3.絶体絶命と鉄拳制裁!?
俺、まだ告白の返事もしてないのに少女が盛大に床にめり込んで“お亡くなりになった”っぽいんだが?
……いやいやいやいや。
混乱して当然だろ!? 思考を立て直そうとしたけど――無理だった。なぜなら。
「イッタイよぉ、お姉さま! 私、まだこの人に返事も聞いてないし、ファーストキスも受け取ってもらってないのに! 床とキスしちゃったよ!! これ絶対ノーカンだよね!? ね!!」
さっきの美少女が、涙目になりながら起き上がったからだ。
え、なんで無傷なの!? あんな大理石クラッシュを盛大に食らって元気にお姉さんへ抗議してるんだけど……
何者なのこの娘?
ていうか、ツッコムところ違くない!?
しかしそんな彼女に対して――「お姉さま」と呼ばれた人物は、再び拳を振り上げていた。
「ちょ、ちょっと待って! 私の話を聞いて!! そもそも実の妹に鉄拳制裁はダメだと思うの!! 血が繋がった可愛い妹だよ!?」
必死の訴えも虚しく――
ドゴンッ!!
バキンッ!!
鈍い音とともに拳が彼女の頭に落ちる。
いやいや、音おかしくない!? “ドゴン”ってなに!?
しかも追加で“バキン”って何!? 頭蓋骨いった!? いや絶対砕けた音だったよね!?
「おい、大丈夫か!? 俺に告白してくれた子!!」
慌てて視線を向けると、今回は床に突っ伏すことはなく、彼女は頭をおさえてその場で耐えていた。
……すげぇな。あれを耐えるとか、ある意味もう人間やめてるだろ。
そんな俺の驚愕をよそに、美少女に“お姉さま”と呼ばれた女性が深いため息をついた。
「はぁ~……まったくお前ときたら。何をやっておる! 危うく召喚勇者全員を、塵も残さず消すところであっただろうが!」
そう言って彼女が指を鳴らすと、周囲を包んでいた灼熱の炎がフッと掻き消える。
だが俺が目にした光景は、炎が消えたことでさらに背筋を凍らせるものだった。
……床が、ない。
俺たちが立っていた場所――さっきまで巨大な魔法陣が輝いていたところは、まるでポッカリと円形に切り取られたようになっていた。それはここだけが小さな孤島の様に思えてしまう異様な光景……
極めつけに周囲は真っ赤に煮えたぎる溶岩の海だ。
いや、サイズ的には池の方が近いが、そんなの些細なことはどうだっていい。
「……な、なんだこれ……」
地獄にある窯。まさにその言葉が似合う光景だった。
ゴボゴボと泡立つマグマは、近づいただけで皮膚が焼けそうな熱気を放つ。赤黒く光る溶岩が時折破裂し、あまりの熱量が周囲に陽炎を作り出している。
唯一の救いは、この喉が焼けそうな熱気が一切こちらまで届いていないことくらいだろうか。
どうやらファンタジーあるあるの結界で守られているのだろうが、このマグマにどれだけ耐えられるんだ?
だが少しは安全なのだろうと感じることができ、わずかだが心に余裕ができた。
そして気が付く。
光源になっていた青白く光る球体はさっきの炎ですべて燃え尽きたのだろう……
今この場所にある光源は、俺たちの周囲を囲む溶岩だけだ。
そのため俺たちの周りにいた周囲の人々――召喚儀式を見守っていたであろう兵士や神官らしき人々は、透明な壁のような結界に守られているようだ。
つうか兵士や神官以外にも居る気がするんだが気のせいか?
まあでも、安全地帯みたいだし気にすることないよな。
そもそもが勝手に呼び出したのはあっちだし。
問題は、地獄のど真ん中に取り残されたこの状況な訳なんだが――
……いやいや、笑えないだろコレ!!
「つまり、あの美少女ちゃんの力で俺たちの立っていた場所が、孤立無援の孤島にされちゃったってことか!?」
そう理解した瞬間、背筋を冷や汗が伝う。
マグマに落ちたら一瞬でチーズトーストみたいにジュッだ。
いや、実際は燃えながらゆっくり沈んでいくんだろうけど、どちらにしても悲惨な結末しか想像できない!
≪上手に焼けましたを通り越して、丸焦げ勇者が出来ましたになること間違いなしだぞ!≫
と頭の中がパニック状態になっているのだが――
そこで、俺はさらに一つの違和感に気付いた。
「……いや、待てよ。周り全部マグマなのに……」
俺は視線を横に動かす。
そこには涼しい顔で佇む“お姉さま”。
「お姉さん、あんた……どうやってここに入って来たんだ……?」
マグマの上を、渡る術もなしに――。
平然と俺の目の前に立つその姿は、異様に神秘的で……そして、心底恐ろしかった。
何せ、あの“美少女をクールな雰囲気に全振りしました”って感じのお姉さん。
その瞳が一瞬、大きく見開かれ……次の瞬間には鋭く細められ、俺を睨みつけてきたのだ。
陰キャの心臓にそんな圧、耐えられると思うか?
――はい、無理です。即座に目線を逸らす。それ以外の選択肢なんて俺には残されていなかった。
お姉さんは何も言ってこない。
仕方なく俺は、恐怖心をなんとか抑えながら今の状況を確認することにした。
……さっきまで俺たちの足元で輝いていた魔法陣は光を失っている。
残っているのは、俺たちが立つ孤島に刻まれているただの模様だけだ。
ちなみに“俺たち”と言ってもクラスメイトは含まれていない。
今この孤島にいるのは――俺と、告白してきたあの美少女。そして、さっきの“クールなお姉さま”だけだ。
慌てて辺りを見回すと、もう一つの円形の孤島が視界に入った。
そこには天条院たちの姿。どうやら、俺たちと同じように結界みたいなもので守られているらしい。
ただし結界の外はゴボゴボと泡を吹き上げていてるマグマがあるわけだけど……
まあ、命があるだけマシだと思っておこう。
もっとも全員腰を抜かしてへたり込み、放心状態になっているようだ。無理もない。
俺だってこの“異常な姉妹”のおかげで何とか正気を保ててるだけで、普通なら失神コースだ。
孤島の周囲は、煮えたぎる溶岩の池。
ゴボゴボと泡立ち、時折破裂して火柱を上げ、熱風が吹き荒れる。肌が焼け落ちそうな錯覚すら覚えるほどだ。
――けれど、不思議なことに体感温度は、ほんのり暖かい程度。
≪むしろ心地いいくらいなんだよな、こんな状況じゃなければ昼寝にちょうどよさそうなくらいにはさ。≫
その理由は――。
「大丈夫! ちゃんと私、途中で気が付いたから結界を張ってたもん!」
元気いっぱいに胸を張るのは、さっき告白してきた銀髪の美少女だ。彼女の周囲には何かの残滓なのか光の粒がパラパラと落ちて消えく。粒と言うより何かの欠片のようにも見えるが、それどころではない言葉が聞こえたんだけど――。
……いやいやいや。途中で気づいたって、途中で!? 普通は最初から気づいてやるもんだろ!?
俺たち、ギリギリで助かったってことか?
そんな俺の心の叫びが聞こえたかのように、隣のお姉さんが深いため息をついた。
「そうじゃのう……確かに、お前が“見初めた相手”にだけは結界を張って守っていたみたいじゃが、それ以外はまったく見えていなかったじゃろう?」
お姉さんは呆れたように肩をすくめる。その口ぶりからすると、どうやら俺は最初から安全だったらしい。
……え、そうなの? あの炎地獄、実はノーダメージ確定ルートだったってこと? 心臓に悪すぎるわ!
「まあ、それも妾が先に結界を張っておかねば、どうなっておったかわからんがな」
お姉さんが説明してくた内容をまとめると――
1,少女の暴走した魔法をお姉さんが魔法陣全体に結界を張って無事に保護。
2,俺に飛びつくために突っ込んできた少女がその結界に激突して破壊
3,俺“だけ”を美少女は結界で守り、自分で張ったものだから通り抜けて俺に抱き着く。
4,それを見たお姉さんは慌てて他のクラスメイトに結界を張り直して保護。
……ってことらしい。
ちなみに観客側は、美少女の“お兄さん”と呼ばれる人物が結界を張って保護されていて
保護されていなかった地面は熱々な溶岩池へとビフォーアフターした。
経緯を知った俺の背中からは冷や汗が滝のように流れているが……
本当にそのフォロー体制には頭が上がらないよ。
当の張本人は「えへへ……」と苦笑いして頭をかきながら答える。
「いやぁ……この人しか見えてなかったから、他に誰がいるか気づかなかったんだよね~」
……おバカだ! 可愛いけど正真正銘のおバカだよこの娘!
まさかの“恋は盲目”を物理的にやらかしたパターンだよ!?
「お前なら、妾の結界に干渉して通り抜けるくらいはできたであろうに。わざわざ破壊してまで、自分の結界で守りたくなるほどだったのだな」
お姉さんがニヤニヤしながら妹をからかう。
銀髪美少女は頬を膨らませて「だってだってぇ~……!」と口をとがらせる。
そんな中、軽やかな声が響いた。
「――戯れるのはいいんだけど、そろそろ本題に入ろうよ、姉さん!」
声のした方を振り向くと、長身の男性が歩いてくる。
深い紺色のローブをまとい、銀の装飾が光を反射してきらめく。切れ長の目は理知的でありながら、口元には柔らかな笑み。声に不思議な威厳が宿っていて、自然と視線を引き付けられる。
「……誰だ、このイケメンは」
思わず口に出してしまった俺。
次の瞬間、その男性と目が合い、彼の笑みがさらに深まった気がした。




