室に着くと、治癒師は不在とのことで、
サーシャが俺をベッドに座らせ、彼女が手当をしてくれることになった。
「サーシャさん。すみません、手当までしてもらって……」
「気になさらないでください。それと――サーシャでいいですよ。敬語も不要です」
彼女はそう言って、軽く笑みを浮かべる。
ポニーテールの金髪がふわりと揺れ、水の入ったコップを差し出してきた。
俺は礼を言って受け取り、一口飲む。
――途端に口の中がズキリと痛んで、思わず顔をしかめた。
それを見て、サーシャはクスクスと笑う。
「あれだけ騎士団長のしごきを受けて、その程度ですむなんて……本当にお強いんですね」
「ごめん、正直、どこが強いのか全然わからない」
自虐気味に返すと、彼女は肩をすくめて言った。
「もしかして、自分の力が通用しなかったことに困惑してるんじゃないですか?」
「なっ……!?」
完全に図星だ。
胸の奥が見透かされたようで、思わず言葉を失う。
気づかれたことに恥ずかしさを覚えると同時に、
自分でも知らぬ間に“うぬぼれていた”ことを痛感し、苦い息を吐いた。
サーシャは俺の反応を見て、そっと椅子を引き寄せ、隣に腰を下ろした。
「でも、気づけたならそれで十分です。気づかないままの人も多いんですから」
「君は……案外ズバズバ言ってくるんだね」
「君じゃなくて、サーシャですよ?」
「俺はヨシタカだ」
「ではヨシタカ、と呼んでもいいですか?」
「もちろん。ただ、君も敬語は――」
「それはバレると、私のしごきが倍増するので遠慮します!」
即答だった。
彼女の真剣な顔と勢いに、思わず笑ってしまう。
「そんなに厳しいのか?」
「女騎士って、いろいろと大変なんですよ。特に……父が騎士団長だと」
彼女は小さくため息をつき、肩をすくめた。
その何気ない言葉に、俺は思わず目を見開く。
「えっ……ヴォルフさんの娘さんなの!?」
「フッフッフ! 似てなくて驚きました?」
確かに、ヴォルフさんのワイルドな雰囲気とはまるで違う。
サーシャは活発で美しいが、どこか清楚な印象すらある。
「ちなみに、兄と姉もいますが……誰も父に似てないんです!」
「それ、ヴォルフさんがちょっと可哀想だな」
「ふふっ、母の血が最強なんです! 余談ですが――父は母のお尻に敷かれてます!」
「ぶふっ!? や、やめてくれ! 腹が……痛い!」
笑いながら、体の痛みも少しずつ薄れていく気がした。
気がつけば、落ち込んでいた心が不思議と軽くなっていた。
あれほどの敗北の後なのに、胸の中はどこか晴れやかだ。
≪……いつまでもウジウジしてられないな。また明日から頑張ろう≫
サーシャとの他愛ない会話が、心の奥に灯をともした。
俺はその灯を胸に、再び“勇者”として歩き出す決意を固めた。




