24.壁に刺さる乙女?と、静かな決意
朝の光が寝室のカーテン越しに差し込み、白い壁をやわらかく照らし始めた。
半分夢の中に沈んでいた意識がゆっくりと浮かび、俺はまぶたを開ける。
「最近の天井だ……」
寝ぼけたまま呟いた自分の声に、思わず苦笑がこぼれた。
体を起こして伸びをすると、背筋の骨が心地よく鳴る。
「ん〜……。このセリフ、そろそろ卒業しないとなぁ……」
誰もいない寝室をぐるりと見渡す。
今は誰も聞いていないけれど、これからもそうとは限らないしな――なんて自嘲していた、その時。
『おはよう、ユウト! 今日もいいお天気だよ!』
頭の中に、やたら明るい声が響いた。
「うおっ!?」
寝起きの脳に響くテンションの高さに、思わず間抜けな声を上げてしまう。
『お、おはようシア。今日も元気だな……』
『うん! 私は元気だよ! ユウトは今起きたところ?』
俺はあくび混じりに「そうだよ」と返す。
――今日は、魔力検査から三日後の朝。
もうすっかり日課になった、【思考伝達】によるシアのモーニングコールだ。
『ね!ね!ね! 今からそっちに行ってもいいかな?』
『またヴェルミナさんに怒られるぞ?』
『だ、大丈夫! 今度は……ふぎゃっ!?』
……ああ、今日も安定のフラグ回収速度。
【思考伝達】では相手以外の声は聞こえないが、今の叫び方で大体の状況は想像がつく。
「……今日もたぶん、鉄拳制裁からの“床直行コース”。顔面ファーストで……」
と思っていたら、予想は外れた。
『ど、どうしようユウト〜! 壁から抜けなくなっちゃったよぅ……』
『ぶはっ!? また何やらかしたんだよ!?』
どうやら今日は、投げ飛ばされた勢いで肩から上が隣の応接室に突き抜けているらしい。
物理ギャグを現実でやれるって、さすが竜族……。
彼女たちは【竜燐】という強靭な防御スキルを持っていて、上位竜にもなればさらに強力な【天竜燐】を備えている。
そのため、多少の衝撃では傷ひとつつかない。しかも自動修復つきで、服まで防御対象というおまけつきだ。
≪まあ、その服の素材も竜化状態の自分の竜燐(竜の鱗)なんだから……ある意味“絶対防御”だよな≫
召喚された当初、エリオスさんたちが溶岩地帯を平然と歩いていた理由を思い出し、今さらながら納得する。
竜燐を使う理由は単純だ――普通の服だと竜化のたびに破けるから。
人族と交流を持ち始めたころは、竜化のたびにお気に入りの服を粉砕して落ち込む女性陣が続出したらしい。
ヴェルミナさんが遠い目で語っていたあの表情を思い出し、つい口元が緩む。
『ユウト〜? 聞いてる〜?』
『あ、ごめんごめん! で、どうしたんだ?』
『あのね……お姉さまがね……私をこのままにして出てっちゃったの……』
「クゥ〜ン」と鳴く子犬の幻聴が聞こえた気がして、思わず吹き出しそうになる。
『とりあえず、自力で抜けないのか?』
『無理だと思う。壁壊すことになるもん……』
『メイドさんに助けてもらうのは?』
『お姉さまが止めてるの! “放っておけ”って!』
クスンと泣く声に苦笑が漏れた。
毎朝突撃してくるシアに、さすがのヴェルミナさんもお疲れ気味なのかもしれない。
『じゃあ俺が助けに行こうか?』
『そ、それはダメぇ!!』
まさかの即答。いや、そんな全力拒否されるとは思ってなかった。
『い、今の私……ナイトドレスのままなの! そ、その……見られるのはまだ心の準備がね……』
『わ、わかった! 俺が悪かった! 落ち着いてくれ!』
『えっ!? 来てくれないの!?』
……どっちなんだい、お嬢さん。はっきりしておくれ。
そんなやり取りをしていると、廊下の向こうから聞き慣れた声が響いた。
「悠斗〜! 起きてるんでしょ? ご飯行くわよー!」
友莉だ。約束した覚えはないから、気まぐれで誘いに来たのだろう。
「今、準備するからちょっと待って!」と返す。
『誰か来たの?』
『ああ。友莉が朝ご飯を誘いに来たんだ』
『じゃあ、行ってきて! 私のことは大丈夫だから!』
『でも、それは――』
『えへへ、大丈夫! もうすぐお姉さまも戻ってくるし!』
少し名残惜しそうな声に、「わかった。また後でな」とだけ返して支度を整える。
――ちなみにこのあと、ヴェルミナさんは別の用事で戻らず、
シアが“花摘み”に行きたくなるまで、壁に刺さったままだったらしい。
――――
廊下に出ると、友莉が軽く手を振ってきた。
「やっほ!」
「おう、おはよう!」
軽い挨拶を交わして並んで歩く。
朝の廊下は静かで、石造り特有の涼しげな香りと、焼きたてのパンの匂いが混ざって心地よい。
「なぁ、シアがさ――」
俺が事情を話すと、友莉は何か納得したように頷いた。
「なるほどね。ヴェルミナさんが“悠斗を朝食に誘ってほしい”と頼んでくる理由が分かったわ」
どうやらヴェルミナさんのメイドさんが、奏と食堂に向かっている友莉に伝えたらしい。
彼女はシアを助けに行かせないために先手を打っていたようで、俺は自分の行動を予測されたことへ苦笑しつつ、内心でシアに黙祷を捧げた。
――――
食堂の扉を開けると、朝の陽光に包まれた空間に賑やかな声が響く。
「あ! 友莉ちゃん、悠斗くん! おはよう!」
「おはよう! 悪いな、先に食べてる!」
「そんなの気にしないでよ!」
「二人ともおはよう!」
奏と義孝が笑顔で手を振る。
俺は義孝の隣、友莉は奏の隣に腰を下ろし、用意された朝食に手を伸ばした。
……シアには悪いけど、この時間は楽しませてもらおう。
香ばしいパンの香りと紅茶の湯気に包まれ、談話は自然にこれからの話へ。
「じゃあ悠斗はもう少ししたら竜皇国――ヴァルゼリオンに行くんだ」
「そ。エリオスさんが俺とシアの件を各国の王様たちと話すらしくて、滞在が延びるみたいだけどね」
「じゃあ、もう少し一緒に居られるんだね!」
「まあね!」
奏の柔らかな笑みに、思わず同じように笑い返す。
その時、義孝が真剣な表情でカップを置き――空気が、すっと変わった。
「なぁ悠斗。聞きたいことがあるんだが……お前とシンシアは魂約しているって本当か? それと、“シア”って呼び方は彼女の愛称か?」
唐突な質問に、俺は不思議に思いながら「どっちも本当だけど?」と返す。
義孝は小さく頷き、紅茶を一口飲んだ。
奏と俺が不思議そうにその様子を見ている中――友莉だけは視線が、ふっと鋭くなった。
彼女は紅茶のカップを指先で軽く回しながら、義孝の表情を静かに観察しているが俺たちはそれよりも義孝に集中していた。
「俺たちはこの国のこともよく知らない。そんな中で別の国へ行くのは不安だろう? しかも一人で、だ」
奏が「た、確かにそうだよね……」と同意し、義孝は言葉を続ける。
「彼女とは種族も寿命も違うだろう。しかも皇族だ。……本当に大丈夫なのか?」
真剣な瞳を見つめ返し、俺は一呼吸置いて言葉を返す。
「……不安がないって言えば嘘になるけどさ。でも、シアもヴェルミナさんもエリオスさんも、俺を真剣に見てくれてる。だから俺も、それに応えたいと思うだよね」
その言葉に、義孝は静かに頷いた。
「そうか……気持ちは固いんだな……」
「私も応援するね!」
「ま、あんなに好き好きアピールされちゃ頑張るしかないわよね!」
奏が笑顔で、友莉がにやりとからかう。
思わず耳が熱くなる俺を見て、義孝がふと表情を引き締めた。
「――悠斗。ひとつ、勝負をしてくれ」
「……は?」
「お前が出発するまで、俺は全力で鍛錬する。そして出発当日の朝、模擬戦を頼む」
「えぇ……急にどうしたよ……」
友莉がにやりと笑い、即座に乗る。
「いいじゃない。過保護王子に現実を見せてあげなさいよ!」
「ちょ、友莉ちゃん!?」
「目標があった方が張り合いあるでしょ?」
「う、うぅ……そ、それはそうだけど……!」
「友莉……俺が負けると思ってるのか?」
「思ってるわよ? 予言してあげる。義孝は――“手加減した悠斗”に手も足も出ずに負ける!」
「ふざけるな! 俺が負ける訳ないだろ!?」
義孝が立ち上がり、場が一瞬で騒然とする。
奏はオロオロ、俺は困惑。友莉は紅茶を啜りながらどこ吹く風だ。
「落ち着きなさいよ」
カップを静かに置いた友莉が、軽くため息をつく。
義孝は深呼吸して、「すまない、感情的になった」と座り直した。
「つまりね、過信してたら悠斗の相手は務まらないってこと。そこんとこを受け入れて、頑張りなさいって話よ」
「えっと、義孝くん……私たち……」
「奏、それは私たちが言っていいことじゃないでしょ?」
さりげなく遮る友莉に、奏は「ごめん、そうだよね……」と少し落ち込む。
そのやり取りに俺も義孝も首を傾げるしかない。
「女子には秘密が多いものよ。あ、模擬戦の時はアタシたちも見に行くから勝手に始めるんじゃないわよ!」
「なんで友莉たちまでくんだよ……」
「見届け人にはちょうどいいでしょ!」
「どうせ野次馬したいだけだろ……」
俺がそう言うと、「あら、花がある方がモチベーションも上がるでしょ!」と軽口で返してきた。




